佐々木健二が語る|空間デザインと心理学・行動科学の新しい関係
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お久しぶりです、空間デザイナーの佐々木 健二です。
オフィスや店舗といった「働く・集う場」をデザインする仕事に携わっていると、近年特に強く感じることがあります。それは、空間をどう整えるかが、単なる快適さや美しさを超えて、人の思考や感情、行動にまで影響を及ぼすという事実です。つまり、空間づくりは環境心理学や行動科学の領域と切っても切り離せない関係にある、ということです。
環境心理学から見た「場」の力
環境心理学では、人は空間によって無意識に行動を変えるとされています。たとえば、開放的で明るいラウンジにいると自然と会話が増え、逆に仕切りの多いレイアウトでは黙々と作業に集中しやすい。これは偶然ではなく、人間の心理と環境との相互作用が生み出す必然的な現象です。空間デザインは見た目を整える行為であると同時に、心理的な誘導装置でもあるのです。
行動デザイン理論との接点
近年注目されている「行動デザイン」の考え方とも、空間づくりは密接に関わっています。行動デザインは、人が自発的に望ましい行動をとるように仕掛けを設計する考え方です。オフィスの導線を工夫して偶発的な出会いを増やしたり、リラックスできる家具を配置して自然に休憩を取れるようにしたり。こうした工夫は、行動を強制するのではなく「ついそうしてしまう」心理的な流れを生み出します。つまり空間は、人の行動を“後押しする仕組み”になり得るのです。
光・音・素材が脳に与える影響
さらに、五感に働きかける要素は、私たちが思う以上に心理やパフォーマンスを左右します。朝の自然光は体内時計を整え、集中力や前向きな気持ちを高めます。逆に照明が暗すぎると判断力やモチベーションが下がることが分かっています。音も同様で、ざわめきのある環境は創造的な発想を生みやすく、無音に近い空間は緻密な作業に向いています。
素材の質感も感情に影響します。木や布の温かみは安心感を与え、金属やガラスの冷たい質感はシャープさや緊張感を演出します。こうした効果は無意識の領域で起こるため、本人が自覚しにくいのが特徴です。だからこそ、デザインする側が丁寧に選び取り、意図を持って組み合わせることが重要になるのです。
「空間は第二の上司」である
私はよく「空間は第二の上司」と表現します。なぜなら、空間は人に直接命令しなくても行動をコントロールできるからです。例えば、会議室の椅子を円形に配置すれば、上下関係よりも対話が生まれやすくなる。逆に一列に並べれば、発表者と聴衆という構造が自然と形成されます。このように、空間は人の振る舞いや関係性を静かに方向づけるのです。
そして、この「第二の上司」は厳しくもあり、優しくもあります。休憩を促す配置は、社員の疲労を防ぐ温かな指示のようなもの。一方で、見通しの良い執務室は、サボりにくいという厳しさも併せ持っています。つまり、空間は私たちが働く上で常に寄り添い、時に導く存在なのです。
科学とデザインの橋渡しを
これからの空間デザインは、感覚的なセンスや美意識だけでなく、心理学や行動科学といった科学的知見を組み合わせることが不可欠だと思います。デザイナーが科学を学び、研究者が現場に触れる。その両者の橋渡しができれば、より豊かな「人のための空間」が広がっていくでしょう。
空間は人を映す鏡であり、行動を導くナビゲーターでもあります。その静かな力を最大限に引き出すことこそ、これからのデザインに求められる役割ではないでしょうか。