旬の味通信 ― 第三章:日常と旅
旬の味通信 ― 第三章:日常と旅
食卓の向こうの風景
― お客様と語る“島の時間” ―
昼のピークを過ぎ、店の中が少し静かになったころ。
厨房からふと顔を上げると、窓の向こうに光が揺れていた。
潮風が白いカーテンをふわりと膨らませ、
お客様の笑い声が、やわらかくその中に混じっている。
食卓を囲む人々の姿を見ていると、
私はよく思う。
ここは、ひとつの「島」みたいだと。
仕事帰りの人、旅の途中の人、家族で来る人。
それぞれが自分の時間を持ち寄って、
一皿の料理の前で、少しだけ同じ風を感じている。
この日、カウンターの端に座ったのは、
いつも静かに食事を楽しまれるご年配の女性だった。
「この豆腐、比嘉さんのですか?」と尋ねられた。
「はい。今朝も“風が穏やかでしたよ”とおっしゃってました」と答えると、
女性は微笑みながら言った。
「この味、母の作る豆腐汁に似ていてね、懐かしくて涙が出そうになるんです。」
料理は、記憶の扉を開く。
それは、言葉よりも早く、心の奥に届く。
“おいしい”というひとことの中に、
その人の人生が、そっと顔をのぞかせる瞬間がある。
その隣のテーブルでは、
若いカップルが黒糖プリンを分け合っていた。
「ちょっと苦いけど、やさしい味だね」と彼が言うと、
「それが島の甘みだよ」と彼女が返す。
上原さんの言葉──
「苦みを抱いてこそ、甘さが生まれる」──を思い出して、
思わず小さく笑ってしまった。
厨房で新里さんの塩をひとつまみ指にのせる。
その白い粒は、海の記憶を宿している。
お客様の食卓に運ばれていくたびに、
海と人がもう一度、出会っているような気がする。
夕方。
片づけを終え、空いたテーブルを拭く。
木の表面には、ほんのりと月桃の香りが残っている。
そこに人々の言葉、笑い声、沈黙、祈りが染み込んでいるようで、
私はそっと手を止めた。
食卓の向こうには、いつも風景がある。
それは海でもあり、畑でもあり、誰かの記憶でもある。
そして今日もまた、その風景の一部に自分がいる。
料理をつくり、運び、受け取る。
その繰り返しの中に、静かで確かな“島の時間”が流れている。
明日もまた、食卓の向こうに広がる風を感じながら、
新しい一日を迎えよう。
そこに集う人々と、島の祈りをつなぐために。