50代を前に、自分の仕事を振り返ってみた
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自分の仕事を一言で説明するのが昔から少し苦手だった。
PM、プロダクトマネージャー、スクラムマスター、部長、コンサルタント。いろいろな役割を経験してきたが、どれも間違いではない。一方で、どれか一つを名乗ってもしっくりこない感覚があった。
火消しと呼ばれてきた
一番呼ばれることが多かったのは「火消し」だったと思う。
ただ、火消しは継続性のある役割ではない。自分の本質というより、自分の行動指針や仕事の仕方の結果として、外からそう見えていたのだと思う。
昔から、自分の中には「球の表面積を広げる」、「最後の砦になる」ような感覚があった。
問題がこぼれ落ちそうなところを拾い、誰も見ていない境界線に立ち、必要なら最後に受け止める。その結果として火消しに見えていたのかもしれない。
何者でもなかった20代、憧れていた30代
20代は、自分が何者なのかよく分からないまま、いろいろな現場に回されていた。
業務システム、医療系システム、インフラ、負荷対策など、求められる場所に入り、その場で足りないものを見つけて埋めることが多かったように思う。
当時はそれを強みとは思えていなかった。むしろ、分かりやすい専門性がない自分の生存戦略として行動していた。
30代になると、ゲーム開発やプロダクト開発に関わるようになった。
プロデューサー、PM、スクラムマスター、開発部長など、いろいろな役割を経験した。周囲には一つの役割や専門性で明確に結果を出している人たちがいて、そういう人たちに憧れもあった。
一つのプロダクトを作る人
一つの技術で成果を出す人
一つの役割で信頼されている人
そういう人たちは、とても分かりやすく強く見えた。
一方で、自分はいつも少し違う場所にいた。
版元、開発会社、プラットフォーム、社内の横断部門。複数の関係者の間に入り、認識のズレや役割分担、意思決定の流れを整理していた。
当時はそれを、PMや火消しの仕事だと思っていた。
居場所を探していた40代
40代は、自分の居場所をかなり探していた時期だった。
50社くらいカジュアル面談をしたこともある。ただ、その頃の市場は、SaaSやスタートアップのように、少人数の強い個がスピード感を持って事業を立ち上げていく流れが強かったように感じていた。
一つの専門性で尖っている人。明確な役割を持ち、自分の領域で強く成果を出せる人。そういう人たちが求められているように見えた。
自分は少し違った。価値を出せるのは、何か一つの役割に閉じたときではなく、複数の組織や立場が絡み、会話や意思決定が難しくなったときだった。
関係者が増え、責任分界が曖昧になり、コストや判断基準が見えにくくなったとき。そういう複雑な状況で、前提を揃え、構造を整理することに向いていた。
ただ当時は、それをうまく言語化できなかった。
自分の居場所はIT業界にはもうないのかもしれない
そう感じたこともある。
それでも、何でも屋や火消しとして呼ばれる場はあった。必要とされることには感謝しつつも、自分を既存の職種や役割に無理に当てはめることには、ずっと違和感があった。
振り返ると、構造を整理していた
振り返ると、自分がやっていたのは単にプロジェクトを進めることでも、トラブルを処理することでもなかったのだと思う。
複数の組織や立場が関わる中で、言葉の定義、前提、責任分界、意思決定の流れを整理すること。
それが、自分が長くやってきた仕事だった。
自分の強みは、最初からきれいな仕組みや答えを持ち込むことではない。
まず関係者と話す。職種や役職を分け隔てず、先入観なく話を聞く。それぞれの言葉の定義、前提、期待値、困りごとを確認する。
その中で、認識のズレ、責任分界、意思決定の詰まり、組織間の断絶を整理していく。
きれいな資料を作ることよりも、現実に起きている構造を掴むことを大事にしてきた。
50代を前にして、ようやく自分の仕事を少し言語化できるようになってきた。
自分はPMでも火消しでもない。もちろん、それらの役割を担うことはある。
ただ本質的には、複雑化した組織・コスト・意思決定の構造を整理し、判断しやすい状態を作る仕事をしてきたのだと思う。
複雑な関係性の中で、構造を整理する仕事。
今はそれを、
「構造設計者」
と呼ぶのが一番しっくりきている。
これから
これまでのキャリアは、本当に自分が何者なのかを考え続ける時間だった。
転職では評価されにくかったし、自分のことを分かりやすく説明できず、コネクション作りにも苦労した。一方で、一度組織に入って仕事をすると、継続して頼られることも多かった。
自分の価値は肩書きよりも、一緒に仕事をしたときに伝わるものだったのだと思う。
これからは、会社という組織の中に自分の居場所を探すのではなく、自分が必要とされるところに貢献していきたい。
組織の中に深く入り込んで実行を代行するよりも、外部の立場からマネージャーやリーダーを支援する。論点を整理し、構造を見立て、意思決定しやすい状態を作る。
50代を前に、自分の仕事を振り返ってみて、ようやくそういう働き方を自分の言葉で説明できるようになってきた。