アシアル情報教育研究所・所長の岡本雄樹です。
本日は、7月より弊社顧問にご就任いただいた、京都精華大学メディア表現学部・鹿野利春教授をお訪ねし、変革が進む学校の情報教育にこれから何が起こるのか、そして私たち民間企業にできることは何か、たっぷりお話を伺いたいと思います。
目次
- 「情報科と共に歩んだ男」に話を聞く
- 情報教育が変わる!? なぜ変わるのか、どう変わるのか
- デジタル関連部活を盛り上げ、活躍の舞台と正当な評価を!
- 情報Ⅰの「以前」「以後」の間に横たわる格差
「情報科と共に歩んだ男」に話を聞く
岡本:まずは鹿野先生の情報教育に関するご経歴をお聞かせください。
鹿野:情報科が教科として始まったのが2003年度。そこで先生方に研修を行う講師の講師、つまり「講師を養成する講師」を務めたのが始まりです。その後、教育委員会を経て文科省の情報科調査官を拝命し、学習指導要領の改訂、これから導入される「情報Ⅰ・Ⅱ」の教員研修用教材作成に携わってきました。
岡本:まさに「情報科そのもの」を作ってこられたわけですね。
では、弊社のことをご存知いただいたのはいつごろでしょうか? またその際の印象は?
鹿野:調査官になってすぐ、2015年ごろです。当時Monaca(※)はビジネスシーン向けを中心に展開していて教育業界に入ってきたばかりの頃だったと思いますが「これは学校で使えるぞ」と思いました。実際に数年たって学校での利用もかなり進んでいるようですね。
※Monaca:アシアルが提供する開発プラットフォーム。Web技術でクロスプラットフォームのアプリを開発できる。教育機関向けには、プログラミング教育サービス「Monaca Education」を展開。
情報教育が変わる!? なぜ変わるのか、どう変わるのか
岡本: 2020年度から小学校でプログラミングが必修化、来年度には高校の情報科が「情報Ⅰ・Ⅱ」へと改訂されます。このポイントを教えていただけますか。特に、先生が常々おっしゃる「今回の改訂で、情報Ⅰは『国民的素養』になる」という言葉が非常に気になっています。
鹿野:改訂の目的は「子どもたちが社会に出るにあたり、このくらいはできて欲しいよね」という力をつけるため。つまりそれが「情報Ⅰ」なんです。
岡本:実際どのようなことを学ぶのですか?
鹿野:根底は、情報技術を活用した「問題の発見と解決」ができるようになることです。
必要な具体として「情報デザイン」「情報コミュニケーション」「プログラミング 」「データ活用」「ネットワーク」などが挙げられますが、これらのスキルはすべてツール。あくまで「問題の発見と解決」をするための「手段」なんです。
岡本:「情報デザイン」とはどのような概念ですか?
鹿野:例えば何かプロジェクトをやるとして、アイデアなどを紙に書き記し、やり取りしていくと思います。しかし、もしそれが書けなければプロジェクト自体が進みませんよね。そういう根本的な「適切に情報を伝える力」が情報デザインだとお考えください。
それをプログラミングで考えるならアルゴリズムですし、機能的にはインターフェース、表現的には色や音の使い方も同様です。
岡本:すると、学び方も変わってきそうですね。
鹿野:はい。例えば「情報デザインとはこういうもの」と教えられて、身につくものではありません。平泳ぎをいくら丁寧に口頭で教えても、泳げるようにならないのと同じです。だからこそ、日常的な問題の発見や解決を介して学ぶ必要があると思います。
岡本:私たちは職業柄、コンピュータを「使役する」発想をしますが、一般的にはコンピュータに何かを「与えてもらう」感覚があると思います。例えばゲームなど、あくまでユーザーとしての向き合い方です。この感覚の違いも重要なリテラシーかと思いますが、このあたりどうお考えでしょうか。
鹿野:子どもたちがゲームをしているとき、それは「消費者」なんですよね。それを「生産者」にするには、学びの中に「創る」という要素が必要だと思います。
そういう点で図画工作、美術、音楽などは、将来的なプログラミング学習にかなり結びつきやすいんじゃないでしょうか。そのあたりの感性を、小~中~高と段階的に育てていくことが大事でしょう。
デジタル関連部活を盛り上げ、活躍の舞台と正当な評価を!
岡本:情報教育が大きく変わる中で、鹿野先生は以前から「パソコン部の全国大会を開催したい」と公言しておられましたね。
鹿野:ええ。ただ、母体となる組織が必要なんです。
一般的な部活動には「全国高等学校体育連盟」「全国高等学校文化連盟」などがありますが、残念ながら現在、パソコン部などのデジタル関連部活には全国組織がないんですよ。
岡本:なぜ組織が必要なんですか?
鹿野:どれだけ生徒が頑張っても、評価してもらえないからです。きちんと全国組織がある部活動は、全国大会にでも出ようものなら、校舎に垂れ幕を下げ、学校を挙げて称賛・激励しますよね。しかし組織がないと、たとえ全国レベルの大会に出たとしても学校としてその価値が分かりません。オーソライズされていないから評価されないんです。
岡本:オーソライズされていれば、大学入試でもアピール材料になりますか?
鹿野:なるでしょうね。そこで、経済産業省の方で、デジタル関連部活振興のための有識者会議を設けていただいています。来年の3月には提言を取りまとめて提出する予定です。
岡本:コンピュータや情報技術を頑張っている中高生に、スポットライトが当たるようになるんですね! 私たち民間企業にできることは何かありませんか!?
鹿野:ツールや環境の提供であるとか、学校で子どもたちの疑問に答えていただくとか、いろんな形があると思います。
ここで、最大の問題は「企業の方に来ていただきたい」というニーズが学校側にないことです。
岡本:どうすればニーズが生まれるでしょうか。
鹿野:その答えこそ組織化であり、全国大会の設立なんです。どんな部活動のどんな大会であれ、子どもたちのモチベーションの基本は「勝ちたい!」とか「認められたい!」という思いです。そこに支援のニーズが出てきます。
ですから、やはりやるべきは組織を作ってニーズを生みつつ、そのニーズを満たすサプライヤーとも結合していくこと。ニワトリが先か卵が先かではなく、同時に作るということです。
岡本:加えて、指導した先生も評価されるべきですよね。
鹿野:そのとおりです。しかし、現在はそれもありません。
パソコン部で全国大会に出ても評価されないどころか、下手をすれば「よく分からない活動に子どもたちを駆り立て、頑張らせている。大学進学に何の役にも立たないのに、そんなことはやめてくれ」なんて言われることがあるかもしれません。
岡本:確かにそれは喫緊かつ切実な問題です。もし20年前にきちんと組織化ができていたら、現在のわが国の情報技術リテラシーも、すいぶん違っていたでしょうね……
鹿野:しかし、今からでもこれが実現したなら、かなり強いインパクトになるのは間違いありません。市場換算で言えば数兆円レベルになると思います。だから、わざわざ(文科省ではなく)経済産業省が有識者会議を開くんですよ。
情報Ⅰの「以前」「以後」の間に横たわる格差
岡本:では最後に、既に社会に出ている私たち世代のリカレント教育も必要と思いますが、そのあたりどうでしょう。
これだけ情報科が変わってきているわけですが、実際に社会の人たちはどの程度関心を持っているのか、少し不安です。
鹿野:知らなければ追い詰められる状況になっていくでしょうね。
例えば情報Ⅰ「以前」「以後」で考えると、「以後」の子たちは全員プログラミングができるわけですから。彼らが社会に出てくれば、絶対に「何か違うぞ」と感じるはずです。そして、そこに需要が生まれます。すると、その需要を満たすものを今から作っておかないといけません。そこはビジネスチャンスになるでしょう。
岡本:かつての「デジタルディバイド」のような状態が、プログラミングでも起こるということでしょうか。
鹿野:はい、必然的にその様なことが起きてきます。更に言うと「データ活用」のディバイドのほうが大きな問題になると思います。
例えばラーメン屋さんでも、毎日の売上をデータできちんと見られるか否かで、仕入れも宣伝方法も違ってくるはず。同じものを扱っていても、データ活用の素養の有無で売上が違ってくるという当たり前の事実に、(情報Ⅰの第一世代が社会に出る)4年後、みんな気づくことになるでしょう。
岡本:情報科が大学入学共通テストに採用されることが決まってもなお、「情報教育は理系の子ども向けでしょ」「エンジニアを目指すわけでもないのにプログラミングなんて不要だ」という声も聞かれます。しかしそれは間違いで、これらは次世代の「読み書きそろばん」、すなわち「国民的素養」であるということですよね。
先生、本日はどうもありがとうございました。
▼アシアルのプログラミング教育に対する取り組みについては、岡本のインタビューもぜひ合わせてご覧ください。
▼鹿野教授の経歴・業績については、こちらをご覧ください。