西武池袋線の清瀬駅から車を走らせること5分ほど。車道の両側に田畑が広がるのどかな風景を進んだ先に見えてくる清瀬消防署で働く消防士・野尻ミドリさん。多岐にわたる仕事の中で野尻さんは、消火活動を行うポンプ車を運転し、現場に駆けつける機関員を担当している。
前編▶119番通報の裏側に潜入。入庁5年目。こうして私は機関員になった
後編では女性消防士として働くなかで感じること、そして、今後の展望を中心に話を伺います。
本当にやりたいと思ったことは、自分に合うかそうでないのかを考える前に一歩踏み出すタイプと自身を分析する野尻さん。そんな彼女が描く未来とは?
24時間体制下での心と体の休め方
消防士の仕事は、午前8時30分から翌朝の8時40分までの24時間体制だ。3つの班で構成され、ローテーションで勤務する。野尻さんが機関員を務める清瀬1小隊の隊員は、野尻さんを合わせて4名から5名。現場への出場がない間はそれぞれの持ち場で仕事をするそうだ。
「私が機関員を務める清瀬1小隊の隊員は、私を合わせて4名から5名いるのですが、現場が一緒というだけで、それぞれ担当する事務がありますし、夜は別々で行動しています。仮眠時間は確保されているので24時間通しで働くことはありませんが、割り振られた仕事が終わらないまま休むわけにはいきません。自分で上手にやりくりしないとちゃんと休めなくなりますね」
体をどう休ませるかも気になるが、もっと気になるのが心の休ませ方。消防署を訪れてから、この取材が行われている間も署内では頻繁に指令のようなものが流れていて、訓練を見せてもらっている最中も「今、通報があったらどうしよう」と想像しては緊張してしまう。
「入庁したての人間からよく聞くのは、空耳で電話の音が自宅でも聞こえるという話です。聞こえるはずないのに、指令の音とかも聞こえる気がするとか。『入りたてあるある』でしょうか(笑)。職業柄、物音には敏感です。電話に早く出るように教わっているので、電話はもちろん指令やカチャン、ガシャンといった物音が聞こえたら、一瞬シーンと静まって、職員全員が耳を澄ませるんです」
そういう仕事とはいえ、さすがに疲れないのだろうか。心の平穏を保つために工夫していることを聞いてみた。
「コミュニケーションをとることです。24時間ずっと緊張勤務というわけではなく、休憩時間もあります。休憩時間や食事の時間等では他愛のない話で笑いあったりしています。でも、意識の半分は常に指令が流れるスピーカーに向けています。とくに機関員になってからは。『いつくるんだろう』って常に思っているし、緊張感はもっていないといけないと思います。先輩からは『ほどよい緊張感をもて』『メリハリをつけなさい』とも言われるんですけど、それが難しいです」
男性と一緒に、対等に仕事をしたい女性へ
体力のいる消防士という仕事柄、男性と一緒に仕事をすることで見えてきたのはどんなことだろう。消火活動もすれば、運転もする。野尻さんの話を聞いていると意外にも、消防士の仕事に男女の垣根はないのかもしれないと思えてくる。
「男性も女性も一緒だと思います。そこがこの職業のいいところです。入ってしまえば『女性だから』って言われることもない。なんでも一緒にやらせてくれて、できない場面ではフォローしてくれます。男性と一緒に仕事をしたい、男性と同じように仕事をしたいという女性にとってはすごくやりやすい環境だと思います。一方で女性の場合、結婚や出産を経て、ライフスタイルが変わると24時間体制で仕事をするのが難しくなるかもしれません。たとえそうなったとしてもいろんな道がありますし、相談にものってくれますよ。
できない場面ではフォローしてくれると言いましたが、現場でも訓練でも重いものをもつという状況は絶対にあるので、そこは男性陣にも負けないようにと思ってますね。『できない』とかは言いたくないですし、自ら持ちにいったりもします。ある現場で、手が空いていたのが私だけだったので、消火薬剤が入ったすごい重さのポリタンクを運んだことがありました。さすがに終わったあとは『さっきの現場、ハードだったなぁ』って思いましたね」
野尻さん自身は、ライフスタイルが変わった後のことについてはまだ具体的に考えていない。しかし、いずれははしご車の機関員になるのが夢だ。
「はしご車の機関員になるには、現在担当しているポンプ車とはまた違う技術や知識が必要で、資格を取って、研修にも参加しなければなりません。はしご車を操縦・運転するためには交替制勤務である必要があります。なので、私はこれからも交替制で勤務したいという想いがあります。
でも、結婚をして出産を経験すれば、交替制での勤務は難しくなると思います。そんな時は、毎日勤務員として別の分野で自分のやりたいことが探せる。消防という仕事の魅力は、ライフスタイルの変化にも対応できる選択肢の多さでもあると思っています。今後自分にどんな変化があるかわかりませんが、そのときまでに今やりたいことをやっていきたいと思っています」
仕事の出来がプライベートを左右するのは本当にやりたいことだからこそ
消防士の仕事には人の命を左右する大きな責任が伴うが、一体どんな理想を掲げながら仕事をしているのだろう。
「もちろん災害被害を最小限に抑えるのが理想です。でも、どんな現場でも絶対に反省点は残るので、『あそこはこうすればよかった』と思うことが常です。次の活動をもっとよくするために、その日の活動を隊員同士で振り返り、必ず反省点を共有するようにしています」
では、野尻さんにとって仕事とは?
「プライベートが充実すると仕事が充実するという人もいると思うんですけど、私の場合は逆で、仕事が充実していないとプライベートでも引きずってしまう。それは最近気づいたことです。機関員は本当にやりたかったことなので、失敗したらそれなりに悩みます。家で思い出してしょんぼりしたりとか。そういう場面がすごく増えました。休日はプライベートな時間とはいっても、仕事のことを全然考えないというのは難しくて。当番が近づいてくると、『次は何をするんだっけ』というふうに常についてくるもの。仕事を有意義にしないとこの先のプライベートにまで影響してくるんだろうなと実感してます。
生きがいと言ったらおおげさだけど、そんなふうになってきているのかなと。仕事だけじゃなく、プライベートに関することも学べるし、成長できるから、生活まで有意義になったりとか。この先もずっと働き続けるのでますます人生のなかで欠かせないものになっていくのかなと思います」