クルージングヨット教室物語106
Photo by Soichiro Ito on Unsplash
「卒業式は、全員とも合格で卒業で良いんだよね」
麻美子は、中目黒の実家で、隆に聞いていた。麻美子の手には、横浜のマリーナから郵送されてきた郵便物が握られていた。
「本当に卒業で良いですか?なんて郵便物がマリーナから来るんだね」
麻美子は、返信用封筒に卒業の合否についてボールペンで書き込みながら言った。
「なんか、お腹が空いたよ」
会社の仕事から戻ってきたばかりの隆が、麻美子に言った。
「はいはい、夕食いま出しますから」
麻美子は、マリーナからの郵便物の封をし終わると、キッチンで夕食の準備を始めた。
「これさ、マリーナに郵送し終わったら、マリーナに届くんだろうけど、それからどうなるの」
麻美子は、食卓に夕食の料理を並べながら、隆に聞いた。
「どうなるのって、別にどうにもならないけど」
「卒業式は、千葉でやるわけでしょう」
「そうだね」
「当日に、ラッコで横浜のマリーナを出港して千葉へ行くのでいいの?」
「うん」
「前日から泊まって、夜のうちに出航したりはしないわけ?」
「しないよ、千葉の保田だよ。4、5時間ぐらいで横浜から保田まで到着できてしまうよ」
「そんなに近いのね」
麻美子の返事を聞いて、もしかしたら香代とか瑠璃子なんかよりも、麻美子が1番ヨットのこと全然わかっていないんじゃないかなと思った隆だった。
「で、向こうに着いたら千葉の公民館かなんかで卒業式はやるの?」
「やらないよ。漁港の目の前に、ばんやって店名の料理屋さんがあって、そこで卒業式だよ」
「着物じゃヨットに乗れないものね。キャビンの中に置いておいて、向こうに着いたら着替える感じなの」
「着物ってなに?」
「着物とかドレスとか着るわけじゃないの」
「着ないよ。大学の卒業式じゃないんだから」
隆は、麻美子の発想に思わず吹き出してしまっていた。
「そこの場所で、ヨットで着ていた格好のままで卒業証書をもらうだけ」
「それはそうだよ。横浜のマリーナの理事長から1人ずつに証書を手渡す感じ」
隆が説明した。
「1人ずつ手渡していたら、全員に手渡し終わるまでに随分時間がかかるだろうね」
麻美子は、5月にクルージングヨット教室初日の日に、横浜のマリーナクラブハウスの2階に集まっていた生徒たちの数を思い出しながら、隆に言った。
「そんなに時間かからないよ」
隆は、麻美子に答えた。
「うちのラッコは、生徒4人とも皆、毎週のようにヨットへ乗りにきていて、出席率高いかもしれないけど、ほかのヨットは、アクエリアスだって残ったの香織1人だけだろう。クルージングヨット教室初日の日のような、あんな大混雑にはならないさ」
「そうなのね、それもなんか寂しいわね」
麻美子は、隆に答えた。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など