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地域・教育魅力化プラットフォームメンバーインタビュー【地域みらい留学事業 丸谷正明】

地域・教育魅力化プラットフォーム(以下、PF)で「地域みらい留学365」事業(※内閣府主催事業をPFが事務局として受託している事業)を牽引する丸谷正明さん。これまでのキャリアで一貫して「教育」に関わり続け、「子どもにとってプラスになっているか」を考えながらキャリアを積んできた丸谷さんに、今回お話を伺いました。

丸谷正明さん
《プロフィール》
1982年9月19日生まれ。石川県羽咋(はくい)市出身。地元の祭りをはじめとした地域の中で育ててもらい、地域での教育に興味を持つ。早稲田大学教育学部教育学科生涯教育学専修卒業後、株式会社ベネッセコーポレーションに新卒入社。教材開発(国語担当)やWEBマーケ・ダイレクトマーケ、販売マネージャーなどを担当。中国のグループ会社倍楽生商貿(中国)有限公司での勤務などを経て、2021年からPFに参加。東京からリモートで勤務しながら「地域みらい留学365」を担当。好きな食べ物はモンブランとカレー。趣味はランニング(ダイエット)など。

▼PFに入るまで

- はじめに、幼少期のお話を伺いたいです。
石川県羽咋(はくい)市で生まれ育ちました。幼少期はどちらかと言うとわがままで(笑)、自分のやりたい役割を誰にも譲らずに遂行したりと、こだわりが強い子どもでした。

(実家のすぐ近くにある千里浜海岸の夕日の景色。高校までずっとこの海を見ながら育ちました。)

- ありがとうございます。中学生の頃はどのような子どもでしたか?
中学生の頃は、地域のサッカークラブに1期生として入りました。地域のサッカー好きな方々がサッカー部がない地域に初めて作ってくださったクラブだったこともあり、地域との関わりもありました。地域や保護者など様々な方々と一緒に、手作りでサッカーができる環境を作ってくださったことに、今でもとても感謝しています。クラブとは別に、野球部でも活動していて、野球部でもサッカークラブでも副キャプテンを務めたりと、スポーツにかなり打ち込んでいましたね。その分、勉強はテスト前だけ詰め込む形でやっていましたが…(笑)。小学生の頃と同じく、何かを始めたら、それにとことんこだわるタイプだったと思います。地域の祭りにも参加していたのですが、気が付いたら夢中になってがっつり参加していました。一方で他の人の意見等よりも自分のやりたいことを優先させることがあったので、友人から自己中だと言われることもありました。

- 「極める」ことができるのはすごいことだと感じます。高校時代はどうでしたか?
中学生の頃はがむしゃらに自分のために好きなことをやっていましたが、高校生になってからはスタンスが変わったと思います。高校ではサッカー部で活動していましたが、高校から一緒になった友人達が自分よりもレベル違いにサッカーが上手く、「勝てない」と悟りました。その時に「自分がいかにできるようになるかを追求する」よりも、「試合に出れない人」とか「チーム内のバランス」とか今まで気づかなったところを強く意識するようになり、立ち位置も変わっていきました。

- 「個人」から「組織」に視点が広がっていったんですね。高校卒業後に進まれた大学や学部はどのような背景で決めたのでしょうか?
実は、高校3年生の夏までは部活に一生懸命であまり勉強していなかったので、進学についてちゃんと考えていませんでした。しかし、部活引退後の3年生の夏休みに、勉強にしっかり取り組んでみたら、思いの外成績が伸びたという経験が個人的にポジティブなものになりました。そこで、初めて進路についてしっかり考え始めました。高校卒業後、1年間京都で浪人して、早稲田大学教育学部に入学しました。本当は商学部でマーケティングを学びたかったのですが、残念ながら落ちてしまいました。ただ、今振り返ると、地元の祭りやサッカークラブなど色々な人との関わりの中で育てていただき、そこから「”人との出会い”から人の個性が生まれるんだ」と思い、教育にも関心を持っていました。教育学部に合格したのはある意味「ご縁」だったのかもしれないと思います。

- ありがとうございます。地元の、直接的には血縁関係がないけども優しくフレンドリーに接してくれる、少し年上のお兄さん/お姉さんの存在って結構大きいですよね。大学生活は、どのように過ごされたのでしょうか?
映像を作ったり、学生イベントをやるサークルに所属していました。そこでは、インディーズの歌手のプロモーションビデオをつくったり、劇団サークルの告知映像を制作したり、早稲田祭で企業とコラボして独自のイベントを作ったりしていました。元々大学に入る前にマーケティングをやりたいと思っていたこともあり、その関心からこのサークルにも興味を持ちました。

- 元々マーケティングをやりたいと思われていたのはなぜでしょうか?
あまり深い理由はなくて、テレビ番組を観る中で出会った「クリエイティブディレクター」という職種の名前の響きに直感的に惹かれたからです。何となく「かっこいいなぁ」と、マーケティングをやったこともなかったですし、深く考えもしてなかったのですが、その時はそれだけで憧れていました(笑)。今思うと、高校時代にマーケティングをやってみる機会とかがあればもっと自分の言葉でやりたいことが考えられたのかなと思います。

- 大学卒業後は、ベネッセコーポレーションに入社されたとのことですが、その背景について伺いたいです。
大学時代、サークルでの映像制作や大学での学びなどから、「子どもの学びのきっかけを作りたい」という思いを抱いたことがきっかけです。大学時代、私自身が制作した映像が、あるコンテストで優秀賞を獲ったことがあったのですが、それも、子どもに向けた映像でした。

- なるほど…大学時代の経験が大きく影響しているんですね。1社目では、具体的にどのような業務を担当されていらっしゃったのでしょうか?
新卒入社してから5年間は、教材開発(主に編集業務)を担当していました。具体例を上げると、国語の教材づくりやコンクールのイベントづくり、webコンテンツの制作などを担当していました。その後、マーケティングの部署に異動し、販売をする中で「勉強に興味がない子に学びの楽しさを伝えるきっかけ」を作れることに楽しさを感じて、ダイレクトマーケティングやwebマーケティングに取り組んでました。その後、中国で1年間、中国版「こどもちゃれんじ」のマーケティングをやっていました。自分が越境したことがなかったことや、海外で「教育サービスにお金を出していただける価値づくり」への挑戦がしたくて決断しました。

(ベネッセ時代に参加していた会社のサッカー部の試合の写真。)

- 中国にも行かれていたんですね!中国で働く中で大変だったことはありますか?
まず語学が大変でした。中国での勤務が始まった当初は、通訳の人がついてくださり、言語面でサポートしていただきました。とはいえ、全てサポートしてもらう訳にもいかないので、自分で毎日原稿を作ってプレゼン等に臨んでいましたね。中国語は十分に話せるレベルではなかったのですが、途中からできるだけ通訳のかたを介さず直接現地のスタッフとコミュニケーションとることを意識しました。不器用でも、1対1で伝えたい気持ちを話すようになると、少しずつではありますがコミュニケーションができるようになり、本音でやりとりができるようになったと感じました。

(中国でマーケティング担当として販売していた教材の写真《中国の店舗でのディスプレイの様子》。)

▼PFに入った経緯

- ありがとうございます。その後、どのようなきっかけでPFと関わるようになったのでしょうか?
岩本悠さん(PF 代表理事)の講義に参加したことがきっかけで、島前高校の取り組みを知り、「地域×教育」という領域への興味が強くなっていました。その後、島根大学の「地域・教育コーディネーター講座」を受講したことがあり、その時からPFの事業領域に関心を持っていました。その後、自分が実際に中国に行ってみて、越境体験を通した学びの多さを実感しました。また、「よりチャレンジングな環境で挑戦したい」という思いもあり、PFに関わろうと思うようになりました。

(島根大学の「地域・教育コーディネータ講座」の講義の中で参加者のみんなで「これから大事にしたいこと」を書いた紙。)

- 「越境」というと、海外への越境もある中で、なぜ地域への越境に関わることを決めたのでしょうか?
大きく3つ理由があります。1つ目が、ある学校で、同じ敷地内に老人ホーム等がある光景を目の当たりにしました。そこで生まれる、学生と高齢者など多様な人々との関わり合いを通じて、学生は優しく、高齢者は元気になっていく事例を知り、地域での世代を超えた学びに関わりたいと感じるようになったことです。2つ目は、前職での入社3年目の時に、新規事業コンテストで「発見村」というタイトルで応募して賞をいただいたのですが、そのときのような事業をやりたいという気持ちがあったからです。その事業内容を簡単に言うと、子どもたちが地域の村をフィールドに自分だけの発見をしていくことを目的としたものでした。3つ目は、元々地元の祭りが好きで、「地域での関わり合いの中で人が育つ」ということを身をもって感じていたことも理由です。

▼PFに関わり続ける理由

- ありがとうございます。丸谷さんが今もなお、PFに関わり続けているのはなぜでしょうか?
前職での業務を通じて至った考えなのですが、私は、教育において「内容が分かりやすいか」よりも「子どもがやりたいと思うか」、例えばレポートの書き方を教えるよりも、「伝えたい、やってみたい」と思えるきっかけを作れるかが大事だと考えています。PFが行っている地域みらい留学には、子どもたちがそういう意欲を持つことができる要素があると感じているので、もっと「やってみたい」というものと出会える機会を作りたいという思いで関わり続けています。

- 個人の原体験から来る、PFへ関わり続ける理由もあるのでしょうか。
私自身、高校時代にテレビというメディアの影響だけで進路を決めたという感覚があるのですが、今の子どもたちには、無理をしないで自分の経験からやりたいことに出会ってほしいという思いがあります。そういうことが可能になる仕組みやきっかけを作ることができそうな場がPFにはあると感じていて、関わり続けています。

▼今後の夢について

- ありがとうございます。では、丸谷さんの今後の人生全体の夢や展望を伺いたいです。
様々な人々と一緒にワクワクし続けたいですね。前職でもPFでもそうですが、新しい学びの機会を考えることを、同じビジョンを持った人とやることが楽しいと感じます。また、自分自身の「こうなりたい」という思いに正直で在りたいですね。自分は綺麗に仕事ができるタイプではなく、地味に少しずつ進むことが多いのですが、少しずつでも「関わる人と一緒に考えながら実現していく」ことをやっていきたいです。気づいたら教育の領域に居続けていたのですが、これからも様々な人と接して、ご縁に感謝しながら、出会いを大事にしていきたいです。

- そんな丸谷さんが、仕事をする上で大切にしていること/していきたいことは何でしょうか。
常に、「子どもにとって本当に意味があるのか」ということを考えることです。目的を忘れて単なる押し売りになっている状態は嫌なので、「誰に対して」「何のためにやるのか」を常に考えることを大切にしたいです。反対意見も尊重することも重要ですが、これまでの自分の反省で、「何のために」がブレてしまうと、結果的に中途半端になってしまうことが多くありました。そうならないために、「誰に対して」「何のためにやるのか」をきちんと考えることはこれまでも意識してきましたし、これからも大切にしていきたいと思っています。

▼最後に

教育業界に身を置き続ける中で、常に「子どものために」愚直に思考し、挑戦し続ける丸谷さん。その思いを持ちながら、他の方々と協働していくことを忘れない姿勢が素敵です。

掲載記事はこちら 地域・教育魅力化プラットフォームメンバーインタビュー vol.4_丸谷正明さん

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