一人ひとりの目標達成に伴走するコーチング/コンサルティング事業を展開する、POTEX(ポテックス)株式会社代表の福井龍介(Ryu)さんにお話を伺いました。
同社が掲げているのは、「挑戦する人生の、一番の味方である」というミッションです。
POTEXはどんな会社で、代表はどんな人物なのか。
そして、なぜ会社の真ん中に「味方」という言葉を置いたのか。
Ryuさんの人生の節目にはいつも「味方」がいました。
挑戦する人の可能性を信じ抜き、目標達成まで伴走するPOTEX
ーまずは、POTEXはどんな会社なのか教えてください
一言でいうと、挑戦する人の可能性を最後まで信じ抜き、目標の達成までサポートする、そんなコーチング/コンサルティングを提供する会社です。
社名のPOTEXは、「可能性は無限大」を意味する「POTENTIAL X」に由来しています。
クライアントが目指す目標は本当にさまざまです。
自社事業の成長や会社員からの独立、難関資格の合格、英語、SNS、ダイエットなど、目標の種類は問いません。
それぞれの目標に合わせて、専門性とコーチングスキルを持ったコーチ/コンサルタントがつきます。
内省や目標設定だけで終わらせず、理想に至るまでの戦略を立て、日々の行動に落とし込んで結果が出るまで隣で伴走します。
元々は個人で行っていたのですが、2年ほど前から組織化しました。
今では40名ほどのコーチ/コンサルタントとともに、累計400名以上のクライアントにサービスを提供しています。(2026年9月現在)
YouTubeチャンネル「Ryuの自己管理室」の登録数が伸びていることもあり、おかげさまで組織も事業規模も右肩上がりで成長中なのですが、ずっと大事にしているのは、クライアントの味方になることです。
「挑戦する人生の、一番の味方である」
を会社のミッションに掲げています。
ー「味方」というのは他の会社が使わないような言葉で印象に残ります。どんな存在なのでしょうか?
自分の可能性を信じ、その実現のために、一緒に考え、行動してくれる人です。
僕自身、そういう人との出会いによって挑戦できることが変わっていきました。
ただ、こうやって説明するだけではわかりづらいと思うので、僕が「味方」のおかげで人生を前に進められた経験、POTEXという事業を始めた原点について語らせてください。
15年続けた野球で、自分から可能性に蓋をした過去
今の僕の原点になった経験として、野球で味わった深い後悔があります。
僕は3歳から野球を始めて、18歳までの15年間、ずっとプロ野球選手になることだけを考えていました。
小学生の頃は選抜チームでキャプテンを務めて、慶應高校に入って甲子園に出ることを目指していました。
(横浜で生まれたので、「この人たち、頭も良くてスポーツも出来るなんてすごい」と憧れていました笑)
中学時代は往復1時間半かけて強豪のクラブチームに通い、練習漬けの毎日を送っていましたね。
中学2年生のときに大きな怪我をして野球推薦の道が閉ざされてしまったのですが、それでも諦めずに受験へ切り替えて偏差値50から合格するくらい、熱量高く取り組んでいました。
そうして念願だった野球部に入部したのですが…。
僕の希望は入学してわずか7日目で打ち砕かれました。
同じ学年で同じポジションに、日本代表を経験した選手がいたんです。
走るスピードも、投げる球も、すべてのレベルが圧倒的に違いました。
そのプレーを目の当たりにした瞬間、「何年やっても追いつけない」と、自分で勝手に結論を出してしまいました。
ーそれは…不運でしたね
そういう見方もあるかもしれません。
実際、そこから僕は練習に本気で向き合えなくなってしまいました。
2軍ではのびのびと打席に立ててホームランも打てるのに、1軍に上がると萎縮してミスばかりを繰り返して...。
チャンスをもらっても活かせず、周りに自分を出せない、内気な選手になっていきました。
僕たちの代のチームは、春も夏も甲子園に出場しました。
でも僕はどちらもベンチに入れず、アルプススタンドから仲間を応援していたんです。
ずっと夢に見てきた甲子園という場所にいながら、自分はグラウンドに立つことすらできませんでした。
ですが、アルプススタンドで湧き上がってきたのは、試合に出られなかった悔しさではありませんでした。
「なんであのとき、自分で自分の可能性に蓋をしてしまったんだろう」
「本気で食らいついて努力していたら、ベンチくらいは入れたんじゃないか」
残ったのは、結果そのもの以上に、自分から可能性に蓋をして本気でやり切れなかった後悔でした。
たとえ懸命に努力したとしても、日本代表の彼には勝てなかったかもしれません。
それでも、最後まで向き合っていたら、清々しい気持ちで「やりきった」と言えたはずです。
僕は先に自分に言い訳を作って、自分の可能性を諦めてしまったんです。
甲子園でベンチに入れなかったという結果を現実で体験して、初めて後悔に気づくことができました。
だから慶應義塾大学に進学したとき、「もう二度と、やり切らなかった後悔だけはしない」と心に誓いました。
大学では、自分の可能性を最後まで確かめようと決めたんです。
科学的な習慣を生活に落とし込み、1年で公認会計士試験に合格した
ー大学に入ってからは何に挑戦されたのですか
大学1年生のとき、簿記3級から始めて、1年で公認会計士試験に合格することを目指しました。
普通は合格に2年かかるとされている試験ですが、早く合格できれば、残りの学生生活で英語を身につけて留学することもできます。
学生のうちに自分で事業をつくることにも挑戦できると考えたんです。
高校時代の後悔を取り戻したいという気持ちもありましたし、とにかくやりたいと思ったことは全て全力で挑戦すると決めていました。
ただ、短期合格のためには、これまでの勉強のやり方を根本から変える必要がありました。そこで僕が目をつけたのが、科学的根拠に基づいた習慣や勉強法です。
まず、睡眠の質を高める工夫や休憩の取り方など、日々の生活習慣も徹底的に見直しました。
ちょっと正しいやり方を取り入れただけで、すぐに眠りにつけるようになったのには驚きましたね。
ジャーナリング、瞑想、冷水シャワーなど、役立ちそうなものは何でも試し、効果があったものを取り入れていきました。
勉強も、机に向かって座るだけではなく、立って勉強したり、エアロバイクを漕ぎながら暗記したりしました。
部屋の人形に向かって声を出して解説する、なんてこともやってましたね。
ーまさにYouTubeで発信されているような、ちょっと変なやつですね
よく言われます笑
とはいえ順風満帆に行ったわけではなくて、受験勉強の途中でコロナ禍が直撃しました。年に1回しかない会計士試験が中止になるという噂が流れ、(実際に史上初めて試験が延期になりました)一緒に短期合格を目指していた仲間は鬱の症状で、挑戦を諦めてしまいました。
一緒に勉強していた仲間が離脱し、コロナ禍で誰にも会えず一人で勉強する日々。
毎日10時間、家に籠って黙々と進める期間は、野球ばかりやっていた僕にとって、拷問のような時間でした。
自分自身のメンタルも参ってしまい、朝、ベッドから起き上がれなくなる時期もありました。
そこでも役立ったのは科学的な習慣です。
睡眠改善、ジャーナリング、瞑想など色々試しましたが、結局大きかったのは、人と約束を交わすことで行動の達成率を高める「アカウンタビリティ」という概念でした。
自分の中だけで決めた約束は挫折しやすくても、他者との約束に変えることで行動の継続率は大きく上がります。
そのため、家族や予備校の先生、仲間に、毎日の学習時間を見てもらう仕組みを作りました。
できた時は互いに称賛し合い、できなかった時は冷静な分析と熱い激励の言葉をもらえるような環境を整えたことで、徐々にメンタルも回復していったんです。
そうして走り切った結果、大学2年生で公認会計士試験に合格できました。
さらに合格後は、以前から思い描いていた留学に向けて英語の勉強を始めました。
当時の僕の英語は、自己紹介すら満足にできない状態でしたが、そこから、会計士受験で使った勉強法が役に立ち、一気に仕上げて留学へ向かいました。
ー会計士受験で身につけた勉強法が生きたわけですね
これはYouTubeやプログラムでもよく言っているのですが、一度身につけた目標達成力は一生のものです。
僕自身もそう実感しています。
これらの経験を経て、科学的な根拠に基づいて習慣を整え、行動を仕組みに落とし込めば、人はどんな種類の目標でも、非常に高い確率で達成できるのだと実感しました。
だからこそ今のPOTEXの事業や日々の発信でも、習慣や科学的根拠を大事にしています。
留学とYouTube発信を経て、事業を展開
ー念願の公認会計士への道を歩み始めたわけですね。その後はどのようにPOTEXの事業に繋がっていったのでしょうか?
一番最初はYouTubeでの発信でした。
2022年、留学のために渡航する機内で1本目の動画を編集し、YouTubeでの発信をスタートしました。
というのも、会計士のときの勉強法を周りに話していたら、周りの人がどんどん成果を出していって、「せっかくだし発信してみたらいいじゃん!」と言ってくれたんです。
僕の勉強法だったり習慣だったり、留学Vlogなどを発信していきました。
ー今では登録者18万人超えとなった「Ryuの自己管理室」の始まりですね
そうです。ですが、最初から順調だったわけではなく、全然伸びない時期が長くありました。
そんな中、YouTubeを見ていると、同じ留学先で、すでに登録者2万人のチャンネルを持っている日本人がいることを知りました。
すぐに知り合いのツテを辿って連絡をとり、「YouTubeを教えてください」と打診。
気づけば留学時代の一番の友人となり、毎週のように戦略を話し合う中になりました。
そんな幸運のおかげもあり、少しずつチャンネルを成長させていくことができたんです。
1年弱ほどの留学を終えて帰国した時には、会計士としての就職までまだ半年ほどあり、また、YouTubeには、5000人程の、熱量の高い視聴者さんもついていました。
そこで、個人事業を始めました。
その時は、英語や会計の資格合格に特化したサービスで、そこに自己管理のサポートも掛け合わせて提供していました。
やがて、大学生時代から思い描いていた通り、大手監査法人に入社したのですが...
その頃には、「やっぱり自分の経験を活かして誰かの可能性を最大化する仕事がしたい」という想いが強くなっていました。
23歳、新卒1年目で退職を決断しました。
ーようやく手にした安定職を手放す不安はありましたか?
もちろんたくさん迷いました。
周りからは「せっかく頑張って資格を取ったのに」「もっと考えた方がいい」「社会は甘くない。今の年齢で起業してうまくいく人は一握りだ」などと言われましたね。
個人事業の方が安定していたわけでもなく、むしろコンサルを受けて借金していたような状態です。
ですが、その時期に僕が伴走をしたクライアントは、次々と英語や会計の目標を達成してくれていました。
中には「あと20年早く知りたかった」「本当に生活と人生が変わった」と涙を流して感謝してくださる方もいて。
そんな方々の姿を見て、僕の中では「良いサービスを作って届ければ必ず結果につながる」という確信がありました。
そして、会社を辞めて作った時間でしっかりと準備をし、会計や英語学習をさらに汎用化した「習慣化プログラム」をリリースしました。これが今のPOTEXの原型です。
クライアントにはとても満足いただき、自身の借金も一括返済。
そして、個人としての活動には半年で区切りをつけ、学生時代からに知り合った有田(現POTEX COO)と組織化しました。
そうして2025年1月に生まれたのが「POTEX」株式会社です。
POTEX最大の危機。中核メンバー2人の離脱
ーついにPOTEXの始まりですね。そこからは順調に伸びていったのでしょうか。
はい。…と言いたいところなのですが、またも試練が訪れます。
2025年6月、登録者が1万5,000人まで伸びていたLINEのアカウントが停止してしまったんです。
これから事業を本格的に売り伸ばしていく手前のタイミングで、大切なお客様との繋がりが消えてしまいました。
夜に知らせを聞いた時は、メンバーには「大丈夫」と冷静を装いましたが、一人になると冷や汗が止まらず、頭が真っ白になっていました。
原因は定かではありません。
「真っ当な事業を展開しているのに、なぜ...」
悔しさと焦りが募って、眠れなくなりました。
ただ、その時はまだ「もう1回頑張ろう!」とチームで奮い立つことができました。
また1人ずつ登録者を集め直し、毎月伸ばしていき、もうすぐ月商1,000万円というところまで回復したんです。
ところがその年の12月末、またしても、友達1万人以上のLINEアカウントが停止になりました。
当時の商品単価と購入率をもとに延べ2万5,000人で単純計算すると、売上換算で約2億円規模にあたる顧客接点を失ったことになります。
翌月の2026年1月には、事業責任者と営業統括の2人が会社を離れました。
運営メンバー4人のうちの2人でした。
すぐに売上は半分以下にまで落ち込みました。
ーそれは…辛いですね
このときに想ったのは、利害関係なく一緒にやってくれる味方は決して多くないのだということです。
うまくいって数字が伸びているときは人が集まり、一緒に喜んでくれる人もたくさんいました。
けれど、本当に行き詰まったときの辛さを、隣で分かち合える人はほとんどいませんでした。
数字が伸びているときの楽しさは本物だったと思っています。
ただ、それがなくなった瞬間に、人は離れていってしまいました。
事業の行き詰まり、人間関係。
この二つのショックが重なって、誰にも相談できない日々が続きました。
田原の参画、「そんなもんじゃないでしょ」と毎日言ってくれた
ーその状態から8ヶ月で今に至ります。精神的な面でも事業的な面でも、どうやって立ち直ったのでしょうか
きっかけは、田原さんとの再会でした。
田原さんは、年商100億円規模の会社でCMOやCFO、そしてグループ会社の社長を務めた経験もある事業家で、今も10社以上の経営に携わっています。
元会計士で、実は僕が監査法人に入社するときの採用面談を担当してくれた人でもありました。
本当に偶然、POTEXでインターンをしていた方経由でたまたま田原さんと繋がって、久しぶりに話そうということになりました。まさに売上が下落した2026年1月のことですね。
すると、「応援したい」「一緒にやりましょう」と言ってくださり、2月から正式に参画してもらうことになりました。
それからはとにかく毎日話し合いました。
今もPOTEX経営陣で毎朝会議を行っていますが、思えばこのときから始まったものです。
当時の僕は苦しい状況が重なり、目標を弱気に設定してしまいそうになっていました。
そんな僕に対して、田原さんは毎日「そんなもんじゃないでしょ」「Ryuならもっといける」と言って、上を向かせてくれました。
まさに今、POTEXの売上や規模は当時の僕には到底想像できない速さで成長していますが、田原さんがいなければこの未来はあり得なかったです。
ー毎日そうやって引き上げてくれる存在がいたのですね
本当に大きかったです。
もちろん精神面だけでなく、田原さんは自身の繋がりを活かして、当時の僕たちに足りなかった人材を連れてきてくれました。
参画してもらってからの最初の3ヶ月間は、人が足りない中で戦略から立て直し、土台を固めていきました。
おかげで一気に事業が伸び始め、それに対する準備も出来ており、今も急成長を続けることができています。
この経験で気づいたのは、本当に辛いときにも一緒にいてくれる存在こそが味方なのだ、ということです。
振り返れば、人生の節目にはいつも味方がいた
ーここで「味方」という言葉が出てきました
はい。当時から今まで、田原さんは僕にとってまさに「味方」です。
ただ、この出来事にはそれ以上の気づきがありました。
これまでの人生を振り返ってみると、自分が挫折から立ち上がって前に進めた節目には、いつも味方がいてくれたんです。
コロナ禍、公認会計士の受験勉強で朝起き上がれなくなったときもそうでした。
動けなくなった僕の話を聞き、毎日の学習時間を見てくれた家族や予備校の先生、受験仲間がいました。
自分一人だけの決意ではなく、信頼できる人たちとの約束に変えたからこそ、折れずに最後まで走り切ることができたんです。
YouTubeでの発信を始めたときも同じでした。
留学先で出会ったクリエイター仲間は、登録者を伸ばすための戦略を毎週のように一緒に考えてくれました。
自分の仕事や生活があるにもかかわらず、僕のために時間を割いて一緒に手を動かし、動画を研究してくれたんです。
さらに遡れば、高校受験のときに挫折しかけた僕の可能性を信じて背中を押してくれた父も、僕の味方でした。
共通項は、たとえ現状がダメダメだったとしても、本気で僕の可能性を信じ、支えてくれたことです。
僕はこれまで、目標を達成するための科学的なアプローチや習慣化の仕組みを徹底して追求してきました。
行動を習慣に落とし込む知識は、もちろん今でも欠かせないものだと思っています。
けれど、どれほど正しい知識や方法があっても、心が折れそうになったときには立ち上がれません。
知識だけでも足りないですし、味方だけでも足りないんです。
科学的な方法と、隣で支えてくれる味方。その両方が揃って初めて、人は行動をやり切ることができるんです。
「味方」という言葉で、全員の目線が同じ方向を向いた
ーそうしてたどり着いたのが「挑戦する人生の、一番の味方である」というミッションなのですね
「味方」という言葉は、僕たちの事業にぴたりと当てはまりました。
実のところ、僕たちが提供しているサービスって、既存の言葉では微妙に定義しづらいんです。
「コーチング」という言葉はあるものの、「本当の自分を見つける」「在り方を定める」というような、少しフワッとしたイメージがありますよね。
POTEXのサービスも間違いなくこの要素を中核においていますが、その先の「目標を定め、達成する」というコンサルティング的要素、定量的な成果をしっかりと出すまでを重視しています。
かといって単に「コンサルティングサービス」と呼ぶのもやはり違和感があります。
冒頭からずっと「コーチング/コンサルティング」と表現しているのは、このあたりの微妙なニュアンスが理由です。
ですが、「味方」というのは、まさにその両方を内包した、POTEXの提供価値を表した言葉だと思っています。
この言葉に統一して、メンバーに伝えたときの反応がまさに印象的でした。
「確かに、僕たちが提供しているサービスは、人生の一番の味方になることだったんだ」
「味方ならどうするか、で日々の行動を考えればいいんだ」
と、メンバー全員の目線が一つになったんです。
今では、コーチの研修でも、YouTubeの発信でも、ミッションでも、あらゆる場でこの言葉を使っています。
おかげで経営陣もコーチも、そしてクライアントも含めて、POTEXに関わる全員が同じ方向を向けていると感じています。
いずれPOTEXがもっと大きくなれば、「コーチングを提供します」「コンサルティングを提供します」と同じくらい「味方を提供します」という言葉が一般的になる…そんな未来を思い描いています。
ーPOTEXが提供しているのは、「味方」という言葉でしか言い表せない、まったく新しい価値なんですね。
コーチングでもコンサルティングでもなく、味方を提供する。それが僕たちのサービスの定義です。
まずは、その人が本当はどう生きたいのか、何を大切にしたいのかを一緒に考えることから始めます。
仕事で成し遂げたいことはもちろん、家族との関係や健康、自分ひとりの時間も含めて丁寧に向き合います。
その人が心から望む理想から目標を描き、戦略を組み立て、毎日の行動に落とし込んでいきます。
もし行動が止まってしまったときは、何が難しかったのかを一緒に考えるんです。
方法や環境が合っていなければ見直しますし、苦しいときにはじっくりと話を聞きます。
目標に向かうために必要なことであれば、耳の痛いことでも率直に伝えるようにしています。
味方でいるということは、何でも無条件に肯定することではありません。
その人が心から望んでいる人生へ近づくために何が必要なのかを、隣で一緒に考え抜くことです。
そういう意味では、僕自身もこのサービスを使っていると言えるかもしれません。
ーというのは?
経営陣とは毎日顔を合わせていますが、そこでは事業目標の話もしますし、深い話もします。
もちろん、全員が同じ目標に向かう「味方」同士です。
目標に向かう方法や習慣を発信しているからこそ、誰よりも自分自身が実践者であり続けようと常に意識しています。
とはいえ、自分のこととなると、どうしてもすべてを客観的に見通せるわけではありません。
優先順位を整理したいときもあれば、自分より広い視点から率直な意見をもらいたい瞬間もあります。
そんなとき、こうした味方からの声が気づきになることがよくあります。
味方は誰にでも必要なもので、サービスを提供する側になっても、僕自身が支えてもらう必要は変わりません。
僕の人生にとっても、POTEXはなくてはならないサービスです。
「あの人に出会えてよかった」を社会の仕組みにする
ーこれからPOTEXで実現したいことを教えてください
まずは、味方の存在を広めていくことです。
僕たちが直接向き合うのは、一人ひとりのお客様です。でも、その人の人生には、ほかにもたくさんの人がいます。
例えば、お医者さんが心身の状態を整え、持っている力をより発揮できるようになれば、患者さんに向き合う余裕や、救える命につながるかもしれません。
経営者がよりよい判断をできるようになれば、社員の働く環境や、お客様に届ける価値が変わる。その先には、社員の家族の生活もあります。
一人の可能性が開くことで、その先にいる人の可能性も広がっていく。そこにこの事業の大きな意味があると思っています。
その先に僕たちが目指しているのは、運命の出会いを必然にすることです。
「あの人に出会えてよかった。だから、今の自分がある。」
僕はこれまでの人生で、そう思える出会いをたくさん経験してきました。
それは幸運とひと言で言ってしまえば簡単ですが、本当に必要としている人に届く、社会の仕組みになればいいなと思います。
「POTEXの門を叩けば、自分の味方に出会え、人生が変わる」
そんな世界観を作っていきます。
そうしてお客様にも、一緒に働く仲間にも、「自分の可能性を生き切った」と思ってほしいですね。
誰かの人生に伴走しながら、自分の人生にも本気で向き合える人に来てほしい
ーこれから加わる仲間には、どんな人に来てほしいですか
僕たちが何より大切にしているのは、やはりこの仕事が持つ意味そのものです。
誰か一人の人生に最初から最後まで伴走し、その人が変わる瞬間に立ち会うこと。
クライアントに涙を流して感謝される、というのも比喩ではなくありますし、ときにはコーチ自身が涙してしまうほど、相手に対して本気になれる仕事です。
だからこそ、人に伴走して貢献したいという想いを持った人に向いています。
過去の挫折や人生経験を、目の前の誰かのために提供したいと思える人です。
そして、やるべきことを積み重ねて結果を出してきた、体現者であってほしいです。
何よりPOTEXの理念に共感し、自分の言葉で語れる仲間を求めています。
ー他にも「POTEXで働くのはここがいい」というポイントはありますか?
環境面で言うなら、事業拡大のスピード感ですね。
メインの事業は、コーチもクライアントも増え続けて、採用が追いつかないくらいです。のみならず、新しいプロジェクトをいくつも立ち上げ、走らせようとしています。
採用した方の活躍の場は、必ずしもコーチに留まりません。
ポテンシャルやその人のビジョン次第で、新規事業の立ち上げやプロジェクトマネージャー、営業、マーケティングなどの仕事も任せています。
実際、コーチング受講生からそうした方を登用することもあります。可能性を信じて任せるんです。
社内には田原さんをはじめ、事業家として水準の高い人たちが集まっています。
この環境で1〜2年本気でやり切れば、どこの会社でも通用する人材になれると確信しています。
成長したい方、自分自身の可能性を最大化したい方も是非来てください。僕たちも本気で向き合います。