前職では東急ハンズのオムニチャネル推進部に所属し、SNS運用などのデジタルマーケティングやアプリケーション開発などに携わっていた緒方 恵(おがた けい)さん。現在は、中川政七商店のCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)として活躍しています。デジタルにのめり込んだきっかけは、前職での「上司との出会い」が大きかったそうです。
そんな緒方さんがはじめての転職活動で選んだのは、デジタル部門がない創業300余年の奈良の老舗企業・中川政七商店。入社後、中川政七商店“らしさ”や一体感、また風通しのよさを強く感じたと語っています。
前編では、中川政七商店の社風やCDOという役職、また、中途採用者のミッションについてのお話を伺いましたが、後編では、転職先として中川政七商店を選んだ理由、そして今思い描く、将来の夢をお話いただきます。(2017年9月)
前編▶「日本の工芸を元気にする!」中川政七商店CDO・緒方恵さんが考える職場の一体感とエネルギー
―転職したときに、大切にしていたことはありますか?
「僕は人生で“何を”するかではなくて“誰と”するかを大切にしています。ずっと『誰とやるか』というベースで物事を考えてきたんですが、一度も失敗したと感じたことがないんです。僕は会社に属して机を並べるのであれば、そこには一体感がないと意義がないと思っていて、極端な話、ひとりでやるのであればフリーランスという選択肢もある。でも、ひとりでできるかもしれないことを、会社という組織でやるのであれば1+1が2ではなく、4とか10とか、もっと大きな数字になる――。それが僕にとって仕事の醍醐味なんです」
「もちろん“何をするか” も大切だけれど、優先順位は1つ下。チームメイトとともに『俺たちは最強のチームだよな!』という確信を持って取り組みたい。優秀で一体感を持てるメンバーが5人くらいいたら、世界を変えられると思っているんです。例えるなら、ドラクエのパーティーを探す旅みたいな(笑)。最強の自分だけのパーティーを探したい。
今回が初転職ですが、結果的には結婚とあまり変わらない意味合いで、中川政七商店を選びました」
―それは、運命的ですね! “誰とやるか”を意識したのはいつからですか?
「潜在的にどこかで、常に“誰とやるか”を考えていたと思います。前職の上司(東急ハンズ執行役員兼ハンズラボ代表取締役社長 長谷川秀樹氏)が僕の人生をWEBデジタル系に変えてくれたんですが、彼に出会って“誰とやるか”を重視することに確信を得ました。彼の周りには、僕と同じように彼の“人”側面を重視する社員が多かったですし、彼は組織内風土として『雑談』を激しく推奨していたので一体感も出やすかったのではと思ってます。もちろん、不満や文句がゼロというわけではないけれど(笑)。本質を最短ルートで突く人だということは誰しもが理解していたので、私もみんなもついていくことに迷いがなかった。
ただ、転職中は仕事選びの本質が結婚することと同じだなんて考えてなかったですよ(笑)。初転職なので、最初は『うわ、ここってすごく給料がいいな!』とか、他の会社を見てそんなことも考えましたし(笑)。でも、最終的に社長である中川政七と出会って、『自分は“人”なんだな』と再認識しました」
家族に相談せず、退職そして転職。決めたら即行動の緒方さんに家族は驚きの連続だった?!
―実際に中川政七商店へ転職を決断したとき、ご家族の反応はどうでしたか?
「妻はとにかく、びっくりしていました(笑)」
―退職や転職について、事前に相談は?
「いいえ、全く(笑)。本当に急に転職を決めたんです。退職して他社でいくつか内定をもらっていたのですが、先方の企業さんには1ヶ月くらい考えさせてほしいとお伝えして、自分は本当にこれでいいのか? とかなり悩んでいました。そんなときに中川政七商店の社長、十三代・中川政七と話をして、『この会社だ!』と確信して、その日に入社を即決したんです。前職の上司には転職について相談をしていたんですが、中川政七商店へ行くことを報告したら『お前は超クールな決断をした!』って言ってもらえました。それまでは『もしあの代理店に転職したら、合コンをセッティングしてくれ!』とか言ってましたけどね(笑)」
―すごい(笑)。なぜ、中川政七商店に決めたのですか?
「中川政七商店は、人もそうですが、やりたいことも、マッチ率が非常に高かったんです。内定をいただいてとても悩んだ他の会社も、先ほど言った『この人が好き』『この人と仕事をしてみたい』という“人ベース”です。ただ、同じくらい“その人についていきたい”と感じたのであれば、その先は当然、会社のビジョン、やりたいこととの親和性が高ければ高いほど、自分にも会社にも良い選択になると思って」
「前職ではデジタル領域をひと通り経験して、すべてを全力でやらせてもらいました。とはいえ、自分の中に後悔や反省は当然メチャクチャあって、社長の話を聞いて、そこを補強して、RPGゲームで言うところの“強くてニューゲーム”をしたくなりました。中川政七商店はデジタル導入を、WEBをこれから始めるという段階の会社で、それはすごくいいな! と思って……。あと小売りという視点で言うと、中川政七商店ではSPAという性質もあり顔の見えるところにデザイナーやプランナーや職人さんがいて、彼らが必死に作ったものを売ることができるということが、『もう、超いいなぁ! 』って感じました。この人たちの汗と努力を伝えていきたいと」
―こういった判断するときって、日常的にも即断・即決が多いですか?
「そうですね。悩むときは悩みますが、即決も多いです。今回も妻は、僕がずっと悩んでいたのに、いきなり『次の仕事を決めてきた!』って帰ってきたんで、『どうしたの? 今まで悩んでいた時間はなんだったの?』って、本当にびっくりしていたし、ちょっと心配されました(笑)」
退職から転職まで一ヶ月、主夫を経験。
子どもと過ごして変わった仕事の価値観
―前職を退職なさって、転職までの間は専業主夫をしていた期間があったと伺っていますが……。
「ありました。『なぜ退職したのか』というインタビューを受けたとき、前職を退職して、肩書きが当時ニートだったんです(笑)。一緒にインタビューを受けた方は既に転職先が決まっていたんで……。ニートじゃなくて“息子のSP”をしているんだって言い張りました(笑)」
―父親として子育てに集中できる期間があったことで、なにかご自身の価値観の変化はありましたか?
「人生が大きく変わるタイミングってそんなにたくさんないと思うんですが、子どもができて時間への考え方が大きく変わりましたね。今までは妻の合意があれば、僕は何時間でも何日でも仕事に没頭することもできたんですが、子どもができて時間も考えずに仕事をしたら、妻との距離は当然、子どもとの距離も離れてしまう……。それでより効率的に仕事をしなければと思いました」
―効率的にってなかなか難しいと思いますが。
「“効率”という言葉を自分の子どもにあてはめて考えてみると、子どもと効率よく接するってなんだろう? と一瞬思いますけど、仕事の効率化と同じで、外してはいけない物事・濃密に煮詰めなければならない物事に向き合って素早く適切に解決するということなんです。そして、効率的に仕事をするということは、子どもが仕事よりもプライオリティが高いということでは決してなく、人生というひとつの時間軸の中でパズルをはめるように時間の使い方をデザインしようということです。一時期、子どもと仕事を並べて考えてしまったこともあったんですが、そのときに、子どもを大事にすることイコール仕事を短い時間で終わらせるということではない、幸せとは子どもも仕事もどちらも一生懸命に妥協なく取り組んで形成されるものだと改めて気がついて、そこから仕事とか子どもとかでわけるのではなく“人生時間の効率化”を考えるようになりました。
ダラダラ長時間働いてしまうこともある自分的にはハッとするものがあり、簡潔に言うと、人生の集中力を高めて生き直そうということだけですが、これを勝手に『ポジティブ効率』と呼んでいます。ただの捉え方の話に過ぎませんが、僕という人間はひとりしかいなくて、今まで以上に時間が限られてしまうことは事実。だから、“みんなの時間を楽しく豊かなものにするために、やらなければいけないことを煮詰めて効率化して適切に時間のパズルを埋めていこう”という意味なんです。人生を年とか日で捉えるのではなく、時間単位で捉えるという考え方に変えてオンオフの切り替えというものをいい意味で排除したということです。休みも『日』で休むという感覚はないです」
人生ではじめての転職や専業主夫の経験を経て、自分の視野が広がっていったと語ります。緒方さんがポジティブ効率と名付けて、仕事と家族を効率化することには、こんな理由がありました。
―時間の使い方以外で、気がついたことはありますか?
「はじめての転職活動をしながら子どもと過ごしていて気づいたんですが、自分の時間が限られていることと同時に、人生が大きく変わるときに限って、自分の努力だけではどうにもならないことがとても多いことを痛感しました。例えば、僕には息子がいますが、もしかしたら娘だったかもしれません。さらに“もしかしたら”を遡れば、結婚できるかも確実だったわけではないんですよ。もちろん、自分ではコントロールできない不確定要素がたくさんあるから、人生っておもしろいんだと思うんですけど……」
―そうですね。不確定要素って絶対ありますね。
「重要なときにコントロールできない部分がたくさんあるって、仕事も同じだと思うんです。転職でどんなにビジョンに共鳴して“やりたい!” と思っても、入ってみたら会社も上司もみんながブラックっていう状況じゃ続かない。だから時間の効率化を図りつつ、自分は何ができるのか、どこを確実にコントロールできるのか? を意識するようになりました。限られた時間の中で、できる限り確実性がある部分を正しく把握しておきたいんです。そのために、“ポジティブ効率”を行って、良い循環を作って、家庭にも仕事にも全力で向き合いたいですね」
―とても素敵なお父様ですね!
「もちろん、素敵なお父様です(笑)」
―プライベートでも、つい出てしまう職業病ってありますか?
「売れているものや興味を引くものを見てしまう、考えてしまう、そういうのはいつもです。人の心を動かす仕事なので、動画でも商品でも、おもしろいものがあればなんでも見聞きします。あとは、どうしてその商品を選択したのかはよく考えていますね。例えば僕は今朝、あるメーカーのミネラルウォーターを飲んだんです。それから、なぜそれを買ったのか? と考えて、そうだ! 以前やっていたアフリカの支援プログラムのCMが気に入って以来ずっと購入しているんだって。他にも、同僚や友達がなにか目新しい商品を買ったときは『どうして買ったの?』と、聞いてしまいます(笑)。これは、仕事というか趣味ですね(笑)。やっぱり買い物というコミュニケーションが好きなんです」
―昔から意識的に考えていたんでしょうか?
「デジタルを経験して、仕事をきっかけに趣味になったんだと思います。前職でHTMLも分からない、ヤフオクしか触ったこともないのに、突然WEBをやれって言われて、最初は正直、絶望したんですが(笑)。でも、必死にやってみたらデジタル領域はとてもおもしろかった。特に1対1で、しかも距離も時間も一切の制限を受けないSNS上のコミュニケーションに、死ぬほど衝撃を受けました。SNSを利用すると、僕は本社にいるのに渋谷店や町田店にいるお客様に、『ありがとうございます』って言えるんです。今まではお客様と対面していなければ言えなかったりメールだから必要以上に丁寧な文章で人間味がなかったのに……。これから1対1のコミュニケーションをより深く追求し続ける時代に突入したことを骨身で体感したという意味で、僕にとってはSNSがデジタル体験の原点なのかもしれません。その中で人ひとり一人の心理の動き方というのをより深く捉えられるようにアンテナの精度向上により努めるようになったと思います」
仕事はもっと人生を楽しむための手段。
未来は経験のない領域にチャレンジしたい
―緒方さんにとって仕事ってすごく楽しいものなんだなと聞いていて感じました。その仕事を単体で捉えると、どんなものだと思いますか?
「優先順位は、まず僕の人生です。僕が楽しく幸せに生きていくこと――。その手段のひとつに仕事があります。やっぱり生きるためにはお金を稼がなきゃいけないから、仕事はしなければならない。仕事は1日の一定量の時間を使うので、仕事もエキサイティングにしないと僕の人生もエキサイティングにならない。僕は生きるためにお金が必要で、その手段に仕事があって、その仕事をもっと楽しいエキサイティングなものにするために正しい選択をしようと思っています。仕事に楽しくなる要素がたくさんあると、お金を稼ぐための手段である仕事は、稼ぐという役割を超越して、さらに自分の人生の時間を消費して満足だと思えるくらい、楽しい時間になるから……」
「あとは、家族との時間とかプライベートのことになりますよね。それは一緒に過ごして楽しくするために、たくさん会話をするとか、コミュニケーションを取り続けること。もちろん、仕事だからって楽しさを切り捨てて、割り切ることもできるんでしょう。でも、貴重な時間を取られるのなら、楽しくしたい。だから、自分の気持ちに正直に職を選ぶべきだし、好きなことをするべきだと思います」
―緒方さんの最終目標が、中川政七商店でCDOという肩書きを不要にすることと伺いましたが。
「そうですね。意味は大きく2つあって、1つは単純に会社の中に商品を販売するという、ものづくりの活動のなかのひとつとして『デジタル』というものが自然に組み込まれている状態を目指しているので、それが完成すれば『デジタル』という冠はいらなくなるはず、ということ。2つ目は、役割分担を減らして、チームワークを増やしたいんです。例えばですが、今年に入ってからブランドマネージャーというブランドを統率する役員を組織のブランド統率者ではなく、『作る』『売る』『伝える』という3つの“役割”で分類し直しました。役割分担を明確にして、それぞれもっと強くなろうという狙いと、縦割りの数字判断を排除するためです。そして将来的には、ブランドマネージャーも含めた全員の専門分野にそれぞれが深い理解を持ち合い、判断が難しいことはひとりの責任者に委ねるのでなく、チームの合議で一瞬にして解決できる組織にしたいんです。3つの役割のトップであるブランドマネージャーがチームメイトと“仕事の型”を正しく作って、特定の責任者の許可や最終決断を必要としない、チームとしての“仕事化”を進め、その型を他チームに流通させ、相互教育体制を築き、教え合い鍛え合うというシステム。ジョブローテーションという仕組みでのスキルアップではなく、相互教育という仕組みで素早く全方位的に理解・成長ができる組織。それを目指したい」
「役割分担という分業が仕事の境界線を明確にすることだとしたら、チームワークって仕事の境界線を曖昧にさせるもの。中川政七商店はこの2つが上手に作用しているので、さらに進化させて、みんなで最適化を考えて進行できるとしたら、責任者ひとりの考えや判断で仕事を進めるよりスピードが上がるし、精度も高くなると思うんです。『聞いてないよ!』というものがネガティブではない状態」
―素晴らしいですね。そうなったときも、デジタルには残るイメージですか?
「いや、みんなが自発的に意思決定して仕事の精度がどんどん上がっていくならデジタルにはこだわらないです。この話は要約すると僕だけがデジタルのスペシャリストである状態はありえない、ということですから」
―肩書きが不要になった未来、やりたいことはありますか?
「工芸・ものづくりのコンサルティングチームには入ってみたいですね! そういった今までまったく経験のないことをしたいです。この先、自分のキャリアと職を見つめ直したら、きっと新しい何かが出るだろうと思います。今の僕の主軸は小売りとデジタルの2つだけど、そこに工芸・ものづくりという新しい軸が加わったら、何かが大きく変わる気がします」
―そうなると、中川政七商店でずっと仕事ができそうですね!
「自分では正直、この先のことはわからないです。ただ、幸いにも、この会社にいて別の道を考えたことはないですし、まったく思い浮かばないほど中川政七商店に入社してよかったって思っていますね。今、この会社でやりたいことが山ほどあるので、すべてをやり尽くすには引退するまでかかってしまうかもしれません(笑)」
常に仕事を考えつづけることは大変ではないですか? という質問に「そういう風に言うとキレイに聞こえるけれど、僕は単純にそれが楽しいし趣味なんです」と、おっしゃる表情が非常に印象的でした。人生を楽しむために、自分を、家族を、会社を心から大切にしている情熱に、自分自身も楽しむことの大切さを改めて認識されられました。緒方さんにCDOという肩書きがなくなったとき、いったい何をしたいと考えるのでしょうか……。
そのとき、改めてエキサイティングな人生を聞かせてほしいと思います。