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脱・グライダー人間

私は団塊ジュニア世代で世間的に見ればいい歳した中年女性なのですが、いまさらながら高校の数学から学び直しをやっています。なんでかというと、①ずっと興味があった、②脱・グライダー人間を達成したいからです。

いざ勉強を始めてみると、自分が受けてきた教育が「処理に長けた人材」を輩出するためのものだったということがよくわかります。課題は既に与えられており、それを如何に迅速に正確に処理をできるかが評価の尺度の世界でした。その世界観の中であれば、私はそれなりの成績を残せた方でした。

「処理に長けた」人材である私は、誰かが決めた出発点から目的地へと滑空するグライダーのようであったと思います。地図を片手に自ら目的地を探して、自らに搭載された動力でもって飛ぶ飛行機とは対極の存在でした。

世は変わりました。出発点も目的地も予め定められることなく、自ら見出すことが求められ、「処理」に関しては人力よりも遥に性能の良い技術が正確性と速度と耐久性を担保してくれるようになりました。

数学、統計学、データサイエンスに関する学びを進めて行けば行くほど、再び職に就こうと活動を続ければ続けるほど、私の場合それが単なる「キャリアチェンジ」ではなくて、「生まれ変わり」を必要とされるほど大きな方向転換、つまり「脱・グライダー人間」を成し遂げ「(自ら飛べる)飛行機人間」になることを達成しなければならないことと同義だということを痛感させられます。

正直、心が折れそう(というか、ほとんど「折れてる」状態)なくらい厳しい状態だなと思いますが、残りの人生を「余生」と割り切るにはあまりに長すぎ、時間も体力も知力もありまっています。このまま「旧世界」にとどまり続ける覚悟をするのも、「飛行機人間」に転生するのと同じくらいむずかしいことです。

というわけで、針の穴に糸を通すように可能性の狭きところかもしれませんが、「つながり」を通してもしかしたらどこか自分の力でお役に立てるところが見つかるかもしれないと自分を励ましながら、できることを日々やって前を向いていこうとしている「北関東に埋もれた労働力」です。

最後まで読んでくださってありがとうございました。