東京スカイツリーのお膝元、墨田区にある倉庫の一角に社会を大きく変えようとする ベンチャー企業があります。それが株式会社 MUJIN(以下、MUJIN) です。創業してわずか7年足らずでありながら、2016年に第7回ロボット大賞(経済産業大臣賞)を、2018年には Japan Venture Award 2018(中小企業長官賞)を受賞し、いま急成長を遂げている注目の企業です。
今回はMUJINで、HR(人事)とPR(広報)の兼任という異色のポジションに就いている山内龍王(やまうち・りゅうおう)さんにお話を伺いました。
労働人口が減り続けている日本社会で、なぜ、MUJINの技術が求められるのか
MUJIN が提供しているのはロボットコントローラという製品。一般的には、なかなか馴染みの無い製品ですが、一体どのような製品なのでしょうか。山内さんは、このように話します。
「MUJINは工場や物流センターなどで導入されている産業用ロボットを知能化し、使いやすくする製品を作っています。産業用ロボットは、『腕』に当たるロボットアームと、『頭脳』にあたるコントローラで構成されていますが、ハードウェアそのものがあるだけでは使うことができません。頭脳にあたる、操作を制御するソフトウェアの部分が必要で、その役割を担うのがロボットコントローラなのです。MUJINの強みは、コントローラを動かすプログラム(アルゴリズム)のところなんです」
➖実際にはどのような業界で利用されているのでしょうか?
「製造業や物流業がほとんどです。どちらも自動化を積極的に進めなければならない状況にあり、数多くの引き合いをいただいております」
➖MUJINのロボットコントローラが必要とされている背景について教えていただけますでしょうか?
「それは日本を取り巻く社会課題を解決するためなんです。実は日本では20歳から64歳の労働人口が毎日2,000人以上減っているといわれています。少子高齢化の影響もあって、一つの大きな会社が無くなってしまう規模で毎日労働者が減っているのです。
その影響を強く受けているのが、物流倉庫や製造業の工場です。どちらも人手不足が深刻で、しかも人が集まらないのが実状です。特に、工場や物流倉庫は地方に拠点があり、仕事も大変なのでさらに人が集まりづらいです。
一方で、ECが普及するなどして、物流に対する需要がかなり上がっています。考えてみると、昔とは違って今は日用品までもネットで購入します。このため、物流にかかる負担は増える一方なんです」
➖これを解決する手段が自動化なんですね?
「そうです。自動化に関わる仕事をしているとよく『ロボットが人の仕事を奪うのではないですか?』と言われるのですが、実際のところは、物流倉庫や工場では人手不足が深刻化していて、日本の場合は特に、労働人口の減少が激しく、自動化待った無しの状況なのです。この世には人間にしかできない仕事が山ほどあるのに、人手が足りていないだけに、人間という限られたリソースが単純作業や過酷な労働に割かれてしまっています。私たちは、ロボットを使うことで、単純で過酷な作業から人間を解放し、人間が人間にしかできない、付加価値の高いクリエイティブな仕事をできるような世の中を実現したいと考えています」
➖人手不足の問題を自動化で解決できたら、社会的にも大きなインパクトがありそうですね。
「はい。MUJIN のロボットコントローラが製造業や物流の現場で利用されることで、ロボットを活用した自動化が進みます。我々は製品を通し、社会を支えるインフラを作りたいという想いで仕事をしています」
日本社会の課題を解決する役割を担うであろうMUJIN。その存在を世の中に広めるためにも、広報を担当する山内氏にかかる期待は大きいです。
「一般の人からすると、ロボットコントローラって何? ってなりますよね。実際に産業用ロボットはおろか、ロボットコントローラについてなんて、一般の人はほとんど知りません。みなさんに理解していただくためにも、露出を増やしていくというのはとても大切なことです。
変わったこと、新しいことをやっている会社なので、MUJINのことを世界に知ってもらうためにも、しっかりした情報発信をしたいです。そして、MUJINのフィロソフィーも知ってもらいたいですね」
ーなぜロボット開発ではなく、コントローラにフォーカスしたのでしょうか?
「ロボットはそれ自体がハードウェアで、実際動作をさせるには頭脳にあたるソフトウェアが必要になります。このソフトウェアを作るのが MUJIN の役割です。従来の産業ロボットは導入したらすぐ使えるというものではありません。使えるようにするには、『ティーチング』という工程が必要になります。ティーチングとは、文字通りロボットに動作などを教えることになります。人間は目の前にあるものを何も考えずともパッと手に取れますが、ロボットの場合は、関節値をいくつにしてロボットアームを何センチ動かしてなど、細かく教えてあげることが必要なのです。逆にいうと、作業をする上で必要な動作を全て教えておかないと、ロボットは実用化できないんです。それがロボットを活用する上で、非常に難しいところです。例えば、製造業の工場での部品のバラ積みピッキングの作業をロボットで自動化しようとしたら、ロボットが実際に現場で使えるようになるまでは、ティーチングに1年以上かかることもあります。せっかく導入しても、すぐには使えないというわけなんです。
現在の日本では、作業員100人に対して1台程度しかロボットの導入がされていないと言われています。この原因の一つがティーチングにあると思います。良いハードウェアはあるんですが、それを活かすソフトウェアがないというのが実情。そこで、AIを活用した優れたソフトウェアを提供しようとしているのが MUJIN なのです」
➖AIということは、今話題のディープラーニングで学習させているんですか?
「いえ、MUJINでは別のアプローチを取っています。それが“モーションプランニング”という手法です。ディープラーニングを使わないのには理由があります。ディープラーニングは失敗しながらソフトウェアが賢くなっていきます。しかし、工場などのシビアな現場では、ロボットがおかしな動作をすると大事故につながるリスクがあります。
一方、モーションプランニングは制約条件をあらかじめ与えているので、失敗しながらということはありません。ティーチング作業を排除しながらも、確実で安全な動作を実現できるのです」
「通常であれば、ばら積みピッキングの作業の自動化をロボットに動作ティーチングをして実現しようとすると設備化まで約1年ほどかかりますが、MUJINのコントローラを使うと、3Dセンサーで物を見て、取りに行く動作をコントローラが考え、完全ティーチレスで自律的にロボットが動作するため、数週間で設備化が可能です。また、ティーチングで動かしているのに比べ、ロボットアームの動きも滑らかで、より速くスムーズにピッキングができています」
※ティーチングは一切しません。
➖稼働中の動画を拝見すると、いかにもロボットというカクカクした感じの動きではなく、無駄な動作なくスムーズにロボットアームが荷物を掴み、置き場まで持って行きますね。本来のアームの性能を十分に活かしているように見えます。
「そうなんです。ソフトウェアが良ければ、ロボットアームのポテンシャルはもっと引き出せるんです。大手自動車工場でも、自動化できているのはわずか5%と言われています。溶接や塗装などの工程は従来通りティーチングによって自動化できるのですが、それ以外はまだまだ手付かずです。そこには、部品のバラ積みピッキングや運搬作業というロボットでは難しい工程も含まれます。MUJINコントローラを使ったロボットの知能化によってロボットの応用範囲を拡げ、そういった難関工程の自動化をMUJINは推進しています。
物流倉庫の場合は、ピッキングする対象が数万点と製造業の場合に比べはるかに多いんです。このため対象物に合わせてティーチングをするのは実質不可能であったので、物流倉庫で利用されているピッキングロボットはほとんどありません。しかし、MUJIN のロボットコントローラーを使うと、物を見て、考え、自律的に動作することができるので、ロボットによる物流倉庫内でのピッキング作業の自動化を実現することができました。」
世界の一流大学を卒業した優秀な人材が集まる理由とは
最先端のAI技術をフル活用して製品を提供するMUJIN。それを支えるのが優秀なエンジニアをはじめとした人材です。日本国内のみならず、海外からも優秀な人材が集まっています。人材採用で苦労する企業が多い中、なぜこのようなことが起きているのでしょうか?
➖今、会社は何人体制なんですか?
「60人ほどですね。従業員数も年々倍になっていますし、売り上げも倍々で伸びています」
➖採用計画はどうでしょうか?
「割合としてはエンジニアを多く募集していますが、営業や管理部門などでも求人を出しています」
➖MUJIN が優秀な人材を採用できるのはなぜだと思いますか?
「MUJINの採用方針として、本当に良い人材しか採りません。人材の質は仕事の質、ひいては会社の質に直結します。世界を変える仕事をするにはやはり優秀な人材が不可欠ですのでMUJINは創業当時から一切妥協はしませんでした。優秀な人は優秀な人たちと働いて切磋琢磨したいものですので、これが結果的にMUJINのブランドとなり、優秀な人材を引き付ける要素になっていると思います。
あと、エンジニアについては、CTOのロセン(出杏光 魯仙氏)がモーションプランニングの世界的な権威なんです。そのロセンと一緒に仕事をしたいというエンジニアが世界中から集まっているのもあります」
➖ちなみに、MUJINの採用フローはどのようになっているのでしょうか?
「MUJIN はCEOの滝野とCTOのロセンの2人がトップになっていて、役割はロセンが技術の責任者、滝野が営業や管理部門などビジネスサイドの責任者となっています。採用についても、エンジニアの採用はロセン、それ以外については滝野が判断します」
➖どのような人材が向いているのでしょうか?
「エンジニアでも営業でも共通しているのは、何か突出した能力を持っていることですね。これだけは負けないというものを持っているかどうかが重要です。
あと、各々の業務を行う上での基本スキルなどは必須として、ベンチャーという特殊な環境に馴染めるかですね。業務範囲も広いですし、そういう意味ではコミットメントと情熱を持って仕事をする人に来て欲しいです」
創業7年でありながら、着実に歩みを進める MUJIN。いつの日か、MUJIN のロボットコントローラが、見えないところで私たちの生活を支えている日が訪れるのではないでしょうか。そして、AIは私たちの仕事を奪うものではなく、支えてくれるものという認識が世の中に広がる契機になるかもしれませんね。
次回、後編ではこの MUJIN の人事、広報として大活躍されている山内さんにフォーカスします。もともと外資系のエリートビジネスマンだった山内さんは、なぜ MUJIN に転職を決めたのか?その真相に迫ります。