「人間の心理や行動特性を探求することで、真に役に立つ製品、サービス、またそれらを支える仕組みを創出し、豊かな社会の実現に貢献する」を理念に掲げるビービット。創業から20年経っても本質的な提供価値は創業時と同じですが、そのブレない軸はどのようにして生まれたのか。
ビービットの創業者であり代表取締役を務める遠藤 直紀さんに、創業から現在に至るまでの歩みとこれからの展望について聞きました。全3回でお届けする「創業ストーリー」シリーズですが、前編ではビービット創業までのストーリーをお届けしました。第2回となる中編では、2022年4月にリリースした新しいサービスと、そこにたどり着くまでの経緯を聞きました。
遠藤 直紀(えんどう なおき)/ 代表取締役
横浜国立大学経営学部経営システム科学科を卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。2000年3月にビービットを設立し、代表取締役に就任。UXコンサルティングを開始。現在はUXを支えるSaaS「USERGRAM」の開発を推進中。専門はデジタルトランスフォーメーションとユーザエクスペリエンス設計。ミッションは「人の特性理解に基づき、役立つサービスが構築できる方法論を確立すること」
目次:
- 「UX」が一般的でなかった時代、領域を絞ってサービス開始
- マーケットをつくるには成果をあげるしかない
- プロダクト×コンサルティングで新しいサービスを
「UX」が一般的でなかった時代、領域を絞ってサービス開始
── ビービットでは20年にわたってUXを追求してきましたが、改めて遠藤さんから見たUXの重要性についてお教えください。
今やUXは重要な経営課題のひとつとして、顕在化したイシューになっています。現に今、大手企業の経営層に対してUXについてお伝えする機会が増えていますし、企業の経営会議でUXが議題になることも多くなってきています。
たとえばプロダクトのUXが悪ければチャーン(サービスの解約)が相次ぎ、それが売り上げや経営にネガティブなインパクトを与えてしまいます。デジタルの場合、いくらサービス側が手を尽くしても「真にユーザの役に立つ」設計になっていなければ数字に如実に現れます。にもかかわらず、多くの企業ではどうすればUXを改善できるのか、どうすればユーザを理解できるのかわかっていないのが実態です。
── 近年、UXという言葉をよく聞くようになりましたが、創業時はまだ全く注目されていなかったと思います。なぜ「UX」を事業の柱に据えようと考えたのですか。
これからの日本にはUX向上が必要だと感じたからです。
「UX」というこの言葉は、Appleのアドバンスド・テクノロジー・グループでヴァイスプレジデントを務めていた認知科学者ドナルド・ノーマン氏が考えた概念です。当社が創業した2000年頃は、アメリカではすでに研究が進みプロダクトやサービス開発の現場で注目されるようになっていましたが、日本ではまだまだ理解されていませんでした。
「UI(ユーザインターフェース)」というよく混同される言葉がありますが、UIはあくまでもインターフェースの形状を指すものに過ぎません。一方UXはユーザがプロダクトやサービスと関わり、その結果として生み出される体験のことを指します。つまりUX向上を目指す場合、単にプロダクトを使いやすくすれば良いだけではなく、カスタマーサポートや営業まで含めたユーザとのあらゆる接点をトータルで見直す必要があるのです。そしてもちろん、UX向上はデジタルに限らず、あらゆるサービス、商品、プロダクトが考えるべきテーマです。
シンプルに言えば、企業が提供する価値を人間中心で見直すことが必要だということです。しかし日本では単にソフトウェアのユーザビリティを改善する議論に終始してしまう傾向がありました。サービスやプロダクトを通じてトータルエクスペリエンスを提供するという考え方が浸透するにはほど遠い状況でしたね。
そんな状況を鑑み、「UX向上」という今後間違いなく大事になってくる考え方を事業の軸に据えることにしました。しかしいきなりサービスを提供し始めてもニーズが顕在化していなかったため、顧客がつきませんでした。そこでまずは支援領域をデジタルに絞ることにしました。
当時の日本では、とくにデジタル領域のユーザインターフェース設計は重視されておらず、スペシャリストもほとんどいませんでした。けれど、本当にユーザ体験を考えるならばナレッジが必要で、行動観察など適切なプロセスを設計しなければなりません。そこに理解がないままプロダクトをつくっても決していいものにはならないのです。
マーケットをつくるには成果をあげるしかない
── 一般的ではなかった概念を軸に据え、ビジネスを行うのは難しくなかったですか。
ええ。困難に直面したことも多かったですね。
最初は前職の先輩など関係性のある人を中心に営業したんです。何度か「君がそう言うなら」と仕事を任せてもらえることもありましたが、相手にされないことも多く、顕在化していないニーズを訴求するのは難しいと感じました。
顕在化していないなら、マーケットをつくるところからだ。そう考え、ユーザ中心でUXを設計すれば成果につながることを証明しようとこだわり抜きました。いくらユーザ中心設計の必要性を訴えても、具体的な成果が示せなければ説得力に欠けます。結果が出れば、これまでUXについて考えてこなかった企業もユーザ中心設計について真剣に検討するはずです。日本にUXの考え方が広がっていくことに貢献できると思いました。
その頃手掛けたのが、大手オークションサイトや大手金融機関の住宅ローン申し込みのプロセス改善についてのコンサルティングでした。とくに住宅ローンの申し込みサイトはWebベースで年間の申し込み額が10倍に拡大し、狙い通りの成果をあげることができました。
その後、評判を聞いた企業からのお引き合いが増えたり、別のクライアントを紹介していただいたり、あるいはコンペに呼ばれる機会が増えたりしました。とはいえ、潜在的なマーケットの規模から比べるとほんの一部でしかない状況は依然としてありました。
追い風だったスマホの普及がもたらした新たな問題
── その後は順調に業務を拡大していったんですね。
大きく潮目が変わってきたのは創業から10年後の2010年頃です。きっかけはスマホの爆発的な普及でした。それまでPCやiモードベースのインターネットサービスが主流で、場所やデバイスに制約があり、限られたユーザしか利用できないのが実態でした。
ところがスマホの普及により、誰であろうと、いつでもどこでもインターネットにアクセスできる時代が突然訪れました。それによって我々が取り組んでいたデジタル領域のUX改善は、一気に経営課題のど真ん中に躍り出ました。
同時に、真にユーザの役に立ちたいという「人間中心」の考え方から外れたご要望をいただくことも増えました。
短期的に数字を追いかけ、ユーザ中心の設計から外れてしまえばユーザにはその意図が伝わってしまう。ともすると改悪につながるような案件を引き受けることは、全てのステークホルダーがアンハッピーになってしまうと感じました。
創業当初に「人間中心・顧客中心・ユーザ中心」を掲げたのは、その考え方を貫けば、お客さまも、自分たちも、社会もすべてがハッピーになると確信をしたからです。だからこそ、本当の意味でユーザが幸せになる状況を生み出したいと考えていました。
── その状況からどのように脱したのですか。
日本を飛び出し、世界中にいるUXの権威に会って改めて自分たちの進むべき道を確認しました。
いろんな方と膝を突き合わせてじっくり話をしてわかったのは、やはり商品・サービスは「顧客中心」で設計すべきだということ。自分たちが考えている「人間中心・顧客中心・ユーザ中心」は間違っておらず、逆に利益追求を中心に据え、数字のためには何をしてもいいという発想でつくるプロダクトは、いつかユーザに不利益をもたらすと確信したのです。
プロダクト×コンサルティングで新しいサービスを
── 今では「DX」というキーワードをサービスの軸にしているそうですね。
2016年頃からサービスの軸に「DX」を据えていますが、我々からすればやっていることは今までと同じです。企業にとってより顕在化している課題にフィットするようなアプローチができればと、今の形に辿り着きました。
具体的には、2つの方向性でサービスの提供をしていて、1つ目はユーザの行動履歴に基づいた改善案を提案してくれる自社プロダクト「USERGRAM」の開発です。クライアント企業の担当者さまはUSERGRAMを活用することで、自社サービスのどこを改善すれば良いのかわかり、自分たちでリアルタイムにUXの磨きこみが可能になります。
2つ目はコンサルティングです。クライアントと伴走しながらサイトリニューアルやアプリのUI改善など具体的なプロジェクトに参画し、成果を出して人間中心の設計が勝ち筋であると証明します。
さらにもう一歩踏み込み、最近提供を開始したのが、プロダクトの提供と、コンサルティングの両方を融合させたサービス「UXグロースOps」です。クライアントにはUSERGRAMを使ってもらい日常的にUX改善に取り組んでもらいつつ、そこに我々が伴走し成果創出のためのノウハウ提供や業務プロセス構築支援を行います。
※UXグロースOpsについて:https://www.bebit.co.jp/lp/ux-growth-ops/
クライアントの多くは、ユーザの動きを知りたいと思っても、それを実現するスキルセットを持つ社内人材が不足しています。また、ユーザの動きを見続ける余力もありません。そこで、ひと目でユーザの動きがわかるプロダクトで定常的にデータを見てもらいながら、解決すべき課題は高い専門性を持った当社のコンサルタントがサポートしてUXを改善していく。この両軸で、クライアントを支援していきたいと考えています。
これからの時代、競争を勝ち上がっていけるのは、日々社内に蓄積されるユーザデータをもとにデイリーで改善を行いつつ価値提供の総量を拡大していける企業だと思います。だからこそ我々は、テクノロジーを提供しつつ、成果が出るまで伴走しながら各社にUX向上のプロセスを実装させたいと考えているのです。
加えて、引き続きユーザ中心設計のマーケットを拡大するため「UXインテリジェンス協会」を立ち上げ、UXそのものに関する情報の共有やナレッジのシェアにも力を入れています。
UX向上のためには、テクノロジーが理解できる人、プロダクトマネジメントができる人、ユーザの心理がわかる人など多様な人材が必要です。UXに本格的に取り組んでいる企業に参画してもらいながら、UXを理解できる人材を増やせたらと考えています。
取材・執筆・撮影:種石光 / 編集:石川香苗子