書籍【離職防止の教科書】読了
現在そしてこれから「超人材難」が加速していく。どうやって人材を獲得し、どうやって離職防止をしていくか。
企業の人材戦略人事戦略は、経営に直結する最重要事項だと思う。
しかし、いまだにこれが現経営陣含めて、特に40歳以降くらいの人に、なかなか響かない。
経営に直結するのは、目の前のお客様に接して、日々戦っている自分たちだと信じて疑わないからだ。
当然、自社ビジネスの根幹を成す、商品・サービスは大切だ。
だからと言って、自分たち社員を大切にしない理由にはならないはずなのに、これがなかなか浸透しない。
それもそのはずで、人事部門に身を置く以外は、なかなか採用や育成に関わることも少なく、人員へのケアが興味の対象外となってしまっているからだ。
根本的に目の前の収益に対するプレッシャーの方が強い訳で、人事部門以外の人にとって「人事こそが最重要だ」とはなかなか思えない。
もちろん、過去に人事部門を経験している人は、意識が異なるかもしれないが、そういう人は稀で、ほとんどの人は現場からの叩き上げである。
人事の事情を全くと言っていいほど知らない訳で、「自分はこの厳しい競争の中を生き残って今のポジションがある」と心底思っている訳だから、尚更新しく入ってくる人に対しても「生き残れなければ、去るのが当然だ」という考えを、無意識のうちに強要してしまう。
人事から「もうそんな時代じゃない」と再三説明しても、「人事側の仕事を現場に押し付けるのは、人事の職務怠慢だ」とすら思っている節があるため、話は平行線になりがちである。
このような考えの人が部長・取締役になっているために、どうしても考え方を変えてもらうのが難しい。
新卒採用についても、過去自分が体験した時代の印象のまま、上書きされずに思考が止まっている。
時代はとっくに変化したのに、だ。
バブル世代・団塊ジュニア世代・ロスジェネ。
各世代の呼び方は数あれど、今ほどの「超人材難」は誰も経験したことがなく、ニュースでその言葉を聞いても、「自分の時と比較して、ちょっと厳しいくらいだろう」としか感じてもらえないのが関の山だ。
だから、人事と現場との会話の中でも、悪気はないのだと思うが、認識のズレを感じる発言が飛び交ってしまう。
実は「超人材難」以前に、大きな社会の変化・複雑化が、この問題に拍車をかけていることは間違いない。
だから現場としては「人事の話なんて、関わってられない。今の目の前の課題に対応するだけで精一杯だ」となってしまう。
その気持ちも分からなくはないが、人材の問題は切り離して考えられるはずもなく、むしろ人事の課題も同時並行して対処していかないと、現場の問題が解決することはあり得ない。
私自身は50代後半に差し掛かるが、結果的にキャリアのほとんどをバックオフィス部門で過ごすことになった。
総務・経理・法務・経営企画を経験し、直近は人事で人材開発に携わっていた。
採用に直接関わることは少なかったが、それでもこの課題を悲痛な気持ちで受け止めている。
人事の現場の苦労を直接見なければ、これらの課題を実感するのは難しいのかもしれない。
本書にも記載されているが、辞める本人は、その本当の理由を会社に言うことは決してない。
会社側に大きな原因があって、それを指摘したところで、会社が変わるはずはないし、辞める本人には全く関係がない話だからだ。
それでも、人事担当者が粘って本心の欠片を聞き出したとしても、それを会社内で共有され、経営陣が課題だと認識することは難しいだろう。
せいぜい人事担当者が責められるだけだ。
そもそも社員の究極の個人情報を扱う人事の話が、社内で大っぴらになることはあり得ない。
むしろそんな話が筒抜けになる方が大きな問題で、企業の統制が取れていないことを問われてしまう。
だからこそ限られた人員ですべての人事情報を管理して、課題に対処しなければならなくなる。
私が働く会社も、社員数が500名を超える規模の会社であるが、人事が、全社員の顔と名前、特性まで把握できるギリギリの人数だと思う。
これもまだ500名規模だから成立するが、1,000名以上の規模の企業になったら、人事が社員を把握するのは相当に難しくなるだろう。
ましてや10,000名規模となれば、なおさらである。
規模が大きくなった際は、現場部門単位で人事担当を作って、任せる形にならざるを得ないと思うのだが、この弊害は「他部門の人材を把握できにくい」ということになる。
つまり部門を超えた人事異動が、実質的に機能しないことを意味する。
社員本人が離職を決意する前に、他部門に異動するだけで解決する場合もあるのに、その選択肢が無くなるということなのだ。
これは、会社も本人もお互いにとってコスパの悪い話だと思う。
とにかく今、会社は優秀な若者を辞めさせてはいけない。
辞めた穴を補充するだけでも大変で、例え代わりの要員を採用できたとしても、前任のパフォーマンスを発揮するまでに成長することは容易なことではない。
これだけで考えても、部門としての能力は下がり、さらに退職コストも採用コストも育成コストも二重三重にかかるという、本当にハマってはいけない沼のようなものだ。
これらコスト分を、辞めたいという社員の給与に上乗せしてでも引き留めた方が、まだマイナスが少ないのは、計算すれば分かるぐらい単純な話だ。
しかしこの単純な話が、会社の給与制度上で実現することはかなり難しくなる。
当社も当然できていない訳であるが、これを実践しているのがNetflixである。
これは有名な話だが、辞めたいと言ってきた社員に対して平気で「転職する先よりも高い給与を払うから残ってくれ」とオファーして引き留めるのだという。
逆に辞めてもらいたい社員には容赦がないので、そこは良し悪しとなる。
日本の会社がすべてNetflixのように振舞える訳ではないのだが、会社の人材をどうするかは、本当に全社を上げて取り組むべき最重要課題だと思う。
本書は「教科書」と謳っているだけあって、普遍的な部分を目指して書かれたのだろうと思う。
第6章に「年代別、意欲・能力別の離職の要因と対応」という章があるが、読むうちに教科書的な考え方と、実際とをどう折り合いをつけるかは難しいと感じてしまった。
分かりやすいのは、「年長世代・下位【窓際社員】」という項目だ。
私自身もここに位置すると言えなくもないが、当然だが「離職防止」する必要が全くない。
もし本人が「辞めたい」と言ってきたら、会社側は「どうぞどうぞ」となるだろう。
無理して会社にしがみつくことは当然ない訳で、自分の能力を活かせる場所が、他の組織にあるならば、それは良いことだ。
「超人材難」は若者だけの話ではなく、「そもそも就労人口が減少する」という話だから、「働き手」の需要は高いのだ。
パフォーマンスを発揮できる仕事があるならば、それを担ってもらった方が社会全体として絶対に効率がいい。
人材開発や経営企画を経験したから尚更だが、どうにかしてこの課題を解決できないかと考えてしまう。
特に、自分自身も対象年代だから、自分事でもあるのだ。
「すべての年代の人が活き活きと働き、さらに労働生産性を上げていける社会」
政治のスローガンみたいだが、この理想は極めて高い。
しかし実現できなければ、このままでは国が消滅してしまう危機でもある。
結局は「離職防止すればいい」という話では決してない。
働き方改革、労働生産性アップ、スキルアップ、職場環境の整備、そして未来への希望。
これらの複雑なパズルを解かなければならない。
難問だが、チーム一丸で取り組んでいきたいと思っている。
(2025/1/18土)