月桃(げっとう)の香り
月桃(げっとう)の香り
― 命を包む葉と、記憶を結ぶ手仕事 ―
昼下がりの市場を歩くと、青々とした月桃(げっとう)の葉が風に揺れていた。
どこからともなく漂ってくるあの独特の香り──清らかで、少し甘く、どこか懐かしい。
それは、島の夏の匂いであり、祈りの記憶のようでもある。
この葉は、昔から“命を包む葉”と呼ばれてきた。
おにぎりを包み、まんじゅうを蒸し、赤ちゃんの産着の下に敷かれることもある。
虫を避け、清め、香りで守る。
人々は自然の力を信じ、その葉に願いを託してきたのだ。
与那原の高台に、古くから月桃細工を続けるおばぁがいる。
名前は知念ツルさん。
伺った日、軒下には干された月桃の葉がずらりと並び、
風に揺られて、カサカサと小さな音をたてていた。
「この音が好きさね」とツルさんは笑った。
「風が葉を撫でる音はね、昔の人の声なんですよ」
そう言って、しわだらけの手で、乾いた葉をやさしく撫でた。
ツルさんの家では、祖母の代からこの仕事を続けているという。
嫁入りのときには、母が編んだ月桃の籠を持たせるのが習わしだったそうだ。
「包むってのは、守るってこと。
食べ物も、人の心も、いっぺん包んでから渡すと、やさしく届くんですよ」
その言葉が、心に深く残った。
店でも時折、月桃の葉を敷いて料理を出すことがある。
たとえば、島野菜の炊き合わせをこの葉で包み、
蒸し上げると、ふんわりと香りが立つ。
お客様が蓋を開けた瞬間、空気が少し変わるのを感じる。
驚きではなく、懐かしさに近い。
まるで誰かの手で、そっと守られた記憶を思い出すように。
ツルさんは帰り際に、ひと束の葉を手渡してくれた。
「これで何か包んでごらん。きっと風が覚えててくれるさ」
その言葉の意味を、私は店の台所で少しずつ理解していった。
料理を包む。香りを包む。想いを包む。
包むという行為の中に、祈りがある。
月桃の葉は、単なる香草ではなく、人と自然を結ぶ“記憶の糸”なのだ。
夜の厨房。
明日の仕込みを終え、月桃の香りがほのかに残る。
湯気の向こうに浮かぶのは、ツルさんの笑顔と、
風に揺れる葉の音。
それは、島の静かな祈りの音だった。