「目的が決まれば、人は変われると思っています。」
そう話すのは、現在AXISでパフォーマンスクリエイティブ局の局長を務める米沢祐輝。
SNS広告の運用や制作戦略をはじめ、現在はチーム運営まで幅広く担っています。
プレイヤーとして自ら成果を追い続けていた時代を経て、今のミッションは「メンバーの成果を最大化すること」。
そんな米沢ですが、昔から明確な目標を持ってキャリアを歩んできたわけではありません。
「振り返ると、昔は自分が何をしたいのか、全然決まっていなかったんですよね。」
野球中心だった学生時代。「せっかくなら」と選んだ明治大学。そして、同じような理由で入社した大手証券会社。
大きな失敗をしていたわけではない。それでも、心のどこかには「このままでいいのだろうか」という感覚がありました。
そんな米沢がAXISと出会い、成果がすべての環境に飛び込み、一度は自分自身のキャリアに迷いながら、現在の局長という立場にたどり着くまで。
その背景には、仕事に対する考え方だけでなく、「何のために働くのか」という人生の目的そのものが変わる経験がありました。
今回は、米沢のこれまでと現在、そしてこれからについて聞きました。
目次
「何がしたいか」より、「せっかくなら」で選んできた
──まず、学生時代はどんな学生だったんですか?
小さい頃から高校までは、ずっと野球をやっていました。大学に入ってからも、大会に出るような本格的なものではないですが野球は続けていましたし、基本的には部活をするか、友達と遊ぶか、みたいな学生生活でした。
勉強に打ち込んでいたタイプではなかったですね(笑)。大学進学についても、明確に「これを学びたい」というものがあったわけではありません。周りも大学へ進学する人が多かったので、自分も大学には行こうと。それなら、「せっかく行くなら、ある程度名前の知られている大学がいいな」というくらいの感覚で、明治大学へ進学しました。就職活動も、今振り返ると似たような考え方だったと思います。「この仕事を通じて、こういうことを実現したい」というものが明確にあったわけではなくて、「せっかく就職するなら、知名度のある会社がいい」と考えていました。その中で入社したのが、みずほ証券です。
──かなり順調なキャリアにも見えます。
そうですね。
大学受験も就職活動も、大きく失敗した感覚はありませんでした。
でも逆に、「じゃあ、自分は本当は何がしたいんだろう」というのは、ずっと決まっていなかったんです。有名な大学に入って、有名な会社に入る。外から見たら、それなりに順調だったのかもしれません。ただ、自分の中では「これがやりたいから、この道を選んだ」という感覚がなかった。漠然とした不安みたいなものは、当時からあったと思います。
大学4年生で出会ったAXIS。「いつか戻るなら」という選択肢
──AXISを知ったのはいつ頃だったのでしょうか?
大学4年生の頃です。当時、近所のアルバイト先などをきっかけにAXISのメンバーとつながりがあって、代表の伊賀さんとも出会いました。
その頃に少しだけインフルエンサーマーケティングの仕事にも関わらせてもらったんですが、それが結構楽しかったんですよね。それまで「仕事が楽しい」という感覚を強く持ったことがなかったので、印象には残っていました。
ただ、その時点では就職するつもりだったので、そのままみずほ証券に入社しました。配属先は熊本です。証券会社では、飛び込み営業などをしながら、お客様の資産を増やすための提案をする仕事をしていました。もちろん大変なこともありましたが、「すぐ辞めたい」と思っていたわけではありません。
ただ、頭の片隅にはずっとAXISがありました。
「3年くらい働いて、東京に戻るタイミングが来たらAXISかな」
当時は、それくらいの感覚でした。今すぐ何かを変えたいわけではない。でも、いつかは違うことをするんだろうな、と。そんなぼんやりとした気持ちを持ちながら働いていました。
「自分、何をやっているんだろう」。コロナが変えた日常
──そこから、実際に転職を決めたきっかけは?
一番大きかったのは、コロナですね。営業職だったので、それまでは外回りが中心でした。でもコロナになって、今までのような営業活動ができなくなった。毎日社内にいて、ひたすら電話をかけ続けるような生活になりました。そこで初めて、立ち止まって考える時間ができたんです。「自分、何をやっているんだろう」って。仕事が嫌だったというより、このまま同じことを続けていく未来を想像したときに、自分がそれを本当にやりたいのか分からなくなりました。
一方で、東京に帰るタイミングではAXISのメンバーと会っていました。そこで、「今こんなことをやっているよ」「めちゃくちゃ面白いよ」「すごく成長できるよ」という話を聞いたんです。自分は熊本で、「この先どうしよう」と考えている。東京へ戻れば、楽しそうに挑戦している人たちがいる。それを何度か繰り返しているうちに、思ったんです。「どうせいつか戻ると思っているなら、今戻ればいいじゃん」って。
社会人2年目のゴールデンウィークに話をして、退職を決めました。そして2020年6月から、業務委託としてAXISで働き始めました。
売上がなければ、自分の給与もない。そこで知った「自分で稼ぐ」という感覚
──AXISに入って、最初に感じたギャップはありましたか?
めちゃくちゃありました。入社当時に携わったのは、今でいう成果報酬型の広告に近い事業です。YouTube広告を活用して、漫画などのクリエイティブを作り、主に脱毛サロンなどの案件を扱っていました。当時は新しい事業部で、人数も少なかったですし、最初は全然売上が出ませんでした。
しかも、かなり成果主義の環境でした。自分が売上を作れば、その分が給与に反映される。逆に言えば、成果を出せなければ何もない。証券会社にいた頃とは、仕事に対する感覚がまったく違いました。会社に所属しているから、毎月決まった給与をもらえる。そういう感覚ではなく、「自分のお金は、自分で稼ぐしかない」ということを初めて強く実感しました。
──プレッシャーは大きかったですか?
もちろんあったと思います。でも、不思議と「辛いから辞めたい」とは思わなかったんですよね。周りにも同じように頑張っている仲間がいましたし、毎日みんなで「どうしたら売上が作れるんだろう」と考えていました。
そもそも、自分に足りないものなんて山ほどありました。広告の知識もそうですし、ビジネスがどういう構造で利益を生むのかも理解できていなかった。
でも当時は、「自分にはこれが足りない」と分析して落ち込んでいる余裕もなかったんです。やるしかなかった。
成果が出ないなら、「どうすれば出るんだろう」と考える。何が売上につながるのか。今やっていることに意味はあるのか。成果を出している人は何をしているのか。
良さそうだと思ったら、とにかくやってみる。最初は本当に行動量でカバーしていました。土日もほとんど仕事のことを考えていましたし、とにかく必死でしたね。
でも、その経験があったからこそ、「成果を出すために、自分で考えて行動する」という仕事の基本が身についたと思っています。
成果が出るようになった。でも、再び「この先どうする?」がやってきた
── 一度、仕事に迷った時期もあったんですよね。
ありました。当時、今の代表である子安さんが新規事業に異動して、広告事業部の体制も変わったんです。
今のような役職というよりは、チーム単位で動いていたのですが、正直、あまりうまくいっていない時期もありました。入社したばかりの頃は、とにかく成果を出すことだけを考えていればよかった。
でも、ある程度成果も出せるようになって、組織の状況も変わっていく中で、「会社はこれからどうなるんだろう」「自分は、この先どうしたいんだろう」と考えるようになりました。ある意味、証券会社にいた頃と同じ問いが、もう一度出てきたんです。
「自分は何のために、ここで働いているんだろう」って。
会社の話ではなく、「自分の人生」の話をしてくれた
──子安さんと、どんな話をしたのでしょうか?
もちろん会社の話もしました。でも、一番大きかったのは、「AXISでどうするか」だけを話されたわけではなかったことです。自分がこれからどんな人生を送りたいのか。何を大事にして生きたいのか。そのために今、何をするのか。そういうところまで深く話をしてくれました。普通だったら、「会社でこうなってほしい」「これくらい成果を出してほしい」という話になると思うんです。
でも、そうではなかった。会社のことだけじゃなくて、自分自身の人生に向き合ってくれた。それがすごく大きかったです。そこで、「この人と一緒に働きたい」と心から思えるようになりました。それまでも仕事は一生懸命やっていました。でも、そこからは仕事に向き合う理由が変わったと思います。ただ目の前の売上を作るためではない。自分がどこへ向かいたいのかが少しずつ明確になって、熱量も行動量も変わっていきました。
毎日の積み重ねの中で少しずつ役職が上がり、背負う責任も増え、現在の局長という立場まで任せてもらえるようになりました。
「目的が決まれば、人は変われる」
──これまでの経験を通じて、仕事に対する考え方はどう変わりましたか?
一番大きいのは、「目的が決まれば、人は変われる」と思えるようになったことです。自分自身、昔は明確な目的がありませんでした。大学も就職先も、「せっかくなら有名なところ」という基準で選んでいた。それが悪いとは思いません。ただ、自分が本当にそこへ行きたいのかは分かっていなかった。
でも、自分が「ここへ行きたい」と決めた瞬間から、行動は変わりました。目的が明確になったら、変なプライドって必要なくなると思うんですよ。自分よりできる人がいるなら、その人の真似をすればいい。いいと思ったことがあれば、すぐにやればいい。誰かから言われたことも、最初から「いや、それは違う」と否定するのではなく、まずやってみる。できないことがあるなら、「自分には無理」で終わるのではなく、「どうしたらできるのか」を考える。目的から逆算すれば、今やるべきことは自然と変わっていく。これは、今でも自分の中ですごく大切にしている考え方です。
自分の成果を追う立場から、メンバーの人生を背負う立場へ
──局長になって、仕事の見え方は変わりましたか?
全然違います。プレイヤーだった頃は、極端に言えば自分の利益だけを考えていればよかったんです。自分が成果を出す。自分が売上を作る。自分が成長する。もちろんチームのことも考えていましたが、最終的には自分自身の成果に向き合うことが中心でした。
でも今は、多くのメンバーを預かっています。だから、自分だけが成果を出せばいいわけではない。メンバー一人ひとりがどうすれば成長できるのか。どうすれば能力を最大限発揮できるのか。どうすれば成果を出して、仕事を面白いと思えるのか。そこまで考えることが、自分の役割だと思っています。自分一人で100の成果を出すことより、10人がそれぞれ成長して、大きな成果を生み出せる状態をつくる。今は、そこに面白さを感じています。
「与えられる側」ではなく、「与える側」でありたい
──チームづくりで大切にしていることはありますか?
「ギバーの精神」はすごく大切にしています。まず、自分自身が能力を高める。そして、自分が持っているものを周りに与えられる人になる。これは自分自身の経験から感じていることでもあります。自分の利益だけを考えて仕事をしていると、どこかで限界が来ると思うんです。自分だけが得をしたい。自分だけが評価されたい。自分だけが成長したい。それでは、長い目で見ると大きな成果にはつながらない。まず自分が人に価値を与える。そうすると、結果として周りからもいろいろなものを与えてもらえるようになる。だから、メンバーにも「与えられるのを待つ人」ではなく、「自分から与えられる人」になってほしいと思っています。
ただ、仲が良いだけの組織をつくりたいわけではありません。仕事なので、成果にはこだわる。競争意識も必要です。お互いが本気で成果を追って、競争して、高め合う。そのうえで、人として尊敬し合える。そんな組織が理想ですね。
AXISだから、挑戦者でい続けられる
──米沢さんにとって、今AXISで働く意味は何でしょうか?
一つは、「チャレンジャーでいられること」だと思います。今いる場所がすべてではないし、一つ成果を出したからといって、そこで満足する必要もない。常に次がある。何か一つうまくいくと、人ってそこに留まりたくなると思うんです。今のやり方で成果が出ているなら、変えなくてもいい。今のポジションで評価されているなら、このままでいい。そうやって現状維持を選ぶこともできる。
でも、AXISには常に何か新しいことに挑戦している人がいる。隣を見ると、自分より挑戦している人がいる。一度立ち止まりそうになっても、周りが前へ進んでいるから、「自分もやろう」と思える。自分自身、そうやって周りから刺激をもらいながらここまで来ました。だから今度は、自分がメンバーにその環境を与える側になりたいと思っています。
仕事に誇りと幸福感を持てる人を増やしたい
──最後に、これから実現したいことを教えてください。
会社は、まだまだ大きくしていきたいです。単純に売上や人数だけを大きくしたい、ということではありません。会社が成長すれば、それだけ新しい価値を生み出せると思っています。新しい事業が生まれたり、新しい仕事が生まれたりすれば、メンバーが挑戦できる場所も増える。「こんなことをやってみたい」と思った人に、チャンスを渡せる会社になる。それは自分自身にとっても、大きな貢献実感につながると思っています。自分がAXISに入った頃は、周りの人たちからたくさんのものを与えてもらいました。挑戦する機会もそうですし、成長する環境もそうです。人生について考えるきっかけももらいました。だからこそ、これからは自分が与える側になりたい。メンバーが成長できる組織をつくる。挑戦したい人に、挑戦できる機会をつくる。そして、一人ひとりが「ここで働いていてよかった」と思える会社にする。仕事に誇りを持てて、働くことそのものに幸福感を持てる。そんな人を一人でも多く増やしていきたいです。