雨の声を聴く
雨の声を聴く
― 島の恵みと、心を潤す台所 ―
朝からしとしとと雨が降っている。
屋根を打つ音が、台所の天井からやさしく響いてくる。
風の日は心を立たせ、雨の日は心を沈める。
そんなふうにして、自然が人の呼吸を整えてくれるのかもしれない。
市場に並ぶ野菜たちは、どこか光って見えた。
濡れた葉に雨の雫が残り、それが蛍のようにきらめいている。
「今朝の雨は甘いね」と、顔なじみの農家の女性が笑う。
雨の具合で、葉野菜の味も変わるらしい。
「急ぎすぎると、野菜も人も苦くなるよ」
その言葉が、心の奥にしずくのように落ちた。
店に戻り、濡れた手で鍋を持つ。
火を起こすと、雨音と湯気の音が重なり合う。
そのリズムが不思議と心地いい。
包丁の音、沸騰の音、外の雨。
それぞれが少しずつ寄り添い、
まるで音楽のように台所を満たしていく。
「雨の日の料理は、焦らずに」と、
いつか比嘉さんが言っていた。
「火と水のあいだで、豆腐はゆっくりと命をつくる」
その言葉を思い出しながら、
私は今日も鍋を見つめる。
食材の色が深まり、香りが柔らかく立ちのぼる。
それは、雨がもたらした静かな恵みの証。
昼どき、お客様がぽつりとひとり来られた。
濡れた傘をたたみながら、
「雨の日はここに来たくなるんです」と笑う。
テーブルに温かいスープを置くと、
その香りに包まれて、客席の空気がやわらかくなった。
しばらくして「雨の音と同じ味がしますね」と言われた。
その一言が、静かに胸を打った。
夜になっても、雨はやまない。
厨房の灯を落とし、外を眺める。
月桃の葉が濡れて、重たそうに揺れている。
その葉の一枚一枚に、今日という日が映っている気がした。
雨の音は、急がないことを教えてくれる。
受け取ることの豊かさ、
待つことのあたたかさ。
それは、料理にも、人の生き方にも通じている。
明日、晴れたら畑へ行こう。
今日の雨が残したやわらかな土の匂いを、
もう一度、確かめに。