【本田教之】会議室のイスが教えてくれたリーダー論
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新しいオフィスに引っ越したとき、最初に気になったのは会議室のイスだった。座り心地が悪いわけでもデザインが奇抜なわけでもない。ただ、キャスターの動きが妙に軽くて、少し体をずらすとイスがすぐに転がっていく。会議中に資料を手に取ろうとするとスッと前に出すぎて、気がつけば机にぶつかっていた。最初は単なる小さな不便に思えたが、そのうちにこのイスが人間関係や組織のあり方を映す鏡のように感じられてきた。
会議室に集まったメンバーが一斉に座ると、少しの動きでイスが前後左右に流れる。机からじりじりと離れていく人もいれば、無意識に近づきすぎて窮屈そうにしている人もいる。誰も同じ位置に留まっていられない。けれど、それこそが組織の姿ではないかとふと思った。全員がきっちり固定されていたら、安心感はあっても窮屈になる。逆に自由すぎると秩序は失われる。重要なのは、動きやすさと適度な摩擦の間にあるバランスだ。
リーダーシップも同じだと思う。強く固定されたイスのような存在であれば、メンバーは安定感を得られるけれど、同時に柔軟性がなくなってしまう。軽すぎるイスのように動きすぎるリーダーなら、一体感は薄れるが、変化には素早く対応できる。会議中、誰かが前に出て話を引っ張るとイスがゴロッと音を立てる。その小さな音に、組織の方向性が揺れているのを見ているような気がした。
そこから私自身の関わり方を考え直すようになった。会議の発言や議題設定をリードするとき、私は自分がキャスター付きのイスだという前提で動いている。動きすぎれば混乱を生むし、動かなければ停滞を生む。だからあえて少し動きを制御し、他の人のイスが自然に寄ってくる余白を作る。そうすると会話の流れが変わり、意見の広がりが生まれる。まるでイス同士がぶつからない絶妙な距離感を探るように。
会議室のイスは単なる家具だが、そこに座る私たちを映す存在でもある。無意識のうちに位置を変えながら、全員でひとつの場を作り上げている。きっと組織も同じで、一人ひとりの小さな動きが重なり合って未来の形を描いていくのだろう。次に会議室に入ったとき、キャスターが勝手に転がるのをただの不便と見るか、組織の縮図と見るかで、自分の働き方は大きく変わる。そう思うと、このイスに出会ったこと自体が私にとっての学びになっている。