私は「マニュアル」というホラー小説を書いた。

マニュアル|SLOW x EASY
マニュアル化を推進することで理想の国家となっていく一方、自身で判断することが危険思考になっていく近未来を描いた。
これは私の創造の世界であってほしい。ただ、その予兆を感じる瞬間がある。
マニュアル通りの情報を伝えるトークスクリプトやテンプレメールなどを利用していない企業はないだろうと思う。これらは業務の効率化や正確性を高めるために有用だとは思う。一方、これにより相手の反応に沿って回答する「思考力」や情報を伝える「表現力」は不要になっていく。今の時代はAIに相談すれば「思考力」や「表現力」がなくても十分に対応はできる。だから、業務を円滑に進めるためのマニュアル対応が社員の成長よりも重要視されているのかもしれない。
新社会人になった瞬間からこのような環境で仕事をしている若者は「思考力」「表現力」を磨く機会が少ないままキャリアを積んでいくことになりかねない。その若者が管理者になったときに新たな新社会人に適切な指導ができるだろうか。
Wantedlyにもキャリアを積んだ人材を募集する案件が散見される。これは自社で若者を育てられないから外部に人材を求めているという構図はないだろうか。若者を育てるつもりも育てる自信もないから、その場の業務を円滑に進めるだけのマニュアル対応を推奨しているということはないだろうか。「マニュアル完備なので安心してください」という募集が散見されるが、「一切の自己判断は認めません」と読めてしまうのは私だけだろうか。
もちろん、マニュアル化には大きなメリットがある。属人化を無くし誰が対応しても一定以上のクオリティの業務が遂行できる。伝え忘れや言い間違いといった属人化の失敗を防ぐことができる。一方、マニュアル化された「伝える言葉」ではすべての人に「伝わる言葉」にはならない。対応する相手の感性は千差万別であり、伝わり方も千差万別である。私にはマニュアル対応は「伝える」ための対応であり、相手に「伝わった」かどうかは目的としていないと考えている。契約書の細かい条文に書いてありますという対応と大差ないと感じている。これはお客様のための対応なんだろうか。
また、マニュアル化には対応した本人が責任を負わなくてよくなるというメリットもあると思う。マニュアルに書いてあることやテンプレメールで回答するということは、会社の意向を抜けもれなく伝えるという業務命令を遂行しているだけなので、それを伝えた本人は責任を取る必要がない。このためマニュアルは社員を守るためのツールと考えることもできる。そしてこのツールは判断力の醸成を阻害し、保身力を強化する可能性がある。
AI業務効率化も同じ構図になっていないだろうか。
私は「マニュアル」をホラー小説として書いた。ただ想定通り、この小説をユートピアと考える読者も現れてきた。
あなたはどっちだと思いますか。
