小学三年の春、優斗は隣の席になった美咲と交換日記を始めた。
毎日一言だけ書く決まりだった。
「今日の給食、プリンだった」
「体育で転んだ」
「帰り道で猫を見た」
他愛もない言葉が、二人の毎日をつないだ。
四年、五年と学年が上がっても続いた。
中学に入っても、部活で忙しくても、日記は途切れなかった。
高校に入ると、美咲が体調を崩し始めた。
授業を休む日が増え、日記の文字が少しずつ弱くなった。
「今日は少ししんどい」
「また検査になった」
「ごめん、返すの遅れた」
優斗は返事を書き続けた。
「待ってる」
「無理するな」
「また一緒に帰ろう」
ある冬の日、美咲のページは一行だけだった。
「字がうまく書けない。ごめんね。」
その文字は震えていた。
春休み、美咲は入院した。
交換日記は病室で続いた。
優斗は毎日書いて持っていった。
「桜が咲き始めた」
「クラス替え発表された」
「早く見せたい景色がある」
美咲の返事は、日に日に短くなった。
「読んでるよ」
「ありがとう」
「またね」
そしてある日、返事はなかった。
病室の机の上に、日記が置かれていた。
最後のページに、美咲の文字があった。
「優斗へ
毎日書いてくれてありがとう。
あなたの日記を読むと、私も生きてる気がした。
返事が書けなくなっても、読んでるからね。
ずっと読んでるからね。」
その日を境に、日記は止まった。
優斗は高校を卒業するまで、返事を書き続けた。
返事のない交換日記を、毎日、美咲の家のポストに入れた。
「今日、進路が決まった」
「桜が満開だった」
「美咲が好きだった景色を見た」
卒業式の日、優斗は最後のページを書いた。
「美咲へ
今日で高校が終わった。
交換日記も、これで終わりにする。
でも、ずっと話してるから。
ずっと、読んでていいから。」
ポストに入れた瞬間、涙が止まらなくなった。
返事が来ない日記を三年間続けた重さが、ようやく胸に落ちた。
その家のポストは、もう誰も開けない。
でも優斗は知っている。
美咲は、最後まで読んでいた。
返事が書けなくなっても、
ページをめくる指が震えても、
文字が書けなくなっても、
ずっと、読んでいた。
交換日記は、片方が止まっても終わらない。
読む人がいる限り、続いている。
優斗は今も、春になるとノートを開く。
桜を見るたびに、美咲の最後の一行が胸に浮かぶ。
「ずっと読んでるからね。」