国内外に多数の店舗を構え、「行けばなんでも揃う」と顧客から厚い信頼を寄せられている東急ハンズ。その子会社として、2013年に生まれたのがハンズラボ株式会社です。ハンズラボは、小売業向けの業務システムを開発するITソリューション企業。実際に数十万に及ぶ膨大な商品を取り扱ってきたというバックグラウンドを生かし、売り上げ管理や在庫管理、ポイントシステムなど、現場に最適なシステムを提案・開発しています。
東新宿駅直通の新宿イーストサイドスクエア。近代的なデザインが目をひくその大きなオフィスビルにハンズラボ株式会社はあります。見慣れたロゴが出迎える受付には、東急ハンズらしいアイテムがおしゃれにディスプレイされていました。
今回お話を伺うのは、そんなハンズラボを率いる長谷川 秀樹(はせがわ ひでき)さん。入社当時、東急ハンズのITシステムを抜本的に整備し、業績回復に貢献。その後もITシステムを大胆にクラウド化するなど、業界の注目を集める続けるキーパーソンでもあります。挑戦を恐れず勝負し続ける、そんな長谷川さんの仕事観とは一体どんなものなのか。じっくりとお話を伺っていきます。
上位職転職からの大胆なIT改革
まずは、長谷川さんがハンズラボの代表となるまでの経緯をたどります。その始まりは2008年、大手コンサルティング会社から株式会社東急ハンズへの転職を決意したことから始まります。
‐コンサルタントから情報システム部門の部長という、転職を決めたのはどうしてですか?
「実はコンサルタントという職業は、基本的に数字が右肩上がりの会社を見ることが多いんですよ。それで30代のときかな、ここでの案件は自分じゃなくても、誰が担当しても伸びる。もっと『ガイアの夜明け』に出てくるような劇的なV字回復をさせてこそコンサルティングなんじゃないかと思い始めました。その頃しばしばヘッドハンティングを受けていたんですが、ある日、業務改革の中ITまわりに経営課題がある東急ハンズを紹介されまして。『これだ!!』って思いました。
あともう一点。東急ハンズに大きな可能性を感じていたというのもあります。というのも、前職のときに海外のクライアントに日本の小売業社を紹介する機会がよくあったんですが、いろいろ紹介した中で『どれが一番気に入ったか?』と聞くとだいたい『東急ハンズ』という答えが返ってくるんですよ。理由を聞くと、『うちの国にないタイプの店だから』と。なので、転職の面接のときも、情報システム部に呼ばれていたにも関わらず『ゆくゆくは海外やらせてください』って言ったくらいなんです。社長も『うん、情報システム部が落ち着いたらね』なんてさらっと流してすぐ忘れてましたけど(笑)」
そうして東急ハンズへの転職を果たした長谷川さん。当時過度期にあった東急ハンズのIT部門改革を一任されましたが、自信があったわけではないと言います。
「情報システム部長として入社しましたけど、実はバリバリのシステムスキルとかは、なくて…。当時も前職時代の同僚に『お前が情シスの部長!? 営業じゃなくて?』って突っ込まれましたよ。
とはいえ、プレッシャーは全然感じませんでした。あの頃ドラマで『ルーキーズ』がやっていて、毎話泣きながら見ていたんですよ。主題歌の『キセキ』を聞きながら『よーし、今日もやってやる!』みたいな(笑)。楽しくてしかたなかった。寝てるとき以外はずっと仕事のことを考えていて、アイディアがふってくると『俺天才なんじゃないか!?』と思ったり」
−長谷川さんは上位職転職されたわけですが、チーム内での人間関係はスムーズに構築できたのでしょうか?
「僕、上位職の転職には失敗パターンがあると思っていて。それは『子飼いをつれて転職する』こと。だって、知らないやつらが急に入ってきて、自分たちのポストを奪っていって、『お前たちはだめだから言う通りにしろ』なんて言われたらついていきますか? いかないですよね。
特にコンサル出身の人は既にいるメンバーの否定から入ってしまう人が多いんです。そういうやり方で現場に嫌われて結局うまくいかないというパターンをたくさん見ていたので、僕はまず『このメンバー(既存メンバー)で、改革をやりきるんだ!』と褒めるところから始めました。するとまわりまわって、みんな良い仕事をしてくれるんですよね」
−それは転職前からそうしようと思っていたんですか?
「思っていました。それに自分が転職する前に、既に事業会社に転職していた先輩方にアドバイスをもらいに行ったんですよ。そのときもらったアドバイスの一つとして、『俺はこう思う』じゃなくて『お客さんならこう思うと思いますよ』という言い方をしろというものがありました。主語を自分にせずお客さんにすることで、意見を伝えやすくする工夫なんですが、そういったことも参考にしました。
僕は、人に意見を聞いたり教えを請うことに抵抗がない人間なので、相手が年上か年下かに関わらずわからないことは聞いてみようというスタンスでいるんですよ。」
社内ITシステムの整理がひと段落した10月頃には、今まで外注していたシステム開発を社内でおこなうよう、経営陣に提案。その理由を問うと、長谷川さんはあっさりと「その方が早いから」と言います。
「もし自分がシステムについて詳しい人間だったら、そんな提案はしなかったと思う。東急ハンズは小売業者なんですから、社内でITシステムを内製しようだなんて普通に考えたらリスクでしかないですよね。でも、高額でカスタマイズ性の低いパッケージ商品を使うより自分たちでやった方が金銭的にもスピード的にも絶対に良いという確信がありましたし、とにかくやってみたかったんですよ。やってみたかったからやったんです! こんなこと言ったら怒られちゃいますけど、東急ハンズは僕にとって壮大な実験場でした(笑)」
もちろん当時の東急ハンズにプログラマーなんていません。「社内でシステム開発をやろう!」という長谷川さんの呼びかけに応えて集まったのは、全員元販売員。プログラミングは全くやったことがないという素人集団でした。
「50代でプログラミング初心者という社員もきました。正直、大丈夫かな…? って思いましたけど、僕の採用は情熱重視ですから。『第二の人生頑張ります!』って言うのでじゃあ採用って(笑)。世界一のプログラマーを育てるのが目的ではないので、本人にやる気があるかどうかが大事ですね。
逆に、手を挙げた人でも、『今の部署に不満があるけど、募集しているのが情報システム部だけだから志願してみた』というような人は落としました。会って話せばすぐわかるんですよ。彼らは『どうして情報システム部に志願したのか』を明確に説明できないですからね」
長谷川さんの読み通り、集まったメンバーはみるみるうちに技術を習得。見事システムの内製化を成し遂げ、時間やコストも大幅にカットすることに成功したのです。
ハンズラボ誕生
情報システム部に課せられたミッションは、社内システムの安定化や効率化、業務改善やコスト削減、運用負担の軽減などをおこなうこと。ですが、長谷川さんの目はもっと先を見通していました。
「システムの内製がうまくいって、コストダウンもできた。次にどう会社に貢献しようと思ったら、外に営業して稼いでくるしかないなと思いました。情報システム部を『稼げる部署』にしたかったんです」
膨大な商品を扱う東急ハンズだからこそ作れるシステム。その技術に自信はあったものの、他社へ営業しに行っても思うような返答は返ってきませんでした。
「2社営業に行ったんですが、先方から返ってくる答えは『システムは普通、システムの専業会社に頼むもの。東急ハンズという小売業に基幹システムを発注するというのは、いつ事業を撤退するかわからないという不安もあって稟議(りんぎ)を通せない』というものでした。まあそりゃそうだってことで、だったらシステム会社をつくろうと。そこからあっという間に分社化が進みましたね」
あれよあれよという間に社長に就任した長谷川さん。そのときどのような心境だったのでしょうか。
「会社を立ち上げるにあたり、もともといた社員は最初ハンズラボに出向という形になっていたんですが、その後転籍するかどうかのタイミングで、まあ来るのは数人かなと思っていたら、部署の半分くらいの人がついてきてくれたんですよ。こいつらの人生背負うのか…と思って感慨深かったのを覚えています。杓子定規な言い方をすれば、この会社がうまくいかなかったら、彼らは路頭に迷うわけですから。
……でも今はもうそういう感覚も麻痺しちゃいましたね。いろいろな不安って、考えてもそれで解決するわけじゃないですし、考えるだけ無駄だと思うようになりました」
長谷川さんは、社員がどうしたらモチベーション高くアウトプットを高められるか考えると言います。たとえば、システムの受託開発においてよく議題にのぼるのが、クライアントと「請負契約」を結ぶのか「準委任契約」を結ぶのかという問題。請負契約では、納品予定物の予算を最初に決めます。しかし、クライアントの要望はプロジェクトの進行とともに変わったり追加されたりするので、後々さまざまな制約に苦しむといいます。一方、準委任契約では、成果物に対してではなく契約期間に対して報酬が支払われ、よりフレキシブルで精度の高いアウトプットができる契約形態となっています。ただ、準委任契約では法的に「仕事を完成させる義務」が生じないため、日本での主流は請負契約なんだそうです。
しかしそんな中、ハンズラボでは今後、準委任契約でのみ仕事を請け負うという決断をくだしました。
「これはかなり挑戦的な決定なんですが、社内プログラマーは喜んでいましたよ。自由度を高めて楽しんで仕事をすることが、結果的に一番生産性をあげることにつながると思うんです。
その点、WEB業界の人は考え方も柔軟だしすごく楽しんで仕事をしているなと思います。自分は 『ド・エンタープライズ』の世界にいたので、この2つが融合してもっと楽しくなっていったらいいなと思うんですよ。WEB業界ではよく見る光景ですが、エンジニアがヘッドホンしながら仕事するのも全然アリです」
−長谷川さんご自身も、仕事を楽しむことで成果をあげてこられたのでしょうか?
「反対ですね。僕は前職時代、『仕事はつらいのが普通。楽しく笑いながら給料もらえるなんてことあるわけない』と思っていたんですよ。でも最近は、笑顔がある職場こそアウトプットが最大化するという考え方になりました。そんなこと言うようになったから、前職時代の僕を知っている人からは、『長谷川さん、ハンズに行ってから本当に丸くなりましたね!』なんて言われるんです。社風が変わると性格も変わるものですね」
また、長谷川さんは経営者に求められる能力としてこう続けます。
「経営者として一番ずるいのは、判断しないことだと思ってるんです。経営者の役目って、少ない情報の中でもAかBかCかを決めること。材料が出揃ってみんな『Cだね』ってなってから『Cにしよう!』って言うのでは、経営者である意味がないじゃないですか。誰にでもできちゃう。
僕の以前の上司は、まだ未確定な情報しかないなかでも、『じゃあこういう方針で動き始めて』と指針を示してくれたんですよ。そうしたら僕たちはその準備ができるから無駄な時間が減る。検討中というステータスが長いのはなによりの無駄なので、判断材料が少ない段階で仮にでも判断するというのが大切だと思います」
−長谷川さんの中で、他にも「良い上司像」はありますか?
「うーん、僕はできていないんですけど、底抜けに明るくて、ずっとあなたのことを見てますよって思わせる人かな。僕自身そういう人が好きなんです。『ちょっと太ったんじゃない?』とか、『Facebook 見てるよ』とか、そういう感じでいい。気にかけていることが伝わると、お互いに良い関係が築けるんですよね」
会社の期待を背負い、業界の未来を考え、時に大きな決断に迫られながら第一線を走ってきた長谷川さん。その素顔は、社員とのコミュニケーションを重視する人情派でした。
後編では、長谷川さんが熱く仕事に取り組む原動力について、パーソナルな部分に踏み込んでお話しを伺っていきます。