クルージングヨット教室物語67
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「夏のクルージングは楽しかったね」
陽子は、瑠璃子と話していた。
今日の横浜のマリーナは、朝から人の出入りが多く賑やかだった。短パン姿の男性が多く、彼らは忙しそうにマリーナの敷地内を折り畳まれたセイルを担いで走り回っていた。
「今日は3回目のクラブレースの日だものね」
忙しそうにヨットのセイルをセットしている男性たちの姿を眺めながら、雪が言った。
「私たちもレースの準備をしよう」
陽子が雪に言った。
ラッコのデッキ上には、陽子、瑠璃子に雪と香代みな揃っていたが、まだオーナーの隆と麻美子は来ていなかった。2人は朝、中目黒の麻美子の家を出る時間が遅くなってしまったみたいで、まだ東京から横浜へ向かう高速道路を車で走っているところみたいだ。
「先に、ヨットへ上がってレースの準備しておこうか」
はじめ、隆たちがマリーナにやって来るまで、クラブハウスの2階で座って、皆でお喋りでもしていようかと思ったのだが、陽子が、隆が来たらすぐレースに出れるように準備しておこうと提案して、ラッコのデッキ上でセイルとかセットして出航の準備をしていたのだった。
春に、横浜のマリーナ主催のクルージングヨット教室で初めてヨットを知ってから3ヶ月ぐらい経っている。もう皆、出航の準備ぐらいならば普通に出来るようになっていた。
「マリーナが、今日は人多くて賑やかだな」
隆は、マリーナの前で車を降りると、運転している麻美子に言った。
「私、車を駐車場に入れて来るから、先に皆のところに行っていて」
麻美子は隆に言うと、そのまま車を運転して少し離れたところにあるマリーナ駐車場へ行ってしまった。
「おはよう!え、もう準備できているんだ」
隆は、ラッコのデッキに上がると、もう出航準備が整っているのを確認して驚いていた。
「艇長、いつでも出航できますよ」
雪が隆に報告した。
「すごいな。もう俺がいなくても、出航の用意ぐらい出来てしまえるぐらいになったんだな」
隆が皆の成長を喜んでくれている姿を見て、陽子も内心喜んでいた。隆が喜んで褒めてくれる姿が見たくて、皆を誘ってヨットの出航準備を済ませておいたのだった。
「おはよう、3戦目のレースの日だけど、ラッコさんは参加するの?」
麻美子が駐車場に車を置いて、マリーナに歩いて戻って来ると、すれ違ったうららオーナーの松浦さんに声をかけられた。
「どうだろう?うちの船長は、レースには参加しないとか言っていたけど・・」
「まあ、そうだろうな。あのヨットじゃ、参加してもレースでは重くて勝てないものな」
松浦さんは、麻美子に返事した。
「それでさ、レースに参加しないのならば、ラッコさんには、お願いしたいことがあるんだけどな」
「なんですか?」
麻美子は、松浦さんに頼まれて、一緒にクラブハウスの2階へと上がっていった。
「なんか、麻美子来るの遅くないか」
キャビンの中で皆とお茶を飲んでいた隆が言った。
「本当だね。駐車場に車を入れに行っただけなんでしょう」
「そのはずだけど・・」
隆は、陽子に答えた。
「どこかで事故でも起こしてないかな」
「まあ、事故っていたら電話とかかけてくるんじゃないの」
麻美子が戻ってくるのが遅いので、皆のキャビンでのお喋りは長く続いていた。
「早く出航しないと、レースに間に合わなくなってしまうかな?」
香代が、隆に聞いた。
「まあ、レースは参加しないから別に良いんだけどな」
「え、レースに参加しないの?」
「このヨットで走っても、どうせ重くてビリか後ろの方でしかゴールできないよ」
隆は、陽子に伝えた。
「なんだ、レースに出ないんだ。出ると思って、出航の準備しておいたのに」
「陽子は参加したかったか?陽子が参加したいのなら、参加しても良いけど」
「私は、レースは別に出なくても良いかな」
スポーツ派と言うよりも、どっちかというとお喋りが得意で宴会などでの賑やかし派の瑠璃子が、陽子より先に隆へ返事していた。
「私も、レースは別にどっちでも良いかも」
「今日は8月の終わりのレースだし、レース終わってからパーティーあるし」
「パーティーだけの参加でも良いよね」
もうすっかりクラブレースのことは忘れて、キャビン内でお茶を飲んでお喋りしながら、麻美子が戻ってくるのを待つラッコのメンバーたちだった。
主な著作「クルージングヨット教室物語」「プリンセスゆみの世界巡航記」「ニューヨーク恋物語」など