株式会社最強の創業とこれからについて
「何者でもなかった」と、はっきり言える
正直に話そうと思う。
僕は、特別な学歴も、特別な才能も持っていなかった。
大学を2年で中退し、工事現場で雑用をして、その後始めた完全歩合制の営業では、何ヶ月も全く売れなかった。「自分はこんなにも社会で通用しない、無力な人間なんだ」と突きつけられた夜、誰にも相談できず、2週間家に引きこもった。
眠れない夜、ただ自問自答を繰り返していた。
このまま諦めて、元の生活に戻るのか。 それとも、もう一度立ち上がるのか。
ふと、気づいたことがあった。
「このままじゃ、言ってることとやってることが違う、嘘つきでダサい自分のまま、一生終わる」
その2日後には、もう営業の現場に戻っていた。
何度も否定されてきたからこそ、見えたもの
僕は、サッカー少年だった。3歳から始め、毎日ボールを蹴っていた。だが家庭は厳しく、サッカーに対する父親の指導は容赦のないものだった。試合に負けると、車の中で延々と怒鳴られ、時にはチームメイトの前で殴られたこともある。「辞めたい」と思っても、それを口にすることはできなかった。
中学2年生の時、両親が離婚。母と兄弟3人での生活が始まった。母は無償の愛で家族を支え続け、苦しい時はいつも助けてくれる存在だった。
高校では一度サッカーを失った反動のように遊び回り、人生で一番楽しい時間を過ごした。しかし大学では「なんとなく」入った先に何の実感も持てず、2年で中退。周囲全員から反対された。
「お前に何ができるんだ」 そう言われ続けても、「俺ならできるから黙ってろ」と言い切って、自分の道を選んだ。
この経験の積み重ねが、後の人生をつくる土台になった。否定され続けた人間だからこそ、誰かを否定せず、可能性を信じる人間になりたいと思うようになったのだ。
ゼロからの這い上がり、そしてもう一度のゼロ
2021年、訪問販売の世界に飛び込んだ僕は、「大学を辞めたことを正解にする」と決めて、誰よりも行動した。5ヶ月でトップセールス、その後3ヶ月でトップマネージャーへ。2023年には独立を決意する。
しかし、独立準備の最中に自信を失い、周囲の目を気にして動けなくなった。気づけばサラリーマンに戻り、新しい職場では半年間契約0件。借金まで抱え、再び鬱状態に陥った。
そこを救ったのは、母だった。
事情を全て話すと、母は「全部払うから、私に毎月払いなさい」と言ってくれた。その瞬間、心が救われた。「一生助ける、何があっても守り抜く」――そう心に決めた。
そして気づいたことがあった。自分が本当にやりたいのは、**「自分のような、何者でもないやつが、何者かになれる環境をつくること」**だった。
前職で一緒だった原薗に電話をかけ、「もう一回、訪問販売で人生を変えるからやろう」と伝えると、原薗は次の日に上場企業を辞めてきた。
2024年2月、所持金10万円。二人は誰も知り合いのいない大阪へ向かった。夜行バスに乗り、民泊で寝泊まりし、毎日米と納豆とキムチを食べる生活が始まった。電車賃もなく、歩いて営業先まで向かう日もあった。それでも、前だけを向いて動き続けた。
「年内200件」を掲げ、一人また一人と仲間が増えていった。今、最前線で会社を支える幹部・富山、宇治野、畑も、この時期に出会った仲間だ。1年後、目標の200件を達成した。
成功の中で見えなくなったもの
急成長の中で、いつの間にか天狗になっていた。タワーマンションに住み、高級腕時計を買い、「これだけ本気でやれば何でもできる」と思っていた。
しかし2025年3月、組織は崩壊した。
幹部たちから言われた言葉は、忘れられないものだった。
「今の松本さんと最初に出会っていたら、一緒にやっていません」
悔しさと焦りが、一気に込み上げた。でも、それが本当のことだった。
その日、心に誓ったことがある。
このメンバーを、誰よりも幸せにする。
そこから仕組みを整え直し、組織文化をつくり直した。今、株式会社最強には120名の代理店が集まり、1期目の売上1.2億円から、2期目には4億円まで成長した。
目指しているのは、もっと先
今、こだわっているのは、「自分が社員だったら働きたいと思える会社」「ついていきたいと思える社長であり続けること」。旅行、アワード、キャンペーン――組織の体験すべてを、「楽しい」「ワクワクする」ことを中心に設計している。
組織崩壊を経て学んだのは、近い人を本気で喜ばせることが、結局は多くの人を喜ばせることに繋がるということだった。
目指す未来は、もっと大きい。日本中の若者に、希望と可能性を、より多く、より早く伝えていく集団になること。そして、誰からどう評価されるかではなく、自分たちが自分たちのことを一番かっこいいと思い続けられること。
君にも、伝えたいことがある
僕は、特別な人間ではなかった。
何度も否定され、何度も無力さに打ちひしがれ、何度も這い上がってきた、ただの一人の人間だ。
それでも、今は鮮明に未来が見えている。人生で一番、楽しいと思える日々を生きている。
だから、これだけは伝えたい。
人は、いつからでも、どこからでも、なりたい自分になれる。
何者でもない自分に、可能性を感じられないと思っているなら。 今の自分に、納得していないなら。
その想いこそが、変わるための最初の一歩だ。
株式会社最強がつくっているのは、会社という名の「可能性の場所」だ。
君の「やりたい」を、ここで「できる」に変えていこう。