前回までのあらすじ
前回は「ずっと研究していたかった元研究者が起業するまで」を書きました。
リハビリとしてアイデア投稿を始めたら思いの外うまくいき、
ノリでどんどん進めたらあれよあれよという間にステップアップし、
自分の課題を解決できるサービス(現在取り組んでいる実験設備・ラボのシェアリングサービス「Co-LABO MAKER」)を考えてコンテストに出したら最優秀賞で100万円貰い、
検証の過程で可能性と使命感を感じていたので本格的に道を探し、
仙台で大学発ベンチャー社員兼社会人ドクター兼代表取締役として起業する道を見つけて、大企業の研究職を辞めて起業に至る。
という、ちょっと出来過ぎな流れで新たな人生をスタートした、ということを書いていました。
今回は「起業して、壁にぶつかり立ち止まるまで」を書いてみようと思います。
「「研究者OS vs 起業家OS」問題にどう対処するか?」3部作のその2。
前回までの軽やかな流れから一変し、今回は重めの話です。
今から1年ちょっと前までのお話。
参考になれば幸いです。
会社&チームCo-LABO MAKER発足
2017年1月末に会社を辞めて、フェリーで名古屋から仙台に家族で引越しをし、2月に恩師が経営している大学発ベンチャーへ入社して、新しい生活が始まりました。
最初は、久々に自由度高めに研究できる&起業準備ということでとてもワクワクしたところからのスタートでした。
うっかり研究にのめり込みそうにもなりながら、起業における仲間も知識もなかったので、とりあえず起業家がいそうなところに顔を出して、話を聞いたり、やりたいことを話したりしていました。
そうしていたら、何それ面白そう!興味ありそうなやつを知っている!と、協力してくれるメンバーが自然と集まり始めました。
起業した2017年4月時点ではフルコミットはまだ自分含めて誰もいませんでしたが、仲間もできて、わからないことだらけで苦しいことはありつつも、新しいことを学習し作り上げていく楽しみで溢れていました。
このときは、大学発ベンチャーの仕事(ある結晶育成方法&工程の立上げ)と、大学の研究(学会もでていた)と、自社のことと、パパ業を全て実施していたため、肉体的には死んでいましたが、仲間もできていき、精神的には充実していました。なつかしい。
BRAVEやTECH LAB PAAK 、StarBurst といったアクセラレータにも参加させて頂きつつ、異世界だったスタートアップの世界にも少しずつ馴染んでいきました。
2017年9月からは資金を得たこともあってフルコミットのメンバーもでき、サービスローンチに向けて本格的に動き出しました。手伝ってくれていたメンバーが仕事を辞めてジョインすると言ってくれたときは、人生を背負う責任を感じつつも本当に嬉しかったです…!
10月にキックオフ合宿をして、今後の構想や戦略について議論し、固め、走り出しました。より深くコミットすることで、苦しみも、喜びも、より大きくなっていきました。
狂い始めた歯車
ここからは、チームでローンチに向けて、ローンチ後はPMFに向けて、動いていきましたが、このあたりから徐々に苦しくなってきました。
なぜなら、それまでは主にどんなサービスをどう作っていくかに集中できていましたが、チームもでき、元の強みやメンバーと解離が起こり始めたためです。
まず、元の強みを活かしにくくなりました。
最初の未知の道を切り開いていくところは、分野がまるで違っていても意外と元の能力を活かせました。
ですが、代表として、資金繰り・全体の戦略決め・マネジメント・ピッチ等が主な仕事となってしまいました。強みと好みに立脚して動ける部分がほとんどない状態では、がんばっているつもりではあるものの、無力感と焦燥感が少しづつ、少しづつ、膨れ上がっていきました。
必要だからやるけど、本当はよいサービスを作っていくための行動に集中したいなあ、もっと研究に触れられることやりたいなあ、ビジネスに強いメンバーをどうにか獲得できないかなあ、と考えてしまっていました。
更に、メンバー間でのすれ違いが増えていきました。
やることが増えて分担して仕事をする分、また、拠点が東京と仙台で分かれている分、それぞれ見えるものも感じるものも異なりました。そのすれ違いを解消しきれないまま進んでしまったため、苦しさが増していきました。
話しきれていればよかったけど、当時そこまでやりきれませんでした。
2018年1,2,3月とピッチで複数入賞。
2018年3月にサービスもローンチまで漕ぎ着けた。
それぞれ大変喜ばしいことです。
しかし、内部ではむしろ問題が積み上がっていっていたため、心からは喜べませんでした。
サービス自体も、事業として成長させていくには最初に覚悟していた以上に無数の壁があり、壁にぶつかり続けて中々突破できない日々が続きました。
複雑で変えづらい問題に取り組み続ける中では、本当につらいことも多々味わい、傷つきながらも進んでいきました。
以下の様な感じ。
そんな中でも、今のみんなが苦しんでいる研究開発の世界を変えたいという使命感、こんな壮大で困難な夢のような話の実現を目指す私を信じてついてきてくれたみんなに対する責任感で突き進みました。
そして、立ちつくす
実力が足りていない中、突き進みつつも突き抜けきれず、もがき続けていましたが、なんとか少しづつは進んでいきました。
そして、資金的にも組織的にも満身創痍になったころ、次のステージがぼんやりみえるところまでたどりつきました。
満身創痍の中、ようやく掴んだ勝ち筋。
それをもとに、次どう進めていくべきかを考え、資金調達のための資料を準備していたとき、気づいてしまいました。
そもそも進めていくことに無意識に抵抗している自分に。
おかしい。もしかして進めたくない?
そもそも、なんでこんなにがんばっているんだっけ?
このまま進めていって幸せなの?
色んな疑問が噴き出してきて、前に進めなくなりました。
つづく