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全身全霊で事業に挑む経営者たち|ストーリーテラーズの最新制作ストーリー。


10代の孤立を解決する」事業を行う、認定NPO法人D×P(ディーピー)の代表、今井紀明さんのストーリーをつくらせて頂きました。

今年1年かけて、今井さんの周囲にもインタビューをしながら、今井さんやD×Pさんの魅力が存分に伝わるストーリーを、6回に渡って紡いでいきます。

今回は第一弾となるストーリー。ぜひ、ご覧いただけたら嬉しいです。

今井紀明さんのストーリーを一部ご紹介

株式会社ストーリーテラーズ代表の高野美菜子(こうの みなこ)による、経営者インタビュー。

今回は「10代の孤立を解決する」認定NPO法人D×P(ディーピー)代表の今井 紀明(いまい のりあき)さんに、お話をお聞きした。


今を遡ること2011年。

私は今井さんと出会った。

当時の私は、株式会社ナチュラルリンクという女性活躍推進事業を行う会社を立ち上げたばかりの頃。

ある日、TwitterのDMに、見ず知らずの若者からメッセージが届いた。

「現在、起業をするために準備中です。色々な経営者の方にお話をお聞きして勉強させて頂きたいと思い、ご連絡しました。是非、大阪でお会いできませんか?」

このDMの送り主こそ、今井さんだった。

あれから12年。

社会的意義の高い事業を続けるD×Pは、設立11年目を迎え、多くの人々の賛同と共感を集める寄付型NPO法人へと成長した。

今回のインタビューでは、「今井さんをつき動かしているもの」「事業にここまで心血を注ぐ原動力」を、私なりの視点で紐解いてみたい。


「今井さんの原動力は何か」

インタビューを終える頃には、それがハッキリした。

それは「10代を、誰一人、孤立させない」という、強く純粋な想いだ。

今井さんと出会うまでの私は、恥ずかしながら「日の当たる道を歩く若者の存在」しか知らなかった。

経済的な不安はなく、仲間と共に中学・高校に進学し、大学卒業後は、企業に就職する。

多少なりとも挫折や苦労を経験するが、家族や友人に囲まれ、比較的幸せな青年期を過ごしている彼らの影には、そこからこぼれ落ち、孤独を抱えて生きる若者がたくさんいるのだ。

親からの虐待、経済的困窮、学校中退、引きこもり…

誰にも頼れず、相談できず、居場所をなくし、自殺未遂に至る若者も多いと言う。

そんな孤独を抱える日本中の全ての10代に手を差し伸べ、寄り添い、相談に乗り、居場所を作り、食糧支援から現金支援といったサポートまで行うのが、D×Pだ。


共に10代の孤立を解決するD×Pメンバー

スタッフも増え、法人規模が大きくなっても、今井さんは今でも、大阪南の繁華街に足を運び、スタッフと一緒に、若者に一人ひとり声をかけ、彼らの話に耳を傾ける。

12年前から変わらない、今井さんの真っ直ぐなスタンスが、周囲の心を動かし、事業を成長させてきた。

「10代を、誰一人、孤立させない」

そんな強い決意を、インタビュー中も、ひしひしと感じた。

僕はラッキーだった、で終わらせない

今井さんの原動力の根底にある、彼の壮絶な実体験の話をしたい。

約20年前、2001年9月11日。

アメリカで同時多発テロ事件が起きた。世界中を震撼させる、衝撃的な事件だった。

その後、アメリカによるイラクへの空爆が始まり、イラク戦争が勃発。

子どもたちを含め、罪のない多くの民間人が亡くなっている不条理を知った今井さんは、こう思った。

「自分にも何か、できることはないか」

当時今井さんは高校生。海外支援を行う企業へインターンをしたり、NGOに取材活動などを行った後、2004年、イラクの子どもたちの医療支援のために、イラク戦争中の現地へ赴いた。

話がここで終わっていたならば、今井さんは「意欲と行動力のある若者」として称賛されていたかもしれない。

だが今井さんは、現地イラクで、武装勢力に誘拐され、人質となった。

後の「イラク日本人人質事件」だ。


*画像出典:2004年4月 朝日新聞社撮影

テレビでは連日、事件の状況や人質解放に向けた関係者の様子が放映され、次第に世論は、

「なぜそんな危険な場所に自ら赴いたのか」
「多額の税金を使い、危険を犯してまで、彼らを救う必要があるのか」

という「自己責任論」へと傾き始めた。

その後、無事に解放され帰国した今井さん達に投げかけられたのは、

「自己責任」「非国民」「なぜ生きて帰ってきた」

という容赦ない言葉だった。


当時今井さんの元に届いた手紙やメッセージ

「町を歩いているだけで見知らぬ人に急に殴られたり、家族や親戚が怖い思いをすることもありました。次第に、自分は生きてちゃいけない存在なんだと思うようになりました

今井さんは自分を追い詰め、家からも、部屋からも、出られなくなった。

生きる気力を完全に失ってしまった。

でも、そんな彼を支え続けてくれた存在がいた。家族、友人、先生といった人達だ。

部屋から一歩も外に出られない今井さんを、朝「一緒に授業に行くぞ!」と言って連れ出してくれたり、今井さんの話をただただずっと聞いてくれたり…

「当時はもう、何回泣いたか分からないくらい、とにかく泣きました」

6年以上の、長い長い年月をかけて、周囲のサポートのおかげで、今井さんは徐々に自分を取り戻していった。

その後も多くの方々から支えられて、今に至る。

自分はラッキーだったと思います。たまたま、恵まれていた。支えてくれる仲間や家族がいたし、当時はアルバイトも出来ていたし、経済的に困窮することもなかった。
でもそれを『僕はラッキーだった』で終わらせちゃいけないと思いました。今度は僕が、同じように生きづらさを抱える10代に、何かできることをしていきたい、と思うようになりました」


当時も、今も、よく耳にする「自己責任」という言葉。

「支援が必要なら、自分から発信するべき」
「今の状況に陥ったのは、本人の責任」

これはもしかしたら、日の当たる場所しか経験してこなかった人達の言い分なのかもしれない。

世の中で起きている全てのことを、「自己責任」という言葉で片付けて果たしていいものだろうか。

私達大人が働きかけることで、救える若者がいるのであれば、自分ができる範囲での支援を行うことが、私達の社会的責任ではないか。

そんなことを、考えさせられた。

寄付型NPOのこれから

現在のD×Pの事業の柱は大きく3つだ。

不登校や高校中退、引きこもり、経済困窮といった困難を抱えた10代がLINEで無料で相談できる窓口『ユキサキチャット』。


*2023年より、「ユキサキチャット」の街頭広告にも力をいれている

登録者数は、現在約1万人。これまでに実施した食糧支援は10万食、現金給付は累計で5000万円を超える。


また、生徒が定期的に様々な人達と関わることができる『居場所事業』、

繁華街(現在は大阪・ミナミ)にテントをたて、食べ物・飲み物・スマホの充電スペース、避妊具などを無料提供しながら、そこに集まる10代が気軽に相談できる『街中アウトリーチ』は、2022年からスタートした新たな試みだ。

これらの事業を持続可能な状態にし、発展させていくためには、さらに多くの寄付が必要になる。

今、困窮する10代に差し伸べている手を、これからも差し伸べ続けることができて初めて、D×Pは彼らのセーフティーネットとしての役割を担えるからだ。

「今も法人や個人の皆さんにたくさん寄付を頂いていて、本当に有り難い。ここからさらに多くの皆さんにご支援頂けるよう働きかけるのも、僕の大切なミッションなんです」

そう、今井さんは話す。

最後に今井さんに、こんな質問を投げかけてみた。

「今井さんは、いつも事業やスタッフや家族のことを考えているけど、私利私欲とか、物欲とか、そういうのはないの?」


*彼は、打ち合わせ場所にランニング姿で走ってやってくる

すると今井さんはこんな風に答えた。

「いや〜全然無いね(笑)強いていうなら、旅行が好きだからたまには旅行に行きたいのと、本を買うくらいかな。何だかんだ言って、寝ても覚めても、事業のことを考えているからね」

10代を誰一人孤立させない。

今井さんの大きな挑戦は、まだまだ始まったばかりだ。

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