最も怖いAIは、
感情を持つAIではありません。
私たちを「変数」として扱うAIです。
私は十数年、プロダクトマネージャーとして仕事をしてきました。
その中で、ある事実を学びました。
もしあなたがそのサービスにお金を払っていないなら、
あなた自身がそのサービスの一部になっている可能性が高い。
プラットフォームは無料ではありません。
支払っているのはお金ではなく、
時間。
注意。
行動履歴。
データ。
管理画面の中で、
あなたは名前では存在しません。
アクティブ率。
クリック率。
滞在時間。
解約確率。
そこに悪意はありません。
ただ、構造がそうなっている。
人は複雑すぎる。
だから、計算可能な形に変換される。
AIは、その変換を極限まで押し進めました。
AIは怒りません。
疲れません。
迷いません。
ただ最適化します。
高度になればなるほど、
あなたは予測され、
スコア化され、
価格を付けられ、
そして代替可能と判断される。
誰かがあなたを嫌っているわけではない。
効率が高いからです。
この時代の基準は「効率」です。
効率は感情を考慮しません。
効率は複雑さを削ります。
効率は揺らぎを嫌います。
AIは人間を壊すわけではありません。
最適化するだけです。
最適化の結果、
「計算できる部分」だけが残る。
それが怖い。
では、AIを拒否すればいいのか。
それは現実的ではありません。
問題は「AIを使うかどうか」ではない。
問題は、
AIがどの構造に組み込まれるかです。
もし私たちが設計に関わらなければ、
私たちは設計される側になります。
だから私はコミュニティを選びます。
コミュニティとは、
アルゴリズムに分類される前に、
人が自らつながる構造です。
流量ではない。
ラベルではない。
セグメントではない。
関係です。
AIは行動を理解できます。
でも責任は取れません。
AIは嗜好を予測できます。
でも信頼は築けません。
コミュニティの価値は効率ではありません。
人が「人」として扱われることです。
私はAIを否定していません。
むしろ、関わります。
しかし同時に、
人が単なる変数にならない構造を作りたい。
コミュニティは理想論ではありません。
パラメータ化への対抗構造です。
効率はこれからも強くなる。
AIも進化し続ける。
何もしなければ、
私たちは自然に変数になる。
それでも、
どの構造に立つかは選べる。
コミュニティは、
「人」であり続けるための選択です。