COO 青木 晃一
【プロフィール】
COO 青木 晃一 | 神戸大学を卒業後、教育系スタートアップでSNSマーケティングをメインに従事。その後株式会社リチカでカスタマーサクセス・マーケティングを経験し、2024年4月にLow CodeにCOOとしてジョイン。
はじめまして。
株式会社Low CodeでCOOをしている青木です。
「COO」という肩書きがついているので、スマートに業務をしていると思われることも多いのですが、実際の僕はもっと泥臭いです(笑)。
営業でお客様のもとへ走ったり、コンサルタントとして現場に入ったり。「プレイングCOO」として、毎日汗をかきながら、同時に会社の未来を描く。そんな刺激的な毎日を過ごしています。
今日は、なぜ僕がLow Codeという場所を選んだのか。そして、私たちがどこを目指しているのかについて、少し個人的な昔話を交えながらお話しさせてください。
目次
「先生ってかっこいい」。父の背中が教えてくれた原点
「ビジネス戦闘力ゼロ」からの挑戦。登録者10万人の裏にあった“仮説検証”
「僕はただのYouTuberなんじゃないか?」 10万人の歓声の中で感じた焦り
「個人の戦い」から「組織の戦い」へ。感覚をロジックに変える日々
「AIなら一人でも勝てる」。新たな選択肢と、生まれ始めた“迷い”
あえて僕が独立のカードを捨て、文山と共に「未踏の景色」を目指すワケ
肩書きは「自称COO」。文山の自宅から始まった第2章
「学校を作る」夢の正体。AI時代にこそ、人の成長が必要だ
「パパの仕事、かっこいい」。父に憧れた僕が、娘に見せたい背中
求む、AIオタク! 「人」に全振りした組織で熱狂しよう
「先生ってかっこいい」。父の背中が教えてくれた原点
僕のキャリアの原点は、「先生への憧れ」にあります。 両親ともに教員という家庭で育ったのですが、特に小学校の先生だった父の影響が大きかったです。父はいじられつつも愛されている人で、クラス替えの発表で父の名前が呼ばれると、生徒たちが「やったー!」と大喜びする。そんな父の姿を見て、「先生ってかっこいいな。自分もあんなふうになりたいな」と、子供心に憧れていました。
大学では教育学部に進み、最高の地理教師になるために「世界のリアルをこの目で見よう」と世界一周の旅へ。
けれど、実際に世界を巡り、圧倒的な景色や多様な情報に触れるうちに、僕自身の気持ちがどんどん大きくなっていきました。その結果、帰国する頃には「ただ先生になる」という枠を超えて、「学校そのものを作りたい」という、より大きな夢を抱くようになっていました。
新卒では、「企業が学校を作る」という事業に本気で取り組んでいた教育系スタートアップに「ここなら夢が叶う」と信じて入社しました。当時の僕は、夢を実現するためにはもっと力をつけなきゃいけないと痛感し、一度その場所を離れることになりましたが、あの時の熱量は今も僕の中に燃え続けています。
「ビジネス戦闘力ゼロ」からの挑戦。登録者10万人の裏にあった“仮説検証”
新卒では「学校を作る」という夢を掲げる教育系スタートアップに入社しました。当時、N高のような「企業が創る学校」が注目され始めており、僕も「学校設立の新規事業担当」として、ゼロから理想の学校を立ち上げるつもりで飛び込みました。
しかし、現実は甘くありませんでした。入社して1年経った頃、事業の採算性や僕自身のビジネススキル不足もあり、学校を創るプロジェクト自体が撤退することになってしまったのです。
夢見たプロジェクトがなくなり、残されたのは「何も成し遂げていない自分」だけ。
「とにかく会社に貢献して、力をつけるしかない」。
そう決めた時、社内から「青木くん、話すのが上手だから会社のSNSやってみない?」と声がかかりました。そこから、僕の「SNSマーケッター」としての生活が始まります。
YouTube、TikTok、Instagram……あらゆるSNSを立ち上げ、企画から撮影、出演まで全部自分でやりました。最初は全くうまくいきませんでした。
正直に言うと、「こうすれば勝てる」という成功法則があったわけではありません。毎週、動画の視聴維持率やクリック率といった数字と向き合い、とにかく泥臭く改善を繰り返す日々でした。
そんな数えきれないほどの試行錯誤の中で、当時漫画動画で流行っていた「分割サムネ(画面を分割して比較を見せる手法)」を、ふと「人が喋る動画に応用したら、ワンチャン伸びるかも?」と思って試してみたんです。
すると、それがたまたま、爆発的にヒットしました。
「これだ!」と狙い澄ました一撃というよりは、「え、これで伸びるの!?」と、自分でも驚くような感覚でした(笑)。
本当に数ある実験の一つが、偶然時代の波と噛み合っただけで、正直、
当時は「ラッキーだったな」くらいの感覚でした。
その1本のヒットをきっかけに、気づけばYouTubeの登録者は10万人、TikTokは11万人を突破。 スマートな成功ではありませんでしたが、「諦めずに改善し続ければ、いつか必ず道は拓ける」という、ビジネスにおける一番大切な粘り強さを学んだ経験でした。
「僕はただのYouTuberなんじゃないか?」 10万人の歓声の中で感じた焦り
「たまたま」とはいえ、YouTube登録者10万人という数字は大きな成果でした。しかし、数字が伸びれば伸びるほど、僕の中には別の焦りが生まれていました。
毎日動画に出演し、カメラの前で喋る日々。 ふと冷静になった時、「これ、仕事というよりは、ただのYouTuberじゃないか?」と思ってしまったんです。 もし明日、このチャンネルがなくなったら? カメラの前から離れたら? 自分には「ビジネスマンとしての戦闘力」が何一つ残らないんじゃないか。そんな恐怖に近い感覚がありました。
「YouTuberで終わりたくない。
ちゃんとビジネスができるマーケターになりたい」
そうやって次のキャリアに迷った時、ふと連絡をとったのが、大学時代の学生団体で出会った文山(現Low Code代表)でした。
実は、学生時代の僕と彼はそこまで親しい間柄ではありませんでした。ただ、彼は当時から圧倒的に頭が切れ、話すことには不思議な納得感がある。キャリアの分岐点に立った時、なぜか「この人の意見を聞いてみたい」と思える存在だったのです。
「今のままでいいのか悩んでいる」と打ち明けた僕に、彼が紹介してくれたエージェントを通じて出会ったのが、当時動画マーケティングで急成長していた「リチカ」という会社でした。
「ここなら、個人の発信力だけでなく、組織として勝つマーケティングが学べる」 そう確信した僕は、YouTuberとしてのキャリアに区切りをつけ、リチカへの転職を決意しました。
「個人の戦い」から「組織の戦い」へ。感覚をロジックに変える日々
リチカに入社してからは、YouTuberとしての「個人の発信力」に頼る戦い方から一転、「組織として成果を出すための仕組みづくり」に没頭しました。
配属されたのは、大手企業のSNSマーケティングを支援する「デジタルブランド部」。 ここでは、「自分が面白い動画を作る」だけでは通用しません。クライアント企業の成果を最大化するために、僕個人の頭の中にあった「バズる感覚」を、誰でも実行できる「再現性のあるロジック」に翻訳して、インストールする必要があったのです。
「なぜこの動画は伸びたのか?」「どうすれば組織で勝ち続けられるか?」。 カスタマーサクセスやSNSエキスパートとして、数多くの企業のマーケティング戦略に向き合い、「個人のセンス」を「ビジネスの勝算」に変えていく日々。 それはまさに、僕が喉から手が出るほど欲しかった「ビジネス戦闘力」が、着実についてきている確かな手応えでした。
しかし、そんな充実した日々に、突如として世界を一変させるニュースが飛び込んできました。
「AIなら一人でも勝てる」。新たな選択肢と、生まれ始めた“迷い”
「ChatGPT」の登場です。 業務効率化の一環としてクリエイティブの現場で触り始めた瞬間、背筋が凍るような衝撃が走りました。特にGPT-3.5から4への進化を目の当たりにした時、「これは、この波に乗らなければ絶対に後悔する」という確信めいた直感がありました。
同時に、僕の中に「独立」という選択肢が芽生え始めました。
これまでのSNSマーケティングは、どうしても人手や時間をかける必要がある「労働集約」的な側面が強かったように思います。けれど、AIを味方につければ、たった一人でも驚くような成果が出せるのではないか。組織の規模に頼らなくても、一人(独立)で大きな価値を届けていけるんじゃないか。
そんな可能性にワクワクする一方で、「本当にそれでいいのか?」という迷いもあり、僕はキャリアの岐路に立たされていました。
あえて僕が独立のカードを捨て、文山と共に「未踏の景色」を目指すワケ
「AIを使って独立しようと思っている。でも、本当にそれでいいのか迷ってもいる」 そうやってふと連絡を入れたのが、文山(現Low Code代表)でした。
久々に会って話すと、彼もまた起業へ向けて動いている最中でした。
僕の迷いと、AIへの熱量を聞いた文山と話すうちに、会話は自然と「それなら、一緒にやったほうが面白いんじゃないか?」という流れになっていきました。
たしかに、これまでのSNSの知見にAIを掛け合わせれば、一人でもレバレッジを効かせて稼ぐことはできる。「一人でどこまでやれるか」という個人のゲームとしては、それも面白いかもしれない。
けれど、目の前の文山が描くビジョンと、このチームに「AI」を掛け合わせれば、個人の枠を遥かに超えて「時代を代表するような、日本発のメガベンチャーがつくれるかもしれない」。
小さくまとまる「個人のゲーム」よりも、未知数だけど巨大な可能性を秘めた「チームでの挑戦」に賭けたい。 「この船に乗ったら、間違いなくワクワクする」。 そう確信した僕は、独立というカードを捨て、Low Codeへの参画を即決しました。
肩書きは「自称COO」。文山の自宅から始まった第2章
参画を決めたものの、創業期のLow Codeには何もありません。オフィスすらなく、拠点は文山の自宅(笑)。
僕は「何でもやります。COOをやらせてください」と自ら名乗り出て、文山の家の1階と2階を行き来しながら、泥臭く事業を立ち上げていきました。
実は、僕と文山は「真逆のタイプ」だからこそ、最強のタッグなんです。 僕はこれまでスタートアップでキャリアを積み、新しいアイデアを次々と出すのが得意な「攻め」のタイプ。 対して文山は、大手企業出身。僕が出した突飛なアイデアを「本当にビジネスとして成立するのか?」と冷静に検証し、強固な仕組みに落とし込むのが得意なタイプです。
互いに強み・弱みを補完し合える関係性なのが、すごく仕事がしやすいなと思います。
そう心から思える相棒がいたからこそ、創業期の混沌とした中でも、着実に事業を前に進めることができました。
あの日から、僕たちは「AIで日本を変える」ために走り続けました。 そして今、Low Codeはデットファイナンスにて総額4億円の資金調達を実施し、組織も100名規模へと急拡大するフェーズに突入しました。
創業期の「根拠のない熱狂」は、いまや資金と仲間という「確かなリソース」を得て、日本を本気で変えうる強固な基盤へと進化しています。
ここから、最高の仲間と共に”勝ち”に行きます。
「学校を作る」夢の正体。AI時代にこそ、人の成長が必要だ
Low Codeが掲げているミッションは、「AIの進化と、人間の成長のギャップを埋める」ことです。 AIはとんでもないスピードで賢くなっていきます。でも、それを使いこなすのはいつだって「人」です。どんなにすごい技術があっても、それを使う「人」が変わらなければ、社会は実装されません。
だからこそ、私たちは、「AIの定着化(=人や組織がAIを使いこなせる状態を作ること)」に全力を注いでいます。 「どうすれば人が技術を使いこなし、変われるのか」。これに向き合い続ける日々は、ある種、僕が新卒の頃に描いていた「教育」や「学校作り」の夢が、形を変えて実現できているのかもしれません。
「パパの仕事、かっこいい」。父に憧れた僕が、娘に見せたい背中
僕らが目指しているのは「時代を象徴するような、日本を代表する会社」になること。 まずは「Microsoftの生成AIで業界No.1」と言われる存在になりたい。そして将来的には、デスクワークだけでなく、工場や農業など、ロボットが関わる「フィジカルAI」の領域も含めた「幅広いAIの定着化支援でNo.1」を取って行きたいです。
……と、大きな野望を語っていますが、実はもっと個人的な理由もあります。 つい3週間前、僕に第一子となる女の子が生まれました。
守るべきものができた今、改めて思うのは「将来、娘に『お父さんの仕事、かっこいいね』と言ってもらえるような人間でありたい」ということです。 かつて僕が父の楽しそうに教える背中を見て「先生」に憧れたように。今度は僕が、AIという新しい時代を切り拓く背中を、娘に見せていきたいと思っています。
求む、AIオタク! 「人」に全振りした組織で熱狂しよう
Low Codeは今、ものすごいスピードで成長しています。 社内では週4回もAI勉強会を開催していて、みんなで新しい技術に触れては「これすごくない!?」と盛り上がっています。まさに部活動のような「ノリ」と「熱量」です。
AIが仕事を奪うなんて言われますが、僕は逆だと思っています。 「AIを使いこなすためのラストピースは、間違いなく『人』である」。 そう信じているからこそ、私たちは技術だけに頼るのではなく、あえて「人に全振り」して、熱意ある仲間をどんどん採用する組織づくりをしています。
スキルセットは問いません。必要なのは「AIへの好奇心」と「熱量」だけ。 僕自身、ビジネスマンでありながら根っからの「AIオタク」として、毎日ワクワクしながら働いています。
「AIの可能性を信じている」
「これから世界が変わる瞬間を最前線で見たい」
そんな熱い想いを持った方と一緒に、日本を代表する会社を作っていきたいです。 少しでも興味を持ってくださった方、ぜひ一度、カジュアルにお話ししましょう!
等身大のLow Codeについて、包み隠さずお話しさせていただきます。