現場を知らないマーケティングは、本当にマーケティングなのだろうか ― 営業とマーケティングに上下はない
組織に属していると、よく耳にする言葉があります。
「マーケティング的には」
私はこの言葉が嫌いなわけではありません。
むしろ、マーケティングは企業経営において欠かせない重要な機能だと思っています。
ただ、この言葉が使われる場面によっては、強い違和感を覚えることがあります。
それは、現場で起きている事実よりも、「マーケティング的には」という言葉の方が優先される瞬間です。
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営業は「売る人」ではなく、市場の観測者である
営業という仕事に対して、多くの人は「商品やサービスを売る人」というイメージを持つかもしれません。
もちろんそれも間違いではありません。
しかし私は、営業の本質は少し違うところにあると思っています。
営業は、市場の観測者です。
◇顧客と会う
◇話を聞く
◇断られる
◇期待を聞く
◇不満を聞く
◇競合の話を聞く
市場の変化を感じ取る。顧客の小さな違和感や変化に、最初に気づく。
つまり営業は、企業の中で最も市場に近い場所にいる存在です。
市場が変わる時、その変化を最初に感じるのは市場調査レポートではありません。
現場であり、営業というポジジョンにいて、顧客と向き合う人たちです!
マーケティングの役割は「解釈すること」
一方で、営業だけでは企業は成長できません。
営業が持ち帰った情報を整理し、構造化し、再現性のある仮説へと変換する役割が必要になります。
それがマーケティングです。
◇なぜその現象が起きているのか
◇他の顧客にも共通するのか
◇市場全体ではどのような変化が起きているのか
◇将来どのような動きにつながるのか
マーケティングは、現場で起きている事実を解釈し、次の戦略へつなげるための機能です。
だから本来、営業とマーケティングは対立しません。
営業は事実を持ち帰る。
マーケティングは事実を解釈する。
役割が違うだけです。
なぜか生まれる「マーケティングの方が上」という空気
ここで私が不思議に思うことがあります。
営業もマーケティングも、どちらも企業にとって必要な存在です。
どちらかが欠ければ成り立ちません。
それなのに組織の中では時々、
「営業は泥臭い現場」「マーケティングは知的な戦略」という空気が生まれます。
そして、
「マーケティング的には」
という言葉が、現場の声を押し切るための根拠として使われることがあります。
私はそこに違和感を覚えます。
なぜなら、マーケティングが扱う仮説の出発点は、本来現場だからです。
現場の事実がなければ、仮説は生まれません。
顧客を知らなければ、市場は語れません。
営業が持ち帰る情報がなければ、マーケティングは成立しません。
仮説は事実より偉くない
マーケティングとは本来、
◇事実を観察し、
◇仮説を立て、
◇検証し、
◇修正する行為です。
つまり出発点は、現場で起きている事実です。
ところが時として、
仮説が事実より上位に置かれることがあります。
営業が、「最近、お客様の反応が変わっています」と言う。
現場が、「実際にはこういう課題が起きています」と言う。
それにもかかわらず、
「マーケティング的には」という言葉で議論が終わってしまう。
私はそれを、本来のマーケティングとは呼びたくありません。
それはマーケティングではなく、過去の成功事例や理論の引用に近いものだからです。
市場は理論通りには動きません。
だからこそ、理論は常に現場によって更新され続けなければならないのです。
現場から離れた瞬間、人は危うくなる
これは営業だけの話ではありません。
編集者も同じです。
取材をしなくなった編集者は、読者から離れていく。
イベント担当者も同じです。
来場者と会話をしなくなれば、参加者の期待が見えなくなる。
経営者も同じです。
現場を知らなければ、判断の精度は落ちていく。
職種の違いではありません。
現場から学ぶことをやめた瞬間、人は市場から遠ざかるのです。
ましてや、知らない人間はそれすら語れるはずがないのだと思います。
マーケティングは、現場を理解してこそ本質に近づける
私は営業が偉いと言いたいわけではありません。
マーケティングが不要だと言いたいわけでもありません。
むしろその逆です。
営業とマーケティングは、本来対立するものではありません。
営業は市場を観測する。
マーケティングは市場を解釈する。
同じ市場を、異なる角度から見ているだけです。
だからこそ私は思います。
現場を理解してこそ、マーケティングは本質に近づける。
顧客の声を知らずに顧客を語ることはできない。
市場の変化を見ずに市場を語ることはできない。
そして、それはマーケティングだけではなく、組織に属するすべての人に当てはまることなのだと思います。
最後に。。。
企業にとって本当に危険なのは、
営業を軽視することでも、マーケティングを軽視することでもありません。
仮説を事実より上に置いてしまうことです。
市場は会社の理論に合わせてくれません。
私たちが市場を理解し続けるしかありません。
だから私は、「マーケティング的には」という言葉を聞くたびに考えます。
その仮説は、どんな事実から生まれたのだろうか。
そして今も、その事実は本当に存在しているのだろうか。
現場を知ること。
現場から学ぶこと。
それこそが、組織が市場から見放されないために最も大切な姿勢なのではないだろうか。
編集後記
理論は大切です。
でも私は、理論より先に現場を見たいと思っています。
仮説は、いつも事実から始まると思っているからです。
市場を知ろうとすると、結局は現場に戻る。
遠くから見た方が全体は見える。
それでも本質は、案外すぐそばにあるのかもしれません。