「不動産屋が、なぜ世界最大級のインディーズ音楽フェスを?」3.11の絶望から始まった、異色の創業ストーリー。
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【創業ストーリー】
3.11の絶望を超えて。「渋谷から世界へ」夢と暮らしを繋ぐ挑戦。
株式会社ウィンドゲート。 私たちは、不動産仲介・コンサルティング業と世界最大級のインディーズ音楽フェス運営という、一見相容れない2つの事業を行っています。 「なぜ、その2つなのか?」 その答えは、バンドマンだった代表の「世界で勝負したい」という初期衝動と、独立の年に起きたあの大震災で痛感した「人々の暮らしを守り抜く」という強い覚悟にありました。
第1章:楽器を置き、ビジネスの世界へ
代表の尾嵜(おざき)の原点は、ライブや制作と音楽に明け暮れた青春時代にあります。 ギター&ボーカルとして、あるいはベーシストとしてステージに立ち、作詞・作曲に没頭して「自分たちの音楽」を追求する日々。 しかし、日本の音楽シーンの閉塞感や、実力があっても埋もれていく現実に直面し、一度は自ら音楽を創作することから離れる決意をします。
「音楽を創る以外の場所で、まずは自分自身の力を試したい」 そうして飛び込んだのが、建設業➡エンターテイメント業➡不動産業でした。 持ち前のクリエイティビティと粘り強さで経験を積み、2011年、満を持して株式会社ウィンドゲートとして独立します。
第2章:船出の直後に訪れた「暗闇」
希望に燃えていた創業の直後、あの瞬間が訪れます。 東日本大震災。
日本中が深い悲しみに包まれ、経済も、人々の心も凍りつきました。不動産市場も例外ではなく、先行きは完全に不透明に。 「こんな時に、会社なんてやっていけるのか?」 創業したばかりの小さな会社にとって、それはあまりにも巨大な壁でした。尾嵜は、先の見えない未来に暗澹(あんたん)たる思いを抱え、呆然とする日々を過ごしました。
第3章:絶望の中で見つけた「不動産のかかりつけ医」
しかし、その暗闇の中で一つの光が見えました。 それは、震災という未曾有の危機だからこそ再認識した「住まい(居場所)」の大切さです。
「単に物件を売買するだけでは意味がない。お客様が不安な時にこそ頼れる存在にならなければ」
震災の混乱の中で芽生えたその想いは、現在のウィンドゲートの核心である「不動産のかかりつけ医」というスタイルを目指しました。 お客様の不安を取り除き、寄り添えるパートナーであること。その積み重ねが、現在のビジネスにつながっています。やがてドイツ・ベルリン不動産の取り扱いという独自の強みへと繋がり、会社は少しずつ、しかし着実に成長していきました。
第4章:渋谷から世界へ。再燃した音楽への情熱
生活の基盤(不動産)を支える事業とともに、尾嵜の中にある「クリエイターの魂」が再び呼び覚まされます。 「震災で沈んだ日本を、音楽の力で元気づけたい」 「かつての自分のように夢を見る若者を、今度こそ世界へ連れて行きたい」
その想いが形になったのが、世界15ヵ国以上で開催される世界最大級のインディーズバンド大会**「エマージェンザ」**の日本大会運営です。当時のビジネスパートナーBenGrossと共に始めました。 東京・大阪で予選・準決勝・決勝を勝ち抜いたアーティストが、ドイツで行われる数万人規模の野外フェス「タウバタール・フェスティバル」のステージに立ち、世界一を目指す!
「日本から世界へ」 それは単なるイベントのスローガンではなく、かつて音楽の道を志した尾嵜自身が叶えたかった夢の続きであり、次世代へのバトンパスなのです。
第5章:2つの「風」で、新しい時代をつくる
創業から10年以上が経ち、ウィンドゲートは2つの「風」を起こす会社になりました。
- 不動産事業: お客様の人生の基盤を守り、安心という風を送る。
- 音楽事業: 日本から世界へ、挑戦者の背中を押し、国境を超える風を送る。
2011年の絶望を知っているからこそ、私たちは「人の想い」と「居場所」を何よりも大切にします。
「基盤(住まい)を守り、夢(音楽)を叶える」 安定と挑戦、日本とドイツ。 このユニークな環境で、私たちと一緒に世界への扉を開きませんか?