声優の夢から逃げ続けた「一般中卒オタク男性」がここに出会うまで
はじめまして。
2003年生まれ、北海道出身。 アニメやゲームを愛する一般オタク男性です。
突然ですが、あなたは人生の「壁」に逃げずに立ち向かったことはありますか?
私は今の環境に出会うまで、人生の様々な壁からひたすら「逃げ」の選択をとってきました。
今回はそんな「逃げ癖」のあった私が、強烈な危機感を感じてここに入ってくるまでをお話いたします。
⬛︎優等生からの転落とハリボテの成功
私が最初に壁から逃げたのは中学生の時です。
こう見えて当時は、朝暗いうちから塾に行き、学校のあとも夜22時頃まで自習室にこもるような生活をしていました。テストの点数も常に8割以上をキープ。今の自分から見ても結構頑張っていたと思います。
ただ、親の理想は高く、目標点に達しないと「ゲーム禁止」などのペナルティが課されました。
そのプレッシャーが続くうちに、「自分は一体何のために勉強しているのか?」と完全に糸が切れてしまったのです。 そこから私は勉強から逃げ、不登校になり、高校も受験せずに卒業。その後はやりたいこともなく、ひたすらバイトとアニメ、ゲームに明け暮れる怠惰な日々を過ごしていました。
そんな私が進路を決めた理由は「なんとなく」です。
中学時代に演劇が好きだったこととアニメ好きだったことが重なり、「好きなことを仕事にできる」「フルで時間に縛られる仕事ではない」、そして何より「自分が見ていたアニメの声優さんがいる」という期待から声優の専門学校へ進学しました。
専門学校での生活は、失った青春を取り戻すように楽しいものでした。
↑卒業公演での写真、1番下の列の真ん中が私です
1年生の時からダンス選抜や演技の主役に選ばれ、クラスをまとめるポジションに。
こう書くと優秀に見えるかもしれませんが、現実は違います。私は基礎練習から逃げ、表面的なスキルだけを器用にこなす「中身のないハリボテ」だったのです。そして、そのツケは上京後にしっかりと回ってきました。
⬛︎65歳の先輩が見せた未来
卒業後、運良く声優事務所に所属して上京したものの、基礎がない私にほとんど仕事はありませんでした。
「好きなことを仕事にできる」と夢見ていましたが、現実はそう簡単に食べていける訳ではありません。好きなこと以外にもやらなきゃいけないことはたくさんあり、レッスンやオーディション、舞台の稽古、さらにはマネージャーの呼び出しなどで自分の時間は全然ありませんでした。憧れの好きな声優さんに会うレベルにはそう簡単にはいけないという厳しい現実を突きつけられました。
生きていくために、とある老舗インドカレー屋でアルバイトを始めました。
そこを選んだ理由は、1400円という時給、店長が同じ出身で休みの都合がつけやすかったこと、そして他にも役者関係の人が働いていたからです。
そこで私は自分の甘さを痛感することになります。
カレー屋の社員さんやマネージャーさんは、皆自分の仕事に誇りを持ち、トラブルすら楽しんで経験に変える圧倒的な「プロ意識」を持っていました。
「成功する人は、どんな環境でも楽しんで本気で取り組むんだ」と学んだ瞬間でした。
ただ、当時の私はその環境からも逃げてしまいます。時給は1400円からなかなか上がらず、シフトの融通は効くはずが結局人手不足でシフトに入らざるを得ない状況。さらに、幅を利かせているベテランのおばちゃんの方が自分より時給が高いことにも不満を感じていたからです。
そんな中、私の人生を変える最大の転機が訪れます。
バイト先に、私と同じく事務所に所属する「65歳先輩役者」がいたのです。その方は週に1度のレッスンに通う以外、声優としての仕事は全くなく、ずっとアルバイト生活をしていました。
日々その背中を見ていて、 「自分もこうなるのか、こうはなりたくない」と思い、夢という言葉に隠れて現実から目を背けていた自分に気づいて、せめて役者に投下できる時間を増やそうと思い仕事を探している中でここと出会いました。
⬛︎「逃げる人生」からの巻き返し
現在、私は完全未経験から営業という新たな壁に挑んでいます。 もちろん、ゼロから自分を変える挑戦は簡単ではありません。これまで逃げてばかりだった私にとって毎日が試練です。
ただ、今までの私と決定的に違うのは「環境」です。
ここには、人の挑戦を本気で応援し、小さな成長を自分のことのように共に喜んでくれる最高の仲間がいます。以前の私なら逃げ出していたような壁の前でも、仲間がいるから踏みとどまり、立ち向かうことができています。
「逃げ癖」の塊だった私が、今、本気で自分の人生と向き合えています。
今度は自分が誰かを全力で応援し、一緒に喜べる側になるために。 逃げ続けてきた人生を巻き返すべく、今日も奮闘しています!