最近のビジネス書で頻繁に出てくる「好きなことを仕事にする」という言葉。本当にそんなことが可能なのか?と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。しかし、株式会社スイッチサイエンスの社員として海外を中心に大活躍する高須正和さんは、自分が面白いと思ったことにどんどんチャレンジし、好きなことを仕事にしているひとりです。
高須さんは、「メイカー」と呼ばれる、ものづくりが大好きで主に個人で創作している人たちを支援し、そのメイカー達が集まるイベント「Maker Faire(メイカーフェア)」にも積極的に参加しながら、自身の活動の範囲を広げていっています。一体、どうやって好きなことを仕事にしたのでしょうか?
スイッチサイエンスの海外パートナーを増やす
ーまず、スイッチサイエンスはどのようなビジネスを展開されているのでしょうか?
「スイッチサイエンスは、電子工作で使われる Arduino や Raspberry Pi をはじめ、自社製品や委託販売の製品を含めて、およそ2,000〜3,000種類ほどのモジュールを販売しています。もともとは、社長が電子工作が好きで個人で電子部品を輸入していたのですが、『自分だけでなく、他の人も同じ部品を使うなら、その分も一緒に購入した方が単価が安くなる』ということで始めた会社で、今では電子工作好きなら誰もが知っている企業にまで成長しています。最近は、国内の電子工作好きだけでなく、教育・研究目的で使われる電子工作キットを販売したり、海外への販売にも力を入れています」
ー高須さんは、どのようなお仕事をされてるのですか?
「僕は『Global Business Development』という役割で、海外パートナーの開拓や、海外のメイカーフェアなどで自社をPRするためにプレゼンをしたりしています。入社してからだと、M5Stack(深セン)、DFRobot(上海)、Cytron(マレーシア)、Gravitech Thailand(タイ)などが、よく話をしている取引先です。中国の深センをはじめとするアジア圏はもちろん、Arduino や Raspberry Pi 、 Micro:Bit などの製品の取り扱いをしているため、ヨーロッパのイベントにも参加しています。日本では海外のメイカーを集めてイベントを主催したりしていますが、日本での活動はイベント主催と経費精算くらい(笑)。活動の中心は海外です。もちろん、さっき名前を挙げた取引先と実際に輸出入などの仕事をしているのは日本のチームで、会社のチャット(slack)ではいつもやりとりしています」
ースイッチサイエンスに転職したきっかけは?
「スイッチサイエンスとは、いろいろなメイカー向けイベントで会っていたり、お互い知り合いで、お声がけをいただきました。ここ数年、僕は前職で海外での活動が増えていて、そういう活動を続けられる仕事を探していました。そのときに、ちょうどスイッチサイエンスも海外に向けて自社の部品を売りたいと考えていたようで、海外で活動するのが好きな自分とニーズが一致して……」
ホームページづくりで仕事の面白さが芽生えた
高須さんが楽しいことを仕事にしたいと思ったきっかけ、それは就職氷河期にたどりついたホームページづくりでした。
―就職活動はどうでしたか?
「1997年に大学卒業したときは就職氷河期でした。卒業してしまうと学生ではないし、やることもない、それがとても辛かった。その時に『働きたいな』と思いましたね。
そしたら大学卒業したくらいにインターネットが出てきて、自分でホームページを作ったらその魅力に取り憑かれて。『これを仕事したい!』と思って、ウェブ制作の求人に片っ端から応募しました。その結果、広告代理店に採用してもらえたんです。
当時は役割が今ほど細分化されていません。ホームページを作るウェブ制作の担当としてデザイン、ライティング、撮影、コーディング、ディレクションすべてに関わりました。僕はその中でもサーバをいじったりネットワーク引くのが好きで、未経験でも他にできる人がいないから、やらせてもらえたし、数ヶ月も本気で取り組むと、質問されるぐらい詳しくなれた。当時のインターネットはそんな時代でした」
ーその後はどうされたのでしょうか?
「転職して中古車販売を行う企業の経営企画部のインターネット担当になりました。広告代理店とは違う、何か自社事業でビジネスをして売り上げを上げている企業に行ってみたいと思って。
当時は、インターネット担当として、どうやってマーケティングで他社を上回るかとか考えていました。そこで、インターネットでダイレクトセールスをやろうと。インターネット広告にいくらかけると、どれくらい売り上げが上がるかシミュレーションしたり、今では当たり前ですが、当時のWeb広告としては最先端のことをやっていたと思います。
少人数で色々な仕事を体験できてとても楽しかったのを覚えています。ただ、事業会社にいるとインターネットとかテクノロジーは、あくまで“道具”なんですよね。そのころ一緒に仕事していたパートナーがすごいテクノロジー企業で、当時の勤務先に有給申請してもパートナーには打ち合わせに行く、みたいなことを続けていて、結果的に転職することになりました」
ーそこで、どんな仕事をされていたんですか?
「そうですね。まあ、言われた仕事はあまりしてなくて…。誰もやらないような、会社のブログを書くとか、イベントに勝手に参加して会社の名前をPRしたり。メチャクチャなように見えてたかもしれないですけど、そこから人材採用につながったり、広報につながったりしたこともあって。ただ、“何をやってるかわからない社員”だったとは思います」
今の仕事の原点「深セン」で見たメイカーの世界
海外に行くことになった高須さん。これをきっかけに現在の仕事の原点である中国の深センとつながります。
「前職の仕事でインドネシア勤務になったのですけど、当時のインドネシアにはテクノロジーイベントが少なくてフラストレーションが溜まり、近場のイベントでみつけたのが、2014年のメイカーフェア深センでした。深センに行くのは、それが初めてで、そのときのゲストはその界隈では有名な大物ばかり。中国もそれまでの国営業支援ばかりでなく、DIYから生まれる街の発明家支援にに力を入れ始めたばかりのときで凄い盛り上がりでした。そして、このときに自分がやったプレゼンがウケて海外メディアにもかなり取り上げられたんですね。その結果、メイカーフェアを通じて各国のギークとも人脈ができて、いろんな国のメイカーフェアやカンファレンスに参加できるようになりました。その後シンガポール勤務になり、さらにいろいろな国の電子工作好きと付き合うようになって、これが本当に楽しくて。この原体験が、今の仕事につながっています」
今でこそ、中国のイノベーションの中心として注目を集める深セン。しかし、高須さんはそうなる前から、その可能性に着目していたようです。
「2014年に見た深センには面白いプロダクトがたくさんあって、例えば、タバコを一本吸うと『寿命がどれだけ縮んだ』と表示が出たり、SNSで奥さんに通知がいったり(笑)。ただ、そのときの日本では、テクノロジー好きの関心を呼ぶ場所ではありませんでした。こんな面白い場所があることを日本のメイカーの方々に知ってもらいたいなぁと思いました。
そこで、日本のテクノロジー好きたちに声をかけて、割り勘でバスを借りて深センの各所を訪ねるイベントをやりました。深センの人たちからは、『日本人がこんなことをやるのか!』と驚かれました。当時は深センには製造工場の視察などで、必要があって出張で来るのが当たり前だったので、“海外からテクノロジー好きが、純粋に深センで起きていることに興味があって来た”というのが、現地の方からすると衝撃的だったようです。このときは今ではForbesの表紙になるくらいの有名人エリック・パン(Seeed社長)が自社のスタッフを割いて協力してくれるほどでした。今でも僕たちは深センでイベントを多く行っていて、様々な国のテクノロジー好きが交流しています」
「もっとやれ!」応援してくれる人が自分を作ってくれる
様々な職種を経験した高須さん。これまでのキャリアをこう振り返ります。
「周りから一番評価されたことを続けてきているのかな?と思いますね。最初の会社でウェブ制作の技術を学び、2社目では事業開発のようなことを経験して、3社目は海外で仕事をしてみるとか。職種はバラバラだし、どこの会社でも“そこの本業”とは違うことをしていましたが、全てに共通しているのは『もっとやれ!』と応援してくれる人がいるから楽しくやれたのかなと。他人が自分の形を作ってくれる、そんな感覚があります」
ーここまでお話を聞いていると、高須さんはお仕事でやっているという感覚はないようですが…。
「そうかもしれないです。ひとつの仕事を突き詰めるプロフェッショナルにも憧れはあるけど、それより好きなことをやっている方がパフォーマンスは上がる。いろいろなことに手を出して、“みんなが喜ぶから、続けていこう”と思ったことが、結果的に続いている気がします。
今はひさしぶりの来日なので、スケジュールもびっちり詰まっているけど、それをもっと詰めてでもやりたいと思うくらい今が楽しいです。
でも健康には気をつけていますよ、言うほどできてませんが(笑)。あと睡眠時間もしっかり確保してます。もちろん健康な身体に産んでくれた両親にも感謝してます」
自分が作った物をシェアする人を一人でも多く輩出する
仕事を心の底から楽しみ、精力的に取り組む高須さん。その原動力には、ある目標があります。
「自分の目標の一つに、“自分が作ったものを世界に向けてシェアする、モノなら売る人を一人でも多く増やす”というのがあるんです。特に日本人は世界に対してどんどんシェアしていけると思う。“物をシェアする”という中で、“作る”っていうのは全体の割合からすると3分の1くらいで、その先に“プロデュース”や“プロモーション”までできて、やっと完結すると思うんです。作るだけでなく、プロデュースとプロモーションができるようになると、応援してくれる人が増えるんですよ。そうなると、わからないことがあったらすぐに教えてくれたり、助けてくれる人が増える。例えば自分の場合だと、本の翻訳をいろいろな人に手伝ってもらえたりした。イベントの運営も、多くの人に支えられています。これはとても大きいことですね。
自分が作ったものを誰かが買ってくれて、応援してくれる人が増えるって、メイカーとしてワンランク上がるように感じます。そのためにも『自分が本当に作りたい物を作る!』ってとても重要で、見る人が見たら、そうでない物ってすぐわかりますから。
自分が作りたいから作る、それが自分以外の誰かに認められてものが売れたり、動画がバズったりして応援されて、一緒に取り組む人が増えていくという流れができるのが理想的ですね。そういうことが増えていった方が世の中が面白くなると考えています」
ーありがとうございます。最後に今後の目標について伺えますか?
「自分のようにメイカーの世界で自由に仕事できる人をもっと増やしたいですし、そのきっかけをどんどん作っていきたいですね。忙しくても自分が動いてイベントを開催できるならやる。そうやって動くことで、これまで交流のなかった人同士が出会って『今度一緒に別のイベントに参加しよう!』となるかもしれない。それで、その人たちの人生が変わったら最高ですよね。実際、自分はそうやって変わってきた。
すでに自分以外にもそういう人は出てきてて、今深センに住んでいる知り合いが10人ぐらいいるんですよね。深センでなくても良いけど、そうやって好きなことベースに他の生活を変えていく人を今後2、3年で30人、人生を通して300人くらい増やしたいですね」
好きを仕事にして、その様子をイキイキと語る高須さん。自分が望み、周囲の人たちから応援されることで、それを実現できることを示しているのではないでしょうか。インタビュー中も笑顔を絶やさない姿を見ていて、こちらも楽しくなりました。
インタビュー後、颯爽と次の予定に向かう高須さん。メイカーが自由に働ける世界を作るべく、今日も精力的に活動します。
INFORMATIONS
彼の考えに触れる人がもっともっと増えるのが今の願い
高須さんが、個人的に世界一だと思っているメイカー、MIT卒のアンドリュー“バニー”ファンが自らの体験を語った「ハードウェアハッカー 新しいモノをつくる破壊と創造の冒険」が、技術評論社から2018年10月19日に出版されました。高須さんが翻訳を担当しています。
https://gihyo.jp/book/2018/978-4-297-10106-0
また、高須さんの著書もぜひ併せて御覧ください。
メイカーズのエコシステム(インプレスR&D)
https://medium.com/ecosystembymakers/books-ecosystem-604b1d74b854
世界ハッカースペースガイド(翔泳社)
https://medium.com/ecosystembymakers/hackerspace-d1cb55e77c50
最後に高須さんよりメッセージ
日本のDIY市場拡大に伴い、スイッチサイエンスでも採用を再開する予定です。販売関係も、製品開発(自社基板を作る)などでも事業を拡大したいと思っています。電子工作と人と関わるのが好きな人、国籍関わらずぜひコンタクトください。
高須さんのプロフィールや連絡先:https://medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac