2011年に環境機器は、日本長期住宅メンテナンス有限責任事業組合を設立、それ以降ずっと運営に携わっている。その目的は大きく2つある。住宅の資産価値を高める社会貢献と、その実現を通じて顧客であるシロアリ防除業者の事業多角化を支援することだ。
“もったいない”と“長持ちさせたい”をつなぐ
「当社の取引先であるシロアリ防除業者さんの仕事ぶりを見ていた片山は、いつも“もったいないなあ”と思っていたそうです」と、立ち上げから組合運営に携わってきた経営企画部の堀上琢治は、設立の原点を語る。
環境機器は、日本長期住宅メンテナンス有限責任事業組合において本部と事務局の運営を務めている。主な組合員はシロアリ防除業者であり、立ち上げ当初には10社が参加、現在は約100社まで増えている。本部運営にはもう一社、大阪ガスケミカル株式会社が参加している。
ところで片山のいう“もったいない”とは、一体どういう意味だったのか。シロアリ駆除の際には、作業員が必ず家の床下にもぐる。その目的はシロアリチェックだが、床下に入るとシロアリ以外にもさまざまな家の不具合が、自然と目に入ってくる。例えば家の土台となる基礎にヒビが入っていたり、漏水の跡が見つかる場合もある。いずれもその家の持ち主にとっては、見過ごせない問題だ。
「ところがシロアリ防除業者さんは、家主さんにはシロアリの状況しか話しません。金槌は世の中のものが全て釘に見えると言いますが、シロアリ防除業者さんにはシロアリの被害状況しか目に入らない。しかし住宅を劣化させるのはシロアリだけではありません。基礎のひび割れや外壁の劣化、バルコニーの防水塗装も劣化していく。もし業者さんたちが住宅全般の劣化を自分たちで診断し補修できるようになれば、もっと仕事を増やせるじゃないか、しかも施主も喜ぶのではないかと、これが片山の発想だったのです」と語る堀上は、その背景にある片山の問題意識にも触れた。
「海外の住宅事情に詳しい片山は常々、日本の住宅の資産価値の低さを何とか改善したいと考えていたようです。欧米では補修・改修など手入れを怠らないため、歳月を経るほどに家の資産価値は高まります。家は100年もつのが当たり前で、たいていの中古住宅が新築よりも高く売れる。これに対して日本では、築後20年も経つと建物の資産価値はほとんどありません。あまりにももったいないじゃないかと。こうした状況に一石を投じ、日本の住宅を長持ちさせて社会貢献につなげたい。そこでシロアリ防除業者さんたちに住まいのドクターとなってもらい、住宅メンテナンスの一翼を担う、そんな狙いを込めて組合立ち上げに至ったのです」
「住まいを資産に。」変える、そのために何ができるのか
問題意識は明確だったとはいえ、組合設立以降の活動までが、最初から戦略的に考えられていたわけではまったくなかった。問題が見つかればとにかく動いてみて“走りながら考える”、これが環境機器のやり方だ。
とりあえず立ち上げた組合で、最初に取り組んだのが勉強会である。シロアリ防除業者はシロアリについてはプロだが、住宅劣化についての専門知識などは持ち合わせていないことが多い。
「そこでまず建物診断研修から始めました。最初の3年ぐらいは勉強会に力を入れて、建築士の先生から建物の点検方法を教わったり、建築学の大学教授に『住宅経年劣化点検マニュアル』をつくってもらったりしました。そのうち研修だけじゃなくて、そろそろビジネスとして展開しましょうかと話が進んでいったのです」と、粟井真也は成果を焦らない地道な進捗ぶりを振り返る。
続いて住宅点検業務を標準化し、これをマスターするための研修も行われた。そのうえで組合員には、NPO法人住宅情報ネットワークによる認定資格「一級建物アドバイザー」取得が推奨されている。資格を取得すれば、シロアリ防除業者が新たなビジネスに踏み出す際の強力な武器となる。並行して点検からメンテナンスまでを請け負うサービススキーム『おうちケア定期便・アフターメンテナンスサービス』が立ち上げられた。地場の工務店を巻き込むサービスであり、これにより「住まいを資産に。」する仕組みが完成する。
工務店にもメリットを提供し活動を広げる
『おうちケア定期便・アフターメンテナンスサービス』は、新築時から10年間、家の管理をサポートする仕組みだ。防蟻工事に加えて住まいの定期点検と報告を行い、メンテナンスについて提案する。設計図書や工事写真、保証書などから点検結果など、住宅に関する情報はすべて『家歴書NET』に記録する。家歴書NETは、環境機器が以前より構築していた国土交通省が推進する『いえかるて』に準拠した住宅履歴システムである。
こうした取り組みの結果立ち上げられた『おうちケア定期便・アフターメンテナンスサービス』は、地場の工務店にも大きなメリットをもたらす仕組みとなった。工務店は基本的に少人数で営まれている。腕の良い職人である親方と少数精鋭のスタッフは家を建てる技術に秀でているが、一つネックがある。アフターメンテナンスである。
工務店には、定期的なアフターメンテナンスをまかなうだけの人的余裕がないのだ。そのため施主はアフターメンテナンスについて安心できる大手ハウスメーカーに依頼しがちだ。仮に工務店が、安心できるアフターメンテナンスを提供できるようになれば状況は一変する。
「おうちケア定期便は、工務店さん、シロアリ防除業者さん、そして施主様の三者にとって、まさに“三方良し”となるサービスなんだ」とは、案内パンフレットの制作を担当するなかで、サービス内容を深く理解した岡本秀明の気づきだ。
現実問題として、以前は家の床下に定期的に入り、基礎の様子や漏水をチェックしたり、外壁塗装の劣化をみてくれる業者はほとんど存在しなかった。リフォームを専門に手がける業者はいるものの、家の新築時から定期的に点検してくれるわけではない。新築を頼んだ工務店が責任を持って定期的にチェックし、必要に応じて直してくれるシステムなら施主も安心できる。
そして、この仕組みが回っていけば確実に日本の「住まいを資産に。」変えていける。
「住まいが資産に」なるこれからの日本
組合事業を立ち上げて10年が経ち結果は着実に出始めている。何よりの成果は、当初の目的だった「住まいを資産に。」を実現する仕組みが全国展開され、シロアリ防除業者の事業が多角化されたこと。さらに組合内部での業務管理用システム『オレンジ』や『家歴書NET』などのITシステムも整備された。
こうした取り組みにより組合にとっての新しいビジネスも芽吹き始めている。きめ細かな住宅メンテナンスサービスを求めていたのは、実は地場の工務店だけではなかったのだ。
「極端にいえば、住宅の売買に携わっている事業者さんすべてにとって、販売後のアフターメンテナンス充実は強力な訴求ポイントになります。不動産流通に関わる事業者さんにとっても、買い取った住宅の点検から補修、販売後のサポートまでを提供できれば強みとなります。我々と似たようなサービスを提供する事業者は他にもありますが、そこで効いてくるのが、「住まいを資産に。」という大きな目的を共有した仲間を組織し全国ネットワーク化していること、システムを含めて充実した仕組みを本部窓口で統一的にサービスを提供していること、そして何より目の前の利益に拘らず、戸建て住宅のメンテナンスのあり方をゼロから考えて提案する当社の姿勢です。」と粟井は広がりつつあるビジネスチャンスを説明する。
2020年に入ると環境機器のビジネスにも新たな動きが出始めた。住まいのメンテナンスを行うためには、断熱材や補修材、防水材など今まで環境機器が扱っていなかったさまざまな資材が必要になる。それらを環境機器が仕入れて、必要な業者に届ける。これは従来なかった商流である。
「工務店さんも我々としてはこれまで接点のなかった相手でしたが、付き合いを深める内に、彼らが必要とするサービスを提供できる可能性が出てきました。外壁塗装を手がける業者さんのネットワークと連携したり、床下を点検するついでに床下断熱リフォームや基礎クラックの補修を手がけるシロアリ防除業者さんも出てきました」と、岡本は事業の広がりに手応えを感じている。
組合事業により、環境機器においても従来接点のなかった業界へとつながる道筋ができ、新たな成長事業ドメインが生まれつつある。
「10年経過して、いつの間にか盤石の体制ができていました。おかげで、これからの10年で弊社のビジネスが大きく転換する可能性も出てきています。これもひとえに『住まいを資産に。』する仕組みづくりに徹してきたからでしょう。社会貢献を続けていれば、事業でも成果を得られることを実感しました」とは、立ち上げからずっと関わってきた堀上の率直な感想だ。