写真の価値は、シャッターを切ったその瞬間には決まらない。
私はそう考えています。
本当の価値がわかるのは、10年後かもしれません。20年後かもしれません。あるいは、自分の子どもや孫に受け継がれたときかもしれません。
写真というものは、不思議なくらい時間が経ってから、その一枚の意味が大きくなっていくものです。
スマートフォンがあれば、誰でも簡単に写真を撮れる時代になりました。
だからこそ、「なぜフォトスタジオで写真を撮るのか」と聞かれることがあります。
その答えは、私の中ではとてもシンプルです。
私たちが本当に残したいのは、一枚の写真ではありません。その写真を未来で見返したときに生まれる会話や笑顔、そして「あの時、撮っておいてよかった」と思える時間までをお客様に届けたいと考えているからです。
そう思うようになったのは、私自身が写真の価値を未来になって初めて知ったからです。
私の幼い頃のアルバムには、誕生日や運動会、家族旅行やごく普通の日常などがたくさん残っています。
子どもの頃の私は、その一枚一枚に特別な意味を感じていたわけではありません。「写真を撮るよ」と言われれば並び、撮り終わればまた遊びに行く。それくらいの存在でした。
でも、大人になってアルバムを開いた時、その写真はまったく違うものに見えました。
写真の中にいるのは、幼い頃の私。
しかし今見返すと、その一枚一枚から伝わってくるのは、「この子の成長を残したい」「この時間を忘れたくない」という親の想いです。
子どもの頃には見えなかったものが、未来になって初めて見えてくる。
それが、写真の持つ一番の価値なのだと思います。
学生時代に打ち込んでいたスポーツの写真も同じです。
当時の私は、勝ったか負けたかという結果ばかりを気にしていました。ところが今見返すと、印象に残るのは結果ではありません。
仲間と笑い合っている様子や悔しさを抱えながら励まし合っている姿、同じ目標に向かって本気で努力していた空間。
そんな何気ない瞬間こそが、自分にとってかけがえのない財産だったことに気付かされます。
だから私は、写真には人生を豊かにする力があると信じています。
写真は、過去を懐かしむためだけのものではなく、未来の自分を支え、背中を押してくれる存在でもあるのだと。
七五三で少し緊張しながらも誇らしげな表情を見せる子ども。
成人式という人生の節目で、新たな一歩を踏み出す若者。
何気ない休日に家族みんなで笑い合い、「また来年も撮ろうね」と約束を交わす時間。
その瞬間は、撮影したその日だけ見れば、ごく普通の一日かもしれません。
しかし10年後、20年後に写真を見返した時、その一枚は家族の歴史となり、人生を支える宝物になっているかもしれません。
だから私たちキャラットは、写真そのものを提供しているとは考えていません。
写真を撮る時間も、その場で交わされる会話も、家族で笑い合う空気も含めて、お客様の人生に残る体験をつくっているのだと思っています。
テクノロジーはこれからも進化し、写真を撮ることはさらに身近になっていくでしょう。それでも、人が大切な人を想い、その瞬間を未来へ残したいという気持ちは、決して変わることはありません。
だから私は、写真の価値がなくなることはないと信じていますし、むしろ、その価値は時間とともに育ち、未来になって初めて完成するものなのではないかと考えています。
私たちは今日も、写真を撮っています。
しかし、本当につくっているのは、10年後、20年後に写真を見返したときのお客様の笑顔なのだと信じています。
そしてその未来をつくることこそが、キャラットの仕事であり、私たちの使命だと考えています。
奥野 貴之