ソフトウェア×ヤングケアラー経験
Photo by Samantha Sophia on Unsplash
人をダメにするソフトウェアではなく、人を救うソフトウェア開発を
探偵ナイトスクープのヤングケアラー炎上事件。あれは非常に私にとって、インパクトがある事件でした。というのは、私自身が母子家庭の三人兄弟の第一子として成長し、8歳から「自分がヤングケアラーなのではないか?」という自覚がうすうすある、子供時代を過ごしたからです。
探偵ナイトスクープで、ヤングケアラーの長男が、「ほかの家も同じくらいお手伝いしているのか?調べてほしい」と依頼し、それがTV局の演出によって「一日だけ長男を代わってほしい」となり、放映された結果、大炎上し、日本中が「これは明らかな虐待だ」と言っても、親が「これは我が家のやり方です、ほっといて」と言えば、警察署も行政も、「テレビのバラエティを信じて通報してくる人たちなんて、おかしいですよね」と迎合してしまい、結果として、被虐待児の居場所が失われ、虐待が強化されてしまうという現実…
これでは何もしなかったのより、事態は悪化してしまいます。
エニアグラムタイプ1の私から見ると、助けてが言える子供、という正しい行為をしたのに、逆に不利になっており、本当に社会の在り方が許せない、という気持ちになりました。
まさに私に起こったことと同じだったので。私の最も大きなドライブ、原動力は、正しい在り方を追求したいという理想主義です。これは、物事の習得にも表れており、何かを習得するときも、最も効率的なやり方は何か?ということで学ぶのですごく習得が早いのです。私は14歳でプログラマーになろうと思い、『初めてのBasic言語』という本を買ってきて独学。おかげでロボットの開発部に職を得ることができました。その後文章の力を生かして、ライターへ。
ロボットでは、本来苦役から人間を解放するはずのソフトウェアが、逆に発展途上国で人間の最低賃金と価格競争してしまい、逆に人を苦しめているという構造にありました。
現在のAIも同じで、人を苦しめるように使うこともできれば、人を救う用途に使うこともできるはず。
人を救うソフトウェアにかかわりたい、それは社会人の初めから持っていた思いです。