こんにちは!栗山和輝です。
キャリアを積み上げるという行為を、多くの人は高い塔を建てるようなものだと想像しています。 しかし、私たちが日々行っているのは、実は終わりなき旅に出るために、重すぎるランドセルに荷物を詰め込み続ける作業なのかもしれません。 そのランドセルの中には、教科書ではなく、誰かの期待や、使い道のわからない古い地図、そして自分を縛り付けるための重い石ころがぎっしりと詰まっています。 一歩進むたびに肩に食い込むその重みこそが、自分が社会の一部であるという唯一の証明のように感じてしまう。 かつて私は、夕暮れの公園で、空を自由自在に飛び回る電子レンジの群れを見たことがあります。 彼らは何かを温めるという本来の目的を忘れ、ただ銀色の翼を広げて、重力から解き放たれた自由を謳歌していました。 私たちが仕事に求める意味や価値も、実はこのレンジたちが捨て去った、温めるはずだった冷たいスープのようなものかもしれません。 組織の中で上を目指すということは、より大きなレンジになり、より多くのスープを抱え込むことを意味します。 しかし、どれほど多くのものを温めたとしても、自分自身の心が凍りついていることに気づく者はほとんどいません。 ある日、私は街の角で、時間を巻き戻すことができるという、奇妙なトロンボーンを吹く男に出会いました。 彼が低い音を奏でるたびに、周囲の景色はセピア色に染まり、人々は自分が最も純粋だった頃の記憶へと強制的に送還されます。 その音色を聴きながら、私は自分のランドセルをそっと地面に下ろしてみました。 中から転がり出てきたのは、何年も前に失くしたはずの、半分だけ溶けた氷砂糖でした。 それは甘くて苦く、喉を通るたびに、私が自分ではない誰かを演じてきた時間を激しく拒絶しました。 私たちは、便利さや効率という名の翼を手に入れたつもりで、実は飛ぶことさえ忘れた鳥かごの中の住人なのかもしれません。 電子レンジの群れは、やがて夜の帳に溶け込み、星のふりをして空に固定されていきました。 トロンボーンの音も消え、公園にはただ、主を失ったランドセルだけが、重力に従って静かに横たわっています。 あなたが今、背負っているその重みは、本当にあなたをどこか遠くへ連れて行ってくれるものなのでしょうか。 それとも、あなたはただ、その重みに耐えること自体を目的として、その場に留まり続けているのでしょうか。 ふと見上げると、月が巨大なレンズのようにこちらを覗き込み、私の足元にある影をゆっくりと消し去っていきました。 世界から影がなくなったとき、私たちは自分がどこに立っているのかを、どうやって証明すればよいのでしょう。 冷たい風が吹き抜け、地面に落ちた氷砂糖が、星屑のような音を立てて砕け散りました。