「生活に潤いを与える」新世代のロボット開発に挑戦する GROOVE X 林要(はやし かなめ)さん。前編では、自社ロボットの開発状況や独自の組織づくりにスポットをあて、お伝えしてきました。
前編▶Pepper元開発リーダー・林要氏が挑む、次世代ロボットを生み出す「アート」と「学術」を組み合わせた組織づくりとは
後編では、GROOVE X を率いる林要さんのキャリア論を中心にお伝えします。トヨタ、ソフトバンクという誰もが知っている大企業を渡り歩き、起業に至るまで、林さんはどのようなことを考えてきたのでしょうか。
キャリアの中で、一番迷ったとき
林さん初の著書である「ゼロイチ」では、日本企業で数々のイノベーションを起こし、そして起業に至るまで、たくさんの壁を乗り越えてきた発想の方法が描かれています。
読むと決断よく動いていたように思えたのですが、意外にもそうではなかったようです。
―林さんの中で躊躇したことってあるんですか?
「躊躇ですか? ありますよ! 会社を辞めるときは躊躇しまくりでしたよ。いきなり『やーめた!』とはいかないですよ。うじうじ考えていますね」
―では、どのタイミングが一番悩まれましたか?
「一番しんどかったのは、トヨタからソフトバンクのときですね」
―トヨタを辞めるって勇気がいりそうですが。
「結構、トヨタの人って辞めないんですよ。だけど、辞めてみると分かるんですが、市場価値があるんですよ。辞める人が少ないからバリューになる。人のやらない選択をすると、その後はだいたい大変な目にあうんですけど、そこで得た経験は価値になりやすいのかもしれません」
トヨタで学んだ、モノづくりの厳しさ
新卒で入社したトヨタ自動車。林さんは現在でも大事なことを学んだと言います。
「僕は、トヨタの中で車の製品企画に携わっていたので、車に関わることは一通り全部見たんですよね。商品企画として、重さとか、法規制とか、量産性とか。それぞれにおいて、『ものを作るってこんなに大変なのか!』ということを学びました」
これらの経験は、ロボット作りにも活かされています。
「2015年11月に起業してるんですが、立ち上げたときからロボットを出すのは2019年って公言してるんですよね。そうすると、モノづくりに携わった経験の少ない投資家の方には謎なわけですよ、そんな長い間、何をやるんだって(笑)。でも、メーカーの人に言わせると、『かなりチャレンジングですね』と言われます。それくらい、モノづくりは大変だということは、経験してる人にしかわからないんですよね。軽い気持ちでやると、大火傷します」
納期に対する厳しさも、トヨタ時代に叩き込まれたそうです。
「いま起業時のプランから3週間分ほど開発が遅れています。投資家の方からすると、それくらいはほぼ“オンスケジュール”という認識になるそうなんですけど、僕としてはこの3週間遅れというのは屈辱的なわけですよ。納期に対する意識は、トヨタで学んだこと。大メーカーの良さって、死ぬ気でスケジュールを間に合わせるところ。あれは大メーカーの素晴らしいところですよね」
キャリアは「使命」を軸に考える
これまで、様々な困難にぶつかりながらも乗り越えてきた林さん。自分のキャリアを選択する上で、とても大切にしていることがあります。それは「使命」です。
林さんは、まずキャリアを考えるときは、ウォーターフォール型 ※1 ではなく、アジャイル型 ※2 で考えるべきとおっしゃいます。
「先のキャリアをイメージして、何年後に何をしようと、バーっと未来まで絵を描くのは、僕はウォーターフォール型なんじゃないかと思っていて。いま世の中のソフトウェアの開発方法は、変化の速度に追随するためにウォーターフォール型からアジャイル型のスクラムに変移していますよね。不確実性の高い開発は、ウォーターフォールって難しいよねと。未来を予測しながら考えると、そこにバイアスがかかってしまって、時々刻々と状況が変化しているときに、最適な判断ができなくなる。だから不確実で流れが速い時代のキャリア形成も同じく、ずっと考え続け、最適化し続けるアジャイル型が良いと思うのです。基本的には学習と適用のプロセスをどれだけ回せるのかが大事かと。半年前と言っていることが変わってもいい。その時どきで最適な判断をし、経験から学ぶプロセスの中で、自ずとキャリアが作られていけばいいと思っています」
※1 ウォーターフォール型…ソフトウェア製品開発の手法で、トップダウンで作業工程を分割して開発すること。プロジェクトの完了日や仕様は、開発途中で変更されないなど、緻密な計画を立てて開発するのが特徴。
※2 アジャイル型…ソフトウェア開発の手法で、短い期間で実装、テスト、修正のサイクルを回し、徐々に開発を進めていくこと。ウォーターフォール型に比べ、不具合や仕様変更などに対し、臨機応変に対応することができる。
―では、最適な判断はどうやってするんでしょうか?
「私の場合は、自分が今まで築いてきたキャリアに基づく“使命”を意識することですね。私にとって“使命”とは神から与えられた啓示というよりも、もっと現実なフレームワークで、自分がしてきた経験を繋いだとき、その流れ全体に理由をつける作業なんです。だから使命を意識するって、それはある種の思い込みかもしれません。自分ってこういう使命があったから、こういうキャリアを築いてきたと結びつける。自分が築いてきたキャリアには何らかの使命があるはずだという考えをベースに、次の一手を判断しています。これってファンタジーのように聞こえるかもしれませんが、実は経験の組み合わせにストーリーを持たせて考えることで、自分自身に踏ん張りを効かせられるんです。だからこれは自分の市場価値の最大化も狙える合理的なフレームワークだと考えています」
―使命を意識することは、よくあるんですか?
「使命を意識するときって、意思決定するときなんですよ。不確実な未来に対する意思決定という意味では、例えば手相占いに頼るという方法もありますね。私の場合は、悩みに悩んだ末に決まらないときに、最後は使命に頼るべきだと考えています。論理的に解決できない場合には、それ以外に合理的な判断の軸がないのです。
最終的に決めるのは自分です。何があっても自分がケツを拭く覚悟をもって決めることにしか、人は責任を持てない。そういう重い判断のときに、使命のせいにするとだいぶ楽ですよ」
―えっ、そうなんですか?
「結局、なんか選ぶじゃないですか。選ぶときに、それ失敗したらどうしようって思うじゃないですか。例えば、独立のときって怖いですよね。それを使命を基に選ぶ。そうやって選択を何回かすると、そのうち慣れるんですよね。うじうじ悩むという経験を毎回やるってしんどいんですよ。だから、“自分はこういう使命だから”って決断していくと段々楽になる。ポンポンと決められます」
使命を意識し、フットワークを軽くする
「使命は、正直こじつけでもいい」と語る林さん。そこまでこだわるのは、きちんとした理由があるのです。
「使命を意識するってどういうことかというと、自分がもっている独自性がわかるんです。使命を意識しないと、漠然と新しいこととか、自分が嫌なことを避けるとか、そういうことになるんですよね。それは市場価値的に非常にもったいない」
―ご自身が使命を軸に考えるというのは、何をきっかけにそうなっていたのでしょうか。トヨタの時代から、自分の使命に忠実に従ったほうが良いとお考えだったのでしょうか。
「薄くはかなり初期から認識していたと思います。ただ、かなり薄くで...。これって誰でも持っているんではないでしょうか。自分って何のために生まれてきたの? というのを一度でも思ったことがある人は、使命について考えた人だと言えると思います。あとは、自分が生まれてきた使命を、今日の仕事にどこまで結びつけるかだけだと」
―今はもう、かなり結びついているんですか?
「完全に結びついていますね。たとえば若い子が勢いで起業するのは見ていて気持ちいいですが、私のようにいろんなものを背負いすぎているオジサンが起業するときは、もはや一攫千金狙いなどでは、怖くてできないですよ。むしろ、使命と役割を意識しないと、フットワークが悪くなる。その時代において、自分はこれをやらなければいけないんだというのを担わないと、逆に怖くて起業なんかできません」
「嫌な仕事」と「自分にマッチした仕事」を組み合わせることで生まれる、自分にしかない価値
仕事をしていると、「やりたくない」と感じる嫌な仕事もあります。しかし、その嫌な仕事との向き合い方について、林さんはこう答えます。
「嫌な仕事をやらされた結果として身につけたスキルってあるわけですよ。嫌な仕事ってどういうことかというと、『自分には合わないけど、他の人には合う仕事』です。ただ、そういう自分には合わない仕事なのに、繰り返しやっているうちに、できるようになってくることもあるんです。この“自ら選ばないような種類の仕事”と、“自ら積極的に選びがちな種類の仕事”が組み合わさったとき、大変なバリューが生まれる可能性があります。なぜなら、自分と同じようなタイプの他の大多数の人は、自ら選ばないような種類の仕事はできない事が多いからですね」
「こういう嫌な仕事でも経験することになったのは、何らかの理由があるのではないか。そう考えて、自分にとって嫌だった仕事と、自分にマッチしていると思っていた仕事を組み合わせた領域は自分の役割を見つけやすい。何をすべきかが見えてきて、迷子になりにくくなります」
―嫌な仕事さえ、自分の役割を見つけられるものと捉えているんですね。では、今まで後悔したことは?
「ちょっと前のできごとは後悔を引きずったりしますが、いつまでも後悔が残ることは無いですね。あのとき、ああしておけばよかったと、そんなの人生いくらでもありますよ。でも、それを消化した後というのは、それも含めて経験だったなと思えます。そういったものはすべて、使命を構築するプロセスの1ピースに過ぎないって、自然と思えるんです」
GROOVE X の目指す先にあるビジョン
「己の使命を持って、挑戦し続ける」。その林さんが考える未来はどのようなものなのでしょうか。
「今後、AIやロボットの活躍によってベーシックインカムで仕事をしなくても生きていけるようになるから、人は遊んでいればいいんだ、なんて言われる事もあります。しかし私は、そうなったとしても人々の選択は大枠としてはあまり変わらないと思っています。なぜなら、今でも中東のお金持ちで、働かなくても食べていけるような名家のご子息ですら、敢えて自らの選択で、一般企業に生きがいを求めて働きに出ていたりするんですよね。人は働いていようが、遊んでいようが、自分の役割を持つとか、それによって社会的に承認をされることが大事なんです。餌を与えられて、ただ命をつないでいくのに耐えられない」
「だから、仮にベーシックインカムの時代になって、仕事をしなくてもある程度お金が手に入り、遊んでいても良い時代になっても、結局今までとあまり変わらないと思うんです。今だって仕事で成果を出している人は、仕事が遊びの延長と捉えているような人達だったりしますね。だから、自分がどうやって社会での役割を担い、どうやってより良い明日を築けると信じていられるのかを追求することが、幸せだと考えています」
「今までと変わらない」。そんな未来に、人間にとって何が必要か。最後に、林さんはこのように答えてくださいました。
「私たちが作ろうとしているロボットの存在は、人のパフォーマンスを上げるものにしたいです。人のそばにいて、人の気持ちをサポートして、潜在的な力を発揮できるようにする、そのためにだったらなんでもします。それが恐らく、今後人間が必要とすることです。人にとってかけがえのない存在を作る。それをやっていきたいと考えています」
「使命を軸に考える」。これからキャリアを真剣に考える方にとって、まさに金言ではないでしょうか。この記事を読んでいるかたは、自分の進むべき道について真剣に考えていらっしゃる方が多いかと思います。また、決断に迷い、うじうじされてる方もいらっしゃるかもしれません。そんな時は、ぜひ林さんの言葉を思い出してみてはいかがでしょうか。「使命」を軸に己の道を突き進む林さん。今後の活躍がますます楽しみです。