さまざまな日用品からブランド品までが格安でそろう日本最大級の総合ディスカウントストア、ドン・キホーテ。外国人観光客からも大人気でいつも大勢の人で賑わっているドン・キホーテですが、品揃えと安さ以外にもある特徴があることにお気づきでしょうか。それは、店内をぐるっと見渡すとあちらこちらに大小さまざまな手書きのポップが飾られているということ。普段は何気なく見ているポップですが、改めてひとつひとつ見てみるとそれぞれ創意工夫が凝らされていることに気がつきます。このポップは一体誰によって、どのように作られているのでしょうか。まずはこちらの動画をご覧ください。
動画▶http://www.donki.com/movie/movie.php?movieid=PiIPGkYYuaMよどみのない動きであっという間にポップを仕上げてしまうさまはまさに神業。実はこのポップを作っているのは「ポップライター」と呼ばれる専門職の方々なんです。ドン・キホーテが独自に採用枠を設けて例年500人ほど採用しているのだそうです。
今日はドン・キホーテ本社に併設するドン・キホーテ中目黒本店にて、ポップ制作に従事している本宮 由貴子(もとみや ゆきこ)さんにお話を伺いました。
ポップ制作のいろは
ドン・キホーテのポップは、案内板としての役割だけでなく、購買意欲を促進するものとしても大きな役割を担っています。ポップがあるかないかでは売り上げが変わってくるそうで、商品担当者からも「手書きのポップと一緒に陳列してほしい」という依頼が来るくらいなんだそう。
商品の売れ行きをも左右するドン・キホーテのポップ作りは、売り場担当者から「依頼書」を受け取るところから始まります。
「依頼書には、売りたい商品の名称や特徴、値段やコメントなどが書いてあり、大きさも指定されています。多いのはA3やA4サイズですが、平面だったり立体のボードだったり変形のポップだったりと本当にひとつひとつ違いますね。複雑な指定があるものや、担当者が熱を入れてプッシュしたいと思っている商品などについては、依頼書だけでなく口頭でもディスカッションしてどのように仕上げるか話し合っています」
−依頼書を見た段階で、すぐに完成形が浮かんだりするのでしょうか?
「ある程度は浮かびますね。逆に担当者の中ではっきりとしたイメージがある場合は、参考画像などを見せてもらうことですり合わせています。ただ、たとえば商材が殺虫剤だったとして、担当者から『虫と殺虫剤が戦っている絵を入れてほしい』と言われたときに、どういうふうに戦っていたらおもしろいだろうか? というさらに具体的な構図やポーズで悩むことはあります。とはいえ、回数を重ねていけば慣れの部分も大きいのですが(笑)」
−ポップ制作にはどれくらいの時間がかかるものなのでしょうか。
「シンプルなポップであれば一日に50〜60枚ほど作ることができます。下書きも不要でそのまま書き始められるので。大きいものや複雑なものだと、もっと時間をかけます。たとえば今はハロウィンということでサンプルの試着と撮影ができるブースのようなものも作ったのですが、あれは2〜3日かけて制作しました」
そのハロウィンの試着・撮影ブースというのがこちら。
人気のSNSを模していて、思わず撮影してみたくなる工夫が。撮影したお客さまのSNSに掲載されることで店舗の宣伝になるだけでなく、売り物のサンプルを試着できるようにしているため購買きっかけにもつなげています。
小さいものからこのような大きいものまでさまざまなポップを手がける本宮さん。なんとこの道18年の大ベテランで、後進のポップライターを育てながら実務もばりばりこなしている方なのです。本宮さんは、一体どんなきっかけでポップライターの道へ足を踏み入れたのでしょうか。
ポップライターという職業
聞けばその動機はとても率直なものでした。
「自分はどんな仕事がしたいんだろうと迷っていた時期に、元々字を書くのが好きで小学校でずっと書記係をしていたということから、通信講座で『ポップライター講座』を受講してみたんです。受講が終わったあと仕事にするべくポップライターの求人を探したんですが、なかなか募集自体がない状態で。やっとみつけたスーパーマーケットのポップ制作の職に応募したところ、そこは即戦力を求めているということで採用されず…次にドン・キホーテのポップライターの求人を見つけて応募したんです」
−それが運命の出会いになったのですね。その当時ほかにポップライターは何人ほどいらしたのですか?
「新宿店での採用だったのですが、店舗には2人の先輩がいました。当時はマニュアルもなかったので、先輩にひとつひとつ教えてもらって、見よう見まねで勉強したんです。ですがひとりの先輩は2ヶ月くらいで退職してしまって…(笑)かなり早い段階で実践に放り込まれましたね」
それから18年。ポップライターの教育係として現場をまとめていく立場になった今でも、その口からは非常に謙虚な言葉が飛び出します。
「正直、今でもちゃんとできていると自信を持って言えないんです。『良くできた』と思うことはあっても『完璧にできた!』という感覚には滅多になれなくて。それに私は飲み込みも遅く試行錯誤していた期間も長かったんですよ。職場の仲間がみんな優しくて文句言わずに使ってくれたのでここまで来られたなあと。
職人になるには10年の修行とはよく言いますけど、確かに10年経ったくらいからなんとなく動じない心は身についた気がします(笑)」
−本宮さんの中でどんなポップができたら「良くできた」と思うのですか?
「配置や文字間などのバランスが良い作品ですね。やっぱり調子が良いときと悪いときというのがあって、後から完成品を見ると想像していたのとバランスが違ったなと思うときがあるんですよ」
−ポップライターとして成長したいと思ったらどんな勉強が役に立ちますか?
「お店ごとにライターがいるので、他店のポップを見て良いなと思うところをまねしてみします。あとは改装のときなどは他店からヘルプの方が来てくれたりするので、そんなときはお互いに刺激を与えられる良い機会ですね。
個人的に一番実践していることは、ドン・キホーテではないお店のポップを見ること。雑貨屋さんやCDやさんに行くと、ドン・キホーテとはまた違った趣向を凝らしたポップがたくさんあって勉強になるんですよ。
あとは時事ネタやパロディをポップに反映させることが好きなので、ニュースを見たり流行っているものがあればチェックしたり。創作意欲がわいてくるという意味では美術館に行って現代美術に触れたりとかしますね。行くともっとポップを作りたくなってきます」
−日常的なことが勉強につながるんですね。
「はい。駐車場の看板なども勉強になるんですよ。ああいうのって、限られたスペースでお客様に何かを説明する必要があるじゃないですか。それはポップにも通ずるところなので、わかりやすい案内板などがあればなぜわかりやすいのか、どういうふうになっているのかという点を考えながら見ています」
日頃から仕事を意識しすぎるわけではなく、なにげない日常にヒントがたくさん落ちているという本宮さん。18年間という長い期間この仕事に従事しているからこそ、自然体で仕事に取り組めているのだろうという印象を受けました。
今や大ベテランとして後輩を育てる本宮さんですが、初めてドン・キホーテに採用されたときは未経験からの応募だったそう。後編では、ドン・キホーテとともに成長してきた本宮さんのこれまでを掘り下げていきます。