江戸時代の商人たちは、現代のマーケターが学ぶべき実践的な戦略を驚くほど洗練された形で使いこなしていた。
例えば、呉服屋「越後屋」(今の三越の前身)はそれまで当たり前だった「掛け売り」をやめ、「現金掛け値なし(定価販売)」を打ち出した。
これは、当時の消費者にとって画期的な試みだった。値段が最初から決まっていることで「騙される心配がない」「誰でも公平に買える」と評判になり、結果的に顧客が増えた。現代でも「価格の透明性」は顧客の信頼を得るために重要な要素だが江戸時代の商人たちはすでにそれを理解し実践していたのだ。
ただ、彼らが優れていたのは価格戦略だけではない。たとえば「のれん」は単なる看板ではなく、ブランドそのものだった。
優れた職人が手がけた品を扱うことで「この店のものなら間違いない」と評判を確立し、のれんが掲げられた店には自然と人が集まるようになった。これは、現代の「ブランドロイヤルティ」と同じ発想だ。のれんが傷むと「信頼が薄れる」として頻繁に新調する店もあったというから、彼らのブランディング意識は相当なものだった。
今でいう「ロゴのリブランディング」や「ブランドの一貫性」を維持する重要性を、江戸の商人たちは肌で感じ取っていたのだろう。
また、彼らは「広告」にも長けていた。
当時は新聞もなければテレビもないが、商人たちは「引札(ひきふだ)」というチラシのようなものを活用していた。しかも、ただ商品を紹介するだけでなく、洒落やイラストを交えて、手に取った人が思わず誰かに話したくなるようなデザインになっていた。
現代で言えば、バズを狙ったSNS広告や、ユーモアを交えたコピーライティングと同じ発想だ。人々が自発的に話題にする仕掛けを作る――これが江戸時代の商人たちの広告戦略だった。
さらに、江戸の商人は「体験型マーケティング」も取り入れていた。
例えば、菓子屋では店先で試食をさせ、呉服屋では座敷を設けてじっくり選べるようにしていた。
「実際に手に取ることで購買意欲を刺激する」というのは、今のポップアップストアやショールーム型店舗と同じ考え方だ。
江戸の消費者も、現代の私たちと同じように「実物を確かめたい」「納得して買いたい」と考えていたことがわかる。
そして、口コミの力も最大限に活用していた。
「ごひいき(常連客)」という言葉があるように、商人たちは優良顧客を大切にし特別な待遇を与えることで「この店は良い」と自然に広めてもらう仕組みを作っていた。今でいう「リファラルマーケティング」や「インフルエンサーマーケティング」に近い。
特に遊郭の高級店や一流の呉服屋では「誰々が愛用している」という情報が宣伝そのものであり、顧客の購買意欲を刺激していた。
この「権威性」を活用する手法は、現代でも「著名人の推薦」や「レビュー戦略」として通用している。
もう一つ、現代のマーケティングと驚くほど似ているのが「希少性」を活用した戦略だ。
江戸の商人たちは「今だけ」「限定品」「この季節しか手に入らない」という要素を意図的に使い、客の購買意欲をかき立てた。
例えば、季節限定の和菓子や、特定の祭りでしか買えない特産品などがそうだ。これはまさに「FOMO(Fear of Missing Out)」を利用したマーケティング手法そのもの。人は「手に入らなくなるかもしれない」と思うと、つい買ってしまうという心理を、彼らは本能的に理解していたのだ。
さらに驚くべきは、彼らが「ターゲットマーケティング」を実践していたことだ。
庶民向けの商品は「手軽に買える価格と量」を重視し武士には「格式と品質」を富裕層には「特注品」を用意するなど、ターゲットごとに戦略を変えていた。
これはまさに現代の「ペルソナマーケティング」や「セグメント別プロモーション」と同じ手法だ。
顧客の属性に応じてアプローチを変えることで、それぞれの層に最適な訴求ができると考えたのだろう。
こうして見ると、江戸の商人たちは単なる売り手ではなく、戦略的に「売れる仕組み」を作り上げていたことがわかる。価格設定の透明性、ブランド構築、広告戦略、体験型マーケティング、口コミの活用、希少性の演出、ターゲット別戦略――これらのすべてが現代のマーケティングと完全に一致している。
結局、人間の購買心理は時代が変わっても大きくは変わらない。
江戸時代の商人たちは、データ分析もAIもない時代に、経験と洞察だけで最適なマーケティング戦略を編み出していたのだ。
今、デジタルマーケティングの最先端にいる人でも、彼らの知恵を学ぶことで、意外なヒントを得られるかもしれない。