現場での失敗談
現場での失敗談
──向井聡一・一級建築士の“忘れられない学び”
建築の世界で長く仕事をしていると、「今だから笑えるけれど、当時は冷や汗ものだった」という出来事がいくつもあります。
今日はその中から、印象に残っている “失敗談” と、そこから得た教訓をお話します。
◆ 1. 図面と現場の認識ズレに気付けなかった
独立して間もない頃のことです。
キッチンの高さを「90cm」で計画していたのですが、
現場では職人さんが“いつもの標準”で手を進めてしまい、
出来上がったのは「85cm」。
完成間際にお客様が気づき、冷や汗が出ました。
● このとき学んだこと
- 「標準」は人によって違う。
- 図面の確認だけでなく、現場での口頭確認が不可欠。
- 「小さな5cm」を甘く見てはいけない。暮らしの快適さは細部で決まる。
それ以来、重要寸法は必ず職人さんと直接確認し、
「本当にこれでいいですか?」と念押しするようになりました。
◆ 2. 職人さんの段取りを理解できていなかった
若い頃、現場監督として働いていた時期の話です。
大工さんの作業を“待たず”に別業者の工程を先に入れてしまい、
現場がぐちゃぐちゃに。
大工さんからも電気屋さんからも怒られました。
● このとき学んだこと
- 図面の順番と、現場の順番は違う。
- 職人さんそれぞれの「段取り」が、現場の流れを支えている。
- 無理に工程を詰めると、結局は手戻りで時間もコストも余計にかかる。
今では、工程会議と現場巡回は以前よりもずっと丁寧に行っています。
「現場の空気は、現場でしかわからない」──この言葉の意味を痛感しました。
◆ 3. お客様の“言外の不安”を見逃してしまった
あるお客様ご夫婦との打合せで、奥様が何度か「収納はたくさん欲しい」とおっしゃっていました。
その言葉を、私は「一般的な収納の要望」と受け取り、
通常の容量でプランを進めてしまいました。
しかし、奥様には過去の住まいで
「モノがあふれてストレスだった経験」 があり、
もっと徹底した収納計画を望んでいらしたのです。
後からその想いを聞いたとき、
“表面の言葉だけで判断してしまった”と反省しました。
● このとき学んだこと
- 要望の背後には、必ず「理由」がある。
- 打合せでは、“質問されていないことこそ聞く姿勢” が大切。
- 不安を共有できるまで寄り添うことが建築士の役割。
それ以降、言葉の裏にある思いや背景にまで耳を傾けるようになりました。
◆ 4. 仕上げ材の色味を現場で確認しなかった
カタログ上の色だけを基準に選んだ外壁材が、
実際の太陽光で見ると想像より明るく、
周囲の景観からやや浮いてしまったことがあります。
幸い、お客様との関係は良好で調整できましたが、
「現物確認は絶対」という教訓になりました。
● このとき学んだこと
- 屋外の素材は、日光・影・周囲の色 で見たときが本当の色。
- 可能な限り、大判サンプルや実物を現場で確認すること。
- “見え方”は建物全体の印象を左右する。
◆ 5. 失敗から得たもの
失敗談は胸を張って語れるものではありませんが、
ひとつ言えるのは──
失敗は、現場でしか得られない宝物でもある ということです。
- 小さなズレが大きな後悔につながる
- 人の仕事には“流れ”と“想い”がある
- 図面より大事なものは現場と対話
- お客様の話の奥にある気持ちを尊重する
この積み重ねが、今の私の仕事の姿勢を形づくっています。
◆ 最後に
建築は、机上では完結しません。
現場で、職人さんと、お客様と、そして自分自身と向き合いながら進んでいく仕事です。
失敗を経て、設計者として、現場管理者として、人として、少しずつ成長してきました。
これからも誠実に、丁寧に、ひとつひとつの現場と向き合っていきたいと思います。