モデルやパン、不動産。やりたいことに挑戦しつづけてきた
これまでのキャリアは、“その時のやりたいこと”を選んで挑戦し続けてきました。
最初はモデル。カメラさんやメイクさん・照明さんなど、皆でひとつのものを作りあげることが楽しかったのですが、でも自分はみんなと同じ立場ではなく、“被写体”として特別な存在であることに違和感を持ち始めて。
そんな時、たまたまテレビで見た「パンづくり」の映像に惹かれました。簡単そうに見えたからやってみたら、全く違うものが焼きあがって。それが悔しくて、なんで?どうして?って突き詰めていくうちに、パン教室に通い、子育てをしながらパン屋さんで製造補助として働き、自宅で試作して、オリジナルレシピを作りました。企画書を持って出版社に営業し、企画会議を通して本を出して。結果、レシピ本を10冊書かせていただきました。
中でも雑誌は特にサイクルが早いから、依頼がきたら考えず「できます」と即答。その後レシピをどのように完成させるか頭を悩ませていました。
このお仕事も編集さんや校閲さんがいるけれど、主軸は自分。自分が倒れたら終わるというプレッシャーの中で、ずっと走りつづけていました。
“ひとりじゃない”働き方のなかで、私だからこそできることを
その後ふと「何か新しいことやりたいな」と思い、モデル時代に取得した宅建を活かせる不動産会社に入社しました。パンをやりながらも、どこかで「不安定な自分を支える何か」が欲しかったのかもしれません。役所で調査をしたり、契約書をつくったり、書類をまとめたり。10冊目の本もこの時期に出版して、職場に試作のパンを持っていき、みんなに食べてもらったのが嬉しくて、「一緒に働く人がいるっていいな」と感じた瞬間でもありました。それから、不動産の会社をいくつか経験する中で出会ったのがYADOKARIです。それまでの自分だったら「キャリアのない自分」に自信がなくて、絶対に応募しなかったと思いますが、当時先輩に言われた「履歴書に書けない、あなただからできる細かなことが絶対ある」という言葉に背中を押されて挑戦し、入社することとなりました。
今のチームに必要なものを、俯瞰で捉えてそっと手を差し伸べる
YADOKARIでは、コーポレートユニットとセールスプランニングユニットの兼任で仕事をしていますが、その枠にとらわれず、契約書の確認や株主総会でのケータリングのアレンジなど、なんでもやっています。私はもともと「混沌」としている環境が好きで、その環境にあるカオスさをどうやって整理するかを考えることが楽しくて、今も“道路舗装中”です。全力疾走しているプレイヤーたちをちょっと引いたところから俯瞰して声をかけ、支えていきたいと思っています。お母さんが「鍵持った?お弁当持った?」って声かけるような感じで。そういう存在って、実はすごく必要だと思うんです。
YADOKARIは、混沌とした環境の中でも、常にみんなが建設的に話し合い、「前に進もう」と思わせてくれる空気感があるのがいいなと思っています。でも「仲良し」な雰囲気がある一方で、ほんとは「いいものをつくるための素敵な喧嘩」も必要なはず。今後は、時には意見をぶつけ合って、しっかり話し合える関係に少しずつ変わっていくといいなって思ってます。それに、YADOKARIは素晴らしい業務委託の方々に支えられているから、「いつもありがとう」と共に、丁寧に、真摯に、仕事をお願いしたい。そして「とても助かってます」とちゃんと伝えられる組織でありたいと思っています。たとえ小さな業務でも、感謝が返ってくるとやっぱり嬉しいから。
“これからの暮らし”を問う人たちのそばで、自分らしい暮らしを
娘が大学生と高校生になった今「これから自分がどう生きていくのか」ということについて、代表の上杉とさわだによく聞かれますが、すごく難しい問いだなと思っていて。
でも最近は、無理に「楽しまなきゃ」って思わなくてもいいのかもしれないと思えるようになってきました。仕事して、メンバーと話して、家に帰ったら娘たちとの時間があって、ご飯を食べて、ちゃんと寝て、飼っている文鳥に起こされる。そんな毎日で、もう充分だなあって。
YADOKARIの「これからの新しい暮らしを問う」姿勢を見ていることが、私はとても好きです。自分がそれを取り入れるかは別として、若くて元気なみんながエネルギーを持って動いている姿を近くで見ていたいです。私はその横で、みんなにお茶を淹れながら、支える側でいられたら。それだけで、自分にとって必要なエッセンスを、少しずつもらえる気がしています。