普通で終わらない
私は、大学2年生で大怪我をするまで、勝負事に対して強いこだわりを持ったことがありませんでした。どちらかといえば、楽しいことだけをして、苦しいことからは逃げてきた人間だったと思います。
小さい頃から野球をしていましたが、所属していたのは弱小チームでした。負けることにも慣れていて、「絶対に勝ちたい」と本気で思ったことはありませんでした。試合に負けても、「仕方ない」とどこかで割り切っていました。
そんな私が初めて本気になったのが、重量挙げでした。
中学3年生のとき、祖父の近所に住んでいた、オリンピック選手を輩出したこともある指導者の方から、重量挙げに誘われました。最初は筋トレの延長くらいの感覚でした。しかし、初めて練習場に行った日、自分の力が数字としてはっきり表れること、努力した分だけ結果が返ってくることに強く惹かれました。
「もっとできるようになりたい」
人生で初めて、そう思いました。
気づけば、本業だった野球よりも重量挙げに夢中になっていました。そして高校では、野球ではなく重量挙げを選びました。
高校では、朝練、放課後、土日と、毎日のように練習に打ち込みました。今までの人生で、これほど何かに本気になったことはありませんでした。
ところが、どれだけ練習しても結果は出ませんでした。
全国選抜や最後のインターハイ。練習ではできていたことが、本番になるとできない。勝負の場面になると、力を出せずに終わってしまう。私は何度も同じ失敗を繰り返しました。
悔しかったです。
「これだけやっているのに、なぜ勝てないのか」
その答えを見つけられないまま、私は大学でも重量挙げを続けることを決めました。
しかし、大学でも状況は変わりませんでした。
大学2年生になっても、本番で失敗する自分を変えることはできませんでした。高校までの練習方法は大学では通用せず、怪我を繰り返すようになりました。そして大学2年生のとき、靭帯を損傷する大怪我をしました。
そのとき、初めて「もう辞めようか」と思いました。
高校でも勝てなかった。大学でも怪我ばかり。自分には勝負事は向いていないのかもしれない。そう思いました。
それでも、ここで辞めたら、私はまた今までと同じになるとも思いました。苦しくなったら逃げる。結果が出なければ諦める。そんな自分のままで終わりたくありませんでした。
だからこそ、もう一度、自分と向き合うことにしました。
そこで気づいたのは、自分が今まで「ただ量をこなすこと」ばかり考えていたということです。1週間単位で練習を考え、とにかくバランスよく強くなろうとしていました。
けれど、本当に勝っている人たちは違いました。
彼らは、自分の武器を理解し、それを誰よりも伸ばしていました。
私はそこで、考え方を大きく変えました。
1週間単位だった練習計画を、1年単位で考えるようにしました。そして、「弱みをなくす」のではなく、「自分の武器を最大化する」ことを意識するようになりました。
私の武器は、フォームの幅広さと継続力でした。
そこで毎週月曜日を「フォームの微調整日」と決めました。その週のコンディションに合わせて、自分の動きを見直し、修正する。うまくいかない日は、何度も試しました。どれだけ修正しても感覚が戻らず、苦しむ日もありました。
それでも、自分の武器を信じて向き合い続けました。
すると、少しずつ変化が現れました。怪我をすることが減り、本番に向けて状態を合わせることもできるようになりました。そして、今まで一番苦手だった「勝負の場面」で、自分の力を出せるようになっていきました。
その結果、競技人生最後の大舞台である全日本大学対抗ウエイトリフティング選手権大会で、最後の1試技を迎えました。成功すれば優勝、失敗すれば3位。会場の空気が張り詰める中、不思議と恐怖はありませんでした。
頭にあったのは、「ここまでやってきた自分を信じよう」ということだけでした。
私は最後の試技を成功させ、優勝することができました。
就職活動
大学3年生の1月。私は周りに流されるように、かなり出遅れて就職活動を始めました。
そんな中で、キーエンスの選考を受けることになりました。キーエンスの面接は難しいことで有名です。しかし、就活を始めたばかりだった私は、どんな面接なのかも分かっていませんでした。
そこで、Matcherというアプリを使って面接対策をすることにしました。そのとき出会ったのが、株式会社GOLDFLAGの三土さんでした。
初めて会ったその場で、すぐに模擬面接が始まりました。
私はもともと人前で話すことが得意ではありません。案の定、開始1分ほどで何も話せなくなり、「今日はここまでにしようか」という空気になりました。
正直、かなり悔しかったです。
すると面接の最後に、三土さんからこう言われました。
「うちでテレアポをやってみない?」
私は最初、断ろうと思いました。部活との兼ね合いもあり、出勤できるのは週1〜2回、1回3〜6時間ほど。それで役に立てるとは思えませんでした。
ところが、三土さんは「それでもいいよ」と言ってくれました。
それなら、一度だけ行ってみよう。
そう思って、私はGOLDFLAGのインターンに参加しました。
初めて出勤した日、私は大きな衝撃を受けました。
三土さんは、普段は気さくで話しやすい人です。けれど、仕事が始まると、一切の無駄なく、熱量を持って黙々と仕事に向き合っていました。
一方で、その隣にいた吉田さんは、言葉では表せないほどの存在感を放っていました。強豪校の4番バッターのような、「この人なら絶対に結果を出す」と思わせる雰囲気がありました。
それまでの私にとって、「社会人」といえば、ただ毎日会社に通う大人というイメージしかありませんでした。
でも、その二人を見たとき、初めてこう思いました。
「大人になっても、こんなに本気になれるものがあるんだ」
この感覚は、後に私が就職先を選ぶ上での大きな基準になります。
さらにその場には、学生のインターン生もいました。
四本さん、武田さんをはじめ、同じ学生たちが当たり前のように電話を取り、成果を出していました。
最初は、「同じ学生がいて安心した」と思いました。
しかし、彼らの電話を聞いた瞬間、その安心は消えました。
「お世話になっております」の一言から、その後の会話の広げ方、相手に断られたときの切り返しまで、すべてのレベルが違いました。
到底、自分には真似できない。
そう思いました。
実際に自分で電話をかけてみても、まったくアポイントが取れませんでした。
1日や2日ではありません。何度出勤しても、結果は変わりませんでした。
周りは結果を出しているのに、自分だけ何もできない。時々、まぐれのようにアポイントが取れることはありました。でも、それだけでした。自分がいることで、むしろ会社にコストをかけているだけなのではないか。そんなふうに思うようになっていました。
私はこのとき、人生で初めて、「本当にできる気がしない」という感覚を味わいました。
部活では、苦しいことも、勝てない時期もありました。それでも、最終的には「続ければ何とかなる」とどこかで思えていました。
でも、テレアポだけは違いました。
やっても、やっても、できるようになる姿が想像できなかったのです。
何度も、「もうやめようかな」と思いました。
そんなとき、頭に浮かんだ言葉がありました。
「ウエイトリフティングで全国1位になったのに、それ以外のことは普通で終わっていいのか?」
重量挙げでは、怪我をして、負け続けて、それでも逃げずに向き合ってきました。
だったら、ここでも同じように向き合うべきじゃないか。
そう思い、私はインターンを続けました。
ところが、その後、部活に専念するために半年以上インターンから離れることになりました。
けれど、離れていた期間も悔しさは消えませんでした。なぜ自分は結果を出せないのか。どうすれば変われるのか。考え続けた末に、対応力を高めるために読書量を増やし、人前で話す機会も意識的に増やしました。
復帰してからは、電話の録音を何度も聞き返し、結果を出している人の話し方を真似しながら、自分なりの言葉で話せるようになるまで繰り返しました。
その結果、少しずつ数字が変わり始めました。以前は社内ランキングでも、ほとんど名前が載らないような存在でした。しかし最後には、3位以内を狙えるところまで成長することができました。
もちろん、最後まで敵わないと思う人はいました。それでも、ウエイトリフティング以外でも「自分は変われる」と思えたことが、何より嬉しかったです。
「たかがインターン」「たかがバイト」
そう言う人もいました。
でも私は、これほど高い基準を持った仲間がいて、心から尊敬できる大人がいて、自分自身を変えようと思える環境は、そう簡単にはないと思っています。
最後に
部活に専念するために離れていた私を、復帰後も温かく迎えてくださった三土さん、吉田さん、四本さんをはじめ、インターンメンバーの皆さん、本当にありがとうございました。
就職前の3か月間を、このメンバーと高い意識を持って本気で取り組めたことは、社会人として成果を出す上での大きな土台になると思っています。
これからの社会人生活は、困難の連続だと思います。しかし、部活とインターンという一流の環境で、本気で挑戦し続けてきた経験があります。その経験を信じ、これからはトップ営業マンになれるよう努力し続けます。
本当にありがとうございました。