「私がいなくなっても回る仕組みを作る人」を、自分のサイトに書いた話
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自分の実績サイトを作った。HubSpotの無料版で。マーケティングの仕事を10年以上やってきて、自分のポートフォリオサイトを持っていなかったのです。
「やったほうがいい」よりも「めんどくさい(し、仕事に不自由していないし)」が勝った結果。アフィリエイトサイトは自前で持ってもポートフォリオサイトはもっていない状態になっていた。
不自由しなかったのも幸いして「あったほうがいい」と思いつつ、クライアントにも「サイトはビジネスの名刺です」と偉そうに言っていいつつ、自分では持っていないという状況。
その矛盾が詐欺師っぽいなと思って、AIと2人で作ることにした。
最初にやったのは、自分が売れるものの棚卸し。
書き出してみたら14個あった。CVR改善、HubSpotの初期設定、SEO戦略、コンテンツマーケ支援、チーム再建……。書き出しながら呆れるほどにバラバラなスキル群。
「器用貧乏」「何でも屋さん」と自虐気味に話すことも多いが、スキルがそれを証明していると思った。
さて、どうするか…。
クライアント相手だったらどうやって整理してもらうだろうか…。
自分で自分をコンサルするのは思った以上に難しい。
全部を羅列したら、何屋かわからないページになる。
そんなことはわかっている。
「何でもできます」は「何もできません」と同義だ。
考えあぐねてAIに「この14個に構造はあるか」と聞いたら、「クライアントに提供するサービスとして時系列で整理できる」と言われた。
最初にやること、次にやること、最後にやること。それで出てきたのが、Phase 0→1→2→3という構造だった。
Phase 0は入口。30分話す。無料。
Phase 1は課題を解く。設計して、自分で実装する。
Phase 2は仕組みにして渡す。チームが自走できる状態にする。
Phase 3は卒業。四半期に一度レビューするだけ。
「なるほどなぁ」と思った。
器用貧乏な何でも屋さん殿は、一気通貫でコンサルできるということもであるらしい。
そして、構造を作りながら、ふと気づいた。
それは、「もっとうまく立ち回ればいいのかも」と思っていたことは、実は自分の強みなんじゃないかということだ。
自分がやっている仕事は、最終的に「いなくなること」がゴールになっている。クライアントが自走できる状態にして、手を離す。ずっと一緒にいる契約のほうが売上は安定するのに、毎回「もう大丈夫ですね」と言って離れてきた。
サブスクリプション型の安定収益が作れない。毎回、新しいクライアントを見つけなければならない。これは私の弱みと思っていたのだ。
AIは言った。
他のコンサルは「ずっと一緒に」と言う。
私は「卒業させます」と言える。それはマーケティングの業界では、ほとんど誰もやっていないポジションだ、と。
「ずいぶんと褒めてくれる(苦笑)」とも思ったが、物は言いようともいう。それで、サイトのHeroコピーをこう書いた。
「私がいなくなっても回る仕組みを作る人」。
正直に言うと、これを自分のサイトのトップに載せるのは勇気が必要だった。「いなくなる」を売りにするのは、直感に反する。普通は「一緒に走り続けます」と書く。
でも、Phase 0→1→2→3の構造を見れば、これ以外のコピーはなかった。入って、解いて、渡して、離れる。その流れが全部、「いなくなっても回る」に収束している。
デザインも面白い判断になった。
まずはカラー、記憶を頼りにフレームワークで3層に分解した。
名刺の上に書いてあること = CMO。
頭の中で考えていること = AIを部下にしてマーケの仕組みを作る人。
心の中にあるもの = 知識と経験をつなぎ、アイデアを実装する人。
「名刺の上」はクールでいい。「心の中」は温かい。だからベースカラーはスレートグレー、アクセントはディープオレンジになった。「会ったときにサイトのイメージそのまま」がコンセプトだ。
小さなサイトを作るのに、AIと何時間話したかわからない。商品設計、コピーライティング、デザイン判断、ケーススタディの構成。全部、AIに壁打ちしながら決めた。
サイトを作る作業を通じて、自分が何者かを言語化できた。
「いなくなることがゴール」という自分の仕事のやり方を、弱みではなく強みだと認識できたのは、14個の商品を並べて構造を見たから。
構造が見えたから、言葉が出てきた。
言葉が出てきたら、デザインが決まった。
そしてそれは、クライアントに「あなたのサイトは名刺です」と言い続けてきた自分が、ようやく自分の名刺を作った、という話でもある。