自分の得意なことは、周りの方が気づいてくれている
――殿塚さんはお父さんのご親戚が不動産屋さんだったんですよね。
殿塚:うんうん、そうです。
――でも不動産屋さんにはなりたくなかったと、以前聞いたことがありました。
殿塚:そう、不動産屋だけには絶対ならないって決めてました(笑)。
――つまり、そんなに固い意志がひっくり返される出来事があったということですよね(笑)。そこからomusubi不動産を始める間に何があったのでしょうか。
殿塚:20代後半に働き方をどうしようと思っていたとき、デザイナーの友人と、ごはんを食べに行ったんです。余談ですが、彼は、のちにBONUS TRACKに入居しているADDAの内装や、HOUSEのSTANDの制作を手掛けてくれ、今では仕事仲間としても親しくしています。その彼に「デザインっていう専門分野があっていいよね」とぽろっとこぼしたら、「殿がいると安心する」と言ってくれたんです。どういうことかな、と考えてみたら、子どものときからいつもどこかのグループに所属しているというよりは、そのグループ間の友人たちの間にはいっていて、どっちのグループにもいれるけど絶対的な親友でもないみたいな感じだったことに気づいて。なんとなく、人の間にはいってバランスとることが昔から得意だったのかもな〜って。それこそまさに仲介で、「あれ? それって不動産の仕事じゃん」と思ったんです。
――そこからどうやって、今のような、いい意味で不動産屋さんらしくない不動産屋さんになったのでしょうか。
殿塚:うーん、そうですね……。BONUS TRACKも、学芸大学のプロジェクトも、全部お声がけいただいたのがきっかけなんですよね。なので、結果としていろいろなことをやっていることになっているかもしれないです。
“コミュニティの原点は、生きていくために自然と生まれた共同体なんじゃないか”
――おそらくなんですが、殿塚さんは不動産業をやるためにomusubi不動産をはじめたのではなく、「人と人をつなぐ」ということが土台にあるからこそ、その役割を期待してまちのプロジェクトであったり、たくさんの人との関係を築いてくような場の運営の相談をいただくのかもしれないですよね。今までもさまざまなチャレンジをしてきたかと思うのですが、殿塚さんは会社としてどんなことを目指しているんでしょう。
殿塚:えー、なんだろう……(しばし頭を悩ませること数分)。omusubiのことを説明しようとたくさんやっていることがあるから、PRの寒河江さんに「会社のやっていることを一言でまとめて」って言われたことがあって。そこで、うーん、って悩んで出てきたのが「コミュニティをリノベーションしてるみたいなことなのかなあ」という言葉でした。
――コミュニティリノベーション……?
殿塚:僕もまだよくわかってないんですけど、めっちゃ固く言うと「共同体を再構築する」みたいなことですかね。
僕らは自分たちで田んぼをやっていて手植えや手刈りをしているのですが、結構大変で笑
「昔の人は、誰さんが好きとか嫌いとか置いておいて、協力していないと生きていけなかったんだな〜」と感じるんですよね。
人間って動物としては結構弱いと思うので「生きていくために仕方なく集まって力をあわせたのが共同体の原点なんじゃないかな〜、って。
――なるほど。今はお金を払えばいろんなサービスが受けられる仕組みになってますが、そうでなければ生活に必要なことをすべてひとりでやっていくのって難しいですもんね。
殿塚:そうそう。今はそもそも自然の驚異とか動物に食べられてしまうとかっていう恐怖が日常には薄れているから、共同体みたいなものも変わってきてるのかもしれないなと思っていて。例えば都会だと特に、地域の人とのつながりがなくなっていますよね。
――たしかに、隣に住んでいる方がどんな人か知らなかったり、近隣で親しい関係の人っていないです。
殿塚:実際、僕自身も松戸のことが好きじゃなかったんです。好きになったのは、松戸で人とのつながりができて、街に知っている顔の人が増えたから。でも、街は昔と変わらないじゃないですか。街を好きになったのは、その街に好きな人がいるかどうかで変わるなって。
――――うん、うん。場所を好きになることって、その場所の「人」を好きになることですよね。
殿塚:ただ、家と職場や学校の往復をしているだけでは、街の人と接点を持つのって難しいですよね。それはどこのまちも同じで、どこへ行っても必ず「コミュニティ」とか「関わり方」みたいな相談をしていただくので、それが僕らに求められていることなのかなあ、と。それで、もともとあるコミュニティをアップデートすることを、コミュニティリノベーションって言ってみようと思っている感じです。
「住むまちを好きになる」ということは、「自分の居場所が増える」ということ
――半分くらい理解できてきました(笑)。「街を好きになるために、街の人とかかわる接点を持てるようになるといいよね」というところまではわかるのですが、コミュニティを再構築すると具体的にどんないいことがあるんでしょう……?
殿塚:えっと、家や学校、会社だけでなく、そういった住んでいるまちも含めて、所属するコミュニティは多い方がいいんじゃないかなあと思っているんです。なぜなら、人は多重人格で、いろいろな面を誰しも持っているから。会社にいるときと家にいるとき、ひとりでいるときと友だちといるとき、それぞれ微妙に違う自分がいません? いろんな自分を出せる場所が多い方が、人は自然でいられるんじゃないかな、って。
――いろんな顔を持つことでバランスを取っているところはあるかもしれませんね。うーん、でもコミュニティを再構築するのって難しそうです。
殿塚:あっ、ほんとそうで。そもそもコミュニティは「つくれない」と思っているんです。僕らの役割は、あくまでもきっかけを提供することで。たとえばこの人とこの人がつながるといいだろうな、と思ったら、同じイベントの場に招待したりね。僕らが直接介入している、ということはなくても、そういったきっかけ作りをしたことで、結果的に、いつのまにかつながった人たちが自分たちだけで連絡をとりあって、一緒に仕事をしたり、何かをつくったり、ということが起こるんです。例えばビル全体をつかったがイベントが始まっていたり、キッチンカーやりたい人に同じシェアアトリエだった方たちが協力していたり。そういうことがあると、とても嬉しくて。
――わあ、面白いです。出会うことがなかった人たちを同じ場に引き合わせることで、関係が発展していく、というのはとてもいい化学反応ですよね。
殿塚:そうなんですよ。そういうことをやりたくてこの仕事をやっています。
――素人目線での率直な疑問なのですが、とは言え「人と人をつなぐきっかけづくり」って、不動産業と違ってお金にはなりにくいですよね。どうしてそれを会社でやれてしまうのか、とても気になります。
殿塚:はは(笑)。それはお金にはなりにくいです。たしかに直接金銭的なリターンには結びつかないけれど、長い目で見ると将来的に自分たちにとってもプラスになると思っているからかなあ。
――将来的に、ですか。
殿塚:まちのなかに好きなお店があったり、適度に人とつながって、自分がやりたいことを協力してできたら楽しいと思うんですよね。そうすると、その街にいる人が好きになって、暮らしが楽しくなる。その連鎖で街の価値はきっとできていて、そこで暮らしたい人に場所を提供する。これがあるから不動産屋さんは続けていけると思うんです。だいぶ、時間かかりそうですけど(笑)。
顔の知らない誰かではなく、すれ違えば挨拶してちょっと世間話ができるご近所さんがいること。学校や会社だけではない、居場所があること。ただ暮らすためだけではなく、自分が自然体でいられるコミュニティとしてそのまちに住むことができたら、なにげない日常が、もっと豊かになるのかもしれません。
次回は、omusubi不動産がやっている「田んぼ」について、実際田んぼのある現地へお邪魔しながら話を聞いていきます。
取材・撮影=ひらい めぐみ