「香織ちゃんってトレードって出来ないのかな?」
会社のお昼休みに、麻美子は、隆に話しかけた。
「トレード?」
「うん。香織ちゃんがね、アクエリアスじゃなくて、私たちとラッコに乗りたいって言うのよ」
麻美子は、隆に相談していた。
麻美子が隆に相談していたのは、会社の昼休み中の食堂だった。
「それって、今ここで話す内容なのか?周りに他の社員もいっぱいいる中で」
「別に良いんじゃないの。知られて困るような話でもないし、今はお昼休みなんだから、仕事と何の関係も無い、プライベートな話をしていても良いんじゃない」
「まあ、そうだけどね」
隆は、麻美子に答えた。
「それに、トレードって言うけど、アクエリアスからは香織ちゃんを出すとして、ラッコからは一体誰を香織ちゃんの代わりに出すつもりなのさ」
「それはそうね」
麻美子は、隆に言われて、気づかされた。
「香代ちゃんはぜったい駄目だし、陽子ちゃんは隆の話し相手だし、瑠璃ちゃんはラッコにいてくれるだけで雰囲気が明るくなる大切なムードメーカーだし、雪ちゃんは私とほぼ同い年のおばさん同士の井戸端会議できるおばさん仲間だし・・」
「なんか麻美子って欲張りだな」
隆は、麻美子のひとり言に苦笑していた。
「ただ、可能性として考えられるのは、香織っていうのは、うちらが船を保管している横浜のマリーナで主催しているクルージングヨット教室の生徒さんなんだよ」
「それは、わかっているわよ」
麻美子は、隆に返事した。
「ってことは、横浜のマリーナの、クルージングヨット教室の開催時期は5月〜11月までの6ヶ月間が受講期間なんだよ。11月の終わりにヨット教室の卒業式があって、生徒たちは、そこでマリーナからヨット教室の卒業証書をもらって、そこでクルージングヨット教室は終わりなんだよ」
隆は、麻美子に説明していた。
「つまり、11月までは、香織ちゃんはヨット教室で決められた配属先のアクエリアスに所属している横浜のマリーナ主催クルージングヨット教室の生徒さんなんだ」
隆は、麻美子に話した。
「でも、11月を過ぎて卒業証書をもらって卒業してしまえば、横浜のマリーナからも、そこで配属されていたアクエリアスからも、実質フリーだから・・」
「11月を過ぎて、香織ちゃんがラッコの生徒さんになりたいと言ったら、香織ちゃんもラッコの生徒さんになれるってこと」
麻美子が、隆の説明の途中から最後まで話を続けた。
「まあ、そういうことだね」
隆は、麻美子に頷いた。
「ちなみに、11月過ぎて香織ちゃんがラッコに乗る時は、うちの船では特に生徒は募集していないから、香織ちゃんはクルーとして乗ることになるけど」
「そういうことか」
麻美子は、隆の説明に少し安堵していた。
「そしたら、香織ちゃんにそう説明してあげれば良いってことね」
「そうだね」
「わかった!そしたらさ、その説明は隆から香織ちゃんにしてあげてくれる」
「え、なんで俺が?俺は、別に香織からそんな相談されていないんだけど」
「だって、隆の方が香織ちゃんや陽子ちゃんと仲が良いじゃないの。いつもお喋りしていること多いし」
麻美子は、隆に言った。
「機会があったら、その話を俺から香織にするのは良いんだけど・・」
隆は、麻美子に言った。
「一つ、麻美子に付け加えておきたいんだけど・・」
「何?」
「香織ちゃんが卒業してラッコに来ましたは良いんだけど、それは、今うちの船にいる皆にも同じことが言えるってことだから、例えば、香代ちゃんが11月に卒業して、ラッコじゃなくてアクエリアスに乗りたいって言った時は、香代ちゃんはアクエリアスに乗っても良いんだからね」
「え」
「もしかしたら、香代ちゃんが卒業して乗りたいのはアクエリアスではないかもしれない。ぜんぜん別のヨットで、うららかもしれない。あるいはフェリックスかもしれない」
麻美子は、隆から香代がラッコでないヨットに行ってしまうかもって話を聞いて、別に、そう香代が話した訳でもないのに、少し寂しくなってしまっていた。
「あるいは、他の船に行くのは香代じゃないかもしれない。瑠璃子がアンドサンクに乗りたいって言うかもしれない。雪がうららに乗りたいって言うかも・・」
「それはそうだよね、皆それぞれ乗りたいヨットはあるんだし、仕方ないよね」
麻美子は、少し寂しそうに納得していた。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など