こんにちは!
クアラルンプール、ハノイ、プノンペン、シェムリアップを経て「APEXインドネシア」バリ支店で勤めている谷です。
バリ島に赴任して、早いもので1ヶ月が経ちました。「神々の島」「世界的なリゾート地」として知られるバリですが、実際にここで暮らし、ローカルのビジネスや文化に深く入り込んでみると、観光ガイドには載っていない「本当のバリの姿」が見えてきました。
今回は、私がこの1ヶ月で目撃したバリのリアルと、バリ人の根底にある精神性についてお話しします!
1. 毎日が儀式。生活と宗教が100%密接する島
バリに到着してまず驚くのが、街のいたる所に溢れる「お香の香り」と「お供え物(チャナン)」です。
毎朝、住宅入り口、オフィス、さらにはバイクや車にまで、ヤシの葉で編まれた小さなお皿にお花やご飯を盛った「チャナン」が供えられます。
- お祈りは日常のルーティン: 仕事中であってもお祈りの時間になれば、民族衣装に着替えて真剣に神に向き合います。
- 宗教行事が最優先: バリヒンドゥーの祭礼(ガルンガンやクニンガンなど)や、各家庭の儀式がある日は、会社を休むのが当たり前。数ヶ月単位の長期の儀式になると会社を辞める人も。。ここでは「仕事のために宗教を後回しにする」という概念はありません。
目に見えない大いなる存在への感謝と畏怖が、24時間365日、生活のすべてに溶け込んでいます。
タナロット寺院とチャナン
2. バリ人の美徳を形作る哲学「トリ・ヒタ・カラナ」
これほどまでに宗教と生活が密接している背景には、バリヒンドゥーの根底にある「トリ・ヒタ・カラナ(Tri Hita Karana)」という哲学があります。
トリ・ヒタ・カラナとは?
「3つの幸福の理由」を意味し、宇宙の調和を保つためのバリ人の行動指針です。
バリ人がいつも穏やかで笑顔を絶やさず、他者に対して寛容に見えるのは、この「調和を重んじる精神」が幼少期から骨の髄まで染み込んでいるからなのです。
3.実は超保守的?「バンジャール」にみる閉鎖的なリアル
この「トリ・ヒタ・カラナ(Tri Hita Karana)」に見られる、「人と人」「コミュニティの調和」を重んじる美徳は、裏を返せば「強固な同調圧力」の裏返しでもあります。
世界中の旅人をオープンに受け入れているバリ島ですが、一歩その内側に足を踏み入れると、実はものすごく閉鎖的で保守的な文化を有しています。その最たる例が、「バンジャール(Banjar)」と呼ばれる地域共同体です。
- 絶対的な村社会: バリの全住民は必ずどこかのバンジャールに属します。冠婚葬祭、お祭りの準備、地域の清掃などはすべてこのバンジャール単位で行われ、強制参加が基本です。
- 強力な自治権とペナルティ: もしバンジャールのルールを破ったり、行事をサボり続けたりすると、コミュニティから「村八分(追放)」にされることも。これはバリ人にとって社会的死を意味します。
外から来る観光客にはどこまでも優しいバリ人ですが、身内のコミュニティは強固な伝統によって守られており、部外者が簡単に立ち入れない厳格なルールが存在します。ただ、この「超保守的なローカルの繋がり」があるからこそ、数百年もの間、独自の文化が壊されずに残ってきたとも言えます。
4. 1ヶ月の気づき:バリ人にとっての「特別」を肌で知る
オープンなリゾートとしての顔と、閉鎖的で強固な伝統の顔。このあまりにも対照的な二面性を併せ持つバリ島は、同じインドネシア国内、あるいは世界の他の国を見渡しても、ほかに例がないほど極めてユニークな場所だと感じます。
そんなバリで暮らす彼らと信頼関係を築き、ともに働いていくには、ロジックや効率性だけでは決して通用しません。彼らの信仰や、コミュニティ(バンジャール)への深いリスペクトが絶対条件になります。
さらにこの1ヶ月で印象的だったのは、「言葉」の壁、いや、彼らのローカルな繋がりの深さでした。
同じインドネシア国内でありながら、バリ人同士は日常的に「バリ語」で話をします。無論、そのバリ語は首都ジャカルタでは一切通じません。彼らはインドネシア人である前に、まず「バリ人」としてのアイデンティティを生きているのです。
外の世界を広く受け入れながらも、自分たちのアイデンティティと言語、そして伝統を何よりも大切に守り抜く。バリ人にとって「バリ人であること」がいかに特別で誇らしいことなのかを、身をもって痛感した濃密な1ヶ月間でした。
さいごに、バリらしい一枚を