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【社員インタビュー 前編】ロシア政府機関の大規模システムを開発。順風満帆なエンジニアが、日本移住を決めた理由とは?

こんにちは! ユビニティー採用広報担当です。社員インタビュー第二弾として、テックリード(CTO候補) ボゴモロフ・セルゲイのインタビューを、前編・中編・後編に分けてお届けします。前編の本記事では、エンジニアに興味を持った理由や、日本で働くことを決めた理由、前職での経験について聞きました。

■ITの面白さに魅了された学生時代。政府機関のシステムも任される存在に

――エンジニアに興味を持った理由は何ですか?

最初のきっかけは、中学時代の友人の自宅にパソコンがあったことです。当時、パソコンを持っている人は多くはなかったので、興味本位でよく遊びに行っていました。基本的にゲームを楽しんでいましたが、パソコンの仕組みも気になっていたことを覚えています。その後、普通科の高校に進学したのですが、授業の一つに情報科学の基礎を学べるものがあったんです。それを受講してから、本格的にITに関心を抱くようになりました。ただ、両親は共に文系出身だったので、私に対しても文系の道を歩むことを期待していたんです。それでも私は、ITの面白さを忘れられず、大学では情報科学・応用数学の学科を選択しました。それは私にとって、初めての大きな決断でしたね。大学で専門的な知識を深める中で、将来はITに関する仕事がしたいと強く思うようになりました。それを実現するためには、実際にプログラミングなどの仕事を受けて、実用的なスキルを身に付ける必要があると考えたんです。そこで修士課程に進学すると同時に、ご縁のあったモスクワ市教育局の情報解析センターに、プログラマーとしてジョインしました。

――情報解析センターでは、どのような仕事を担当しましたか?

モスクワ市教育局は、市立の教育機関を全て司る政府機関です。当時4000以上あった教育機関から、定期的に情報が集められていましたが、情報収集のフローがシステム化されていませんでした。具体的には、現場でMicrosoft Accessを使ってテンプレートファイルにデータを手入力し、そのファイルをメールで送信した後、モスクワ市教育局にて担当者の手作業で集約していました。もちろん、効率が悪く時間もかかってましたし、人的要因が大きい分、データ漏れや集計の誤算などの問題も発生していました。

私はまず、いくつかの他のシステムの改善や運用保守の傍らに、数件だけのシンプルなレポート収集のシステム化を任されました。そこで、目の前のタスクをこなすだけでなく、「どうすればもっと人の役に立つシステムになるか」「より効率的に、より使いやすくするためには?」などと思考を巡らせていました。実際に上司に提案して、新たなシステム構成を試すことも。そういった姿勢が評価されたのか、新たなエンジニアの採用を任され、中学時代に一緒にパソコンで遊んでいた友人を紹介しました。無事に採用され、友人と2人でシステム開発を担当するように。私が退職した後も長年使われるような、多目的な情報収集・レポーティングシステムを作ることができ、大変満足のいく仕事になりました。

■日本移住を決めたきっかけは、言葉の美しさ

――その後の経歴を教えてください

モスクワ市教育局に約3年間勤めた後、小規模のIT企業を立ち上げ、約10年間経営。主に前職で築いたコネクション経由で案件を受けていました。その中に大きな案件もあって、例えばロシア国営企業『ロスアトム』(ロシア全国の原子力発電所を司る企業)の電子商取引のプラットフォーム開発や水力発電会社『ルスギドロ』(ロシア国内の全水力発電所を管理する企業)の情報収集システムなど。要件定義から設計、実装、運用まで(いわゆる上流工程と下流工程)だけでなく、取引先との交渉や契約締結などを担当し、幅広い経験を積むことができました。しかし、長年の運営の中で自分たちがいくら物づくりに長けていても、ものを売るという、いわゆるマーケティングの才能がなければ、自立した事業として積極的に市場に進展して成功するのが難しいという、根本的な事実を身をもって知りました。そして創立から10年後、とうとう会社を解散することになりました。その後、東南アジアの通販大手企業『ラザダ(Lazada)』に就職。約200人のエンジニアがいるモスクワ支店、いわゆるテックハブに勤めました。しかし、しばらく経つとラザダは中国のアリババグループに買収され、モスクワ支店が閉店になって、そこに勤めていたエンジニアはみんな一気に職を失ってしまったんです。ただ、優秀なエンジニアが多かったため、ロシアのネット通販大手企業『オゾン(OZON)』が囲い込み、私を含む約6割のエンジニアがそのままオゾンに転職しました。

――日本に来たきっかけは何ですか?

子どもの頃、ロシアのテレビ番組で、吹替版の日本アニメを観ることがありました。当時は好きで観ているだけでしたが、大人になると、日本語バージョンでも観てみたいと思ったんです。それで日本語を初めて聞いたとき、言葉の美しさに感銘を受けました。それ以来、約10年間にわたり日本語を学び続けたんです。両親共に外国語教師だったので、外国語の勉強に抵抗はありませんでした。また、日本語は難しいと言われていますが、個人的には文法がとても論理的、且つ数学のように形式的で、特に理系の人は理解しやすいと思います。とはいえ、漢字の勉強は簡単ではありませんが、時間をかけて努力すれば、習得することができると感じたんです。家庭教師と勉強した期間も途中で何回かありましたが、主に独学で日本語能力試験にも合格し、次は日本で会話を実践するために訪日を決意。まずは京都にある日本語学校の3か月の短期コースに挑戦することにしました。自分の発する言葉が、きちんと理解されるのか不安でしたが、少しずつその気持ちは解消されていきましたね。徐々に日本への興味関心が高まり、移住することも視野に入れていました。3か月という短い期間でしたが、その間に観光客ではなく留学生として、日本での生活を体験することができて、「本当にこの国にもっと住みたい」「日本の会社に入社して社会人としても生活してみたい」という気持ちが、心の中に芽生えたと思います。



幼少期から興味を持っていた「IT」と「日本」を、徐々にキャリアに落とし込んでいったセルゲイ。次回の中編では、数多ある日本企業の中でユビニティーを選んだ理由や、現在の仕事のミッション、具体的な仕事内容などをお届けします。お楽しみに!

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