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エネルギーから世界を変えるということ

自然電力は2011年6月、東日本大震災の3か月後に設立されました。

創業以来、「エネルギーから世界を変える」というビジョンを掲げ、一歩一歩できることを積み重ね、これまで、地域に根差した太陽光や風力、小水力発電所の開発に加え、EPC(設計・調達・建設)、O&M(運営・保守)、そして電力小売と実績をあげてきました。

東日本大震災からどのようにして自然電力は生まれたのでしょう?

何を大切にしてここまで歩んできたのでしょう?

そしてその先にはどんな世界がみえるのでしょうか?

自然電力の創業者であり、代表取締役を務める、磯野謙、川戸健司、長谷川雅也の3人に自然電力グループの誕生を振り返ってもらいました。


「おのれを責て人をせむるな」

3人は自然電力を設立する前、2000年代中盤から風力会社で一緒に働いていました。
 なぜ自分たちの手で新たに会社を創業することにしたのでしょうか?

磯野謙(以下、磯野):前職では色々なことを学び、同時に自然エネルギーのより良いあり方や未来を考えるようになりました。事業者として私たちがやるべきことを真剣に考えなくてはいけないな、と身にしみて思っていました。

創業にいたったきっかけは?

磯野:きっかけは東日本大震災です。

長谷川雅也(以下、長谷川):本当にショッキングでした。ものすごいショックを受けて、それから、自分たちに何ができるか考えた。何ができるか、というよりも「エネルギーについて、本気で自分たちでやるべきなんだ」と思った、というのが正しいですね。震災の翌日には磯野と「何かやろう」と話を始めていました。

磯野:原発事故を受けて、多くの人たちが本当に危機感を持っているんだな、というのを感じたんです。

エネルギーのことは、正直、一生活者としてそれまで意識したことがありませんでした。あって当たり前で、誰かがやってくれていることと思っていたんですね。でも、事故のあと、自分も含めて、みんながそう思っている状態では、責任の所在が不明になってしまうと感じました。そしてそういったことは、この事故やエネルギーのことに限らず、世の中には意外と多いと思います。

磯野:そうですね。責任の所在も、誰がどういうソリューションを出していくのかもよく分からない。僕自身も、事故そのものというより、日本や自分たちの暮らしの「これから」について、そういった危機感を持ちました。そんな中で、エネルギーの課題において、自分たちは、風力発電所の作り方は分かっていて。これは僕らの使命だなって思いました。未来を良くしたいという想いだけでなく、ノウハウも経験も持っている。その時の僕たちにできることは、とにかく自然エネルギーの発電所を作ることだったから、それを日本中に、その時はまだ世界中にとは考えられていませんでしたが、広げることに自分の人生を使うべきだという覚悟が決まりました。次の世代、未来への責任は、自分たちが負うんだという覚悟です。

それにしても、エネルギー業界において、ゼロから会社を立ち上げるというのは思い切った決断ですよね。しかも開発からEPC(設計・調達・建設)、O&M(運営・保守)まで全て。

磯野:ちょうど色々なタイミングが重なったんです。少し話が逸れますが、僕自身の中で、東日本大震災の2年前に大きな意識の変化がありました。それは「人のせいにしない」の本質に気付いたということ。当時の僕は、頭の中にイメージはあって、色々なことをやってはいましたが、どれもなかなか思うように進まなかった。そんな矢先、たまたま読んでいた『論語と算盤』(著:渋沢栄一)に出てきた徳川家康の言葉がものすごく響いたんです。「おのれを責て人をせむるな」。それで考え方が全て変わりました。

長谷川:そうだったね。

磯野:自分でやらずして人を結果論的に責めることは簡単です。でも、人を責めるよりも自分でできる限りやりたい。そんな気持ちがあったので、ゼロから始めることに迷いはなかったです。そうすれば責任も自分で取れます。

長谷川:こういう何かをしよう、という話を震災の直後からしていました。でもその時は別に会社という形じゃなくても良くて、ただ何かしようって。形には全然こだわっていなかったです。

磯野:何かしなくてはという気持ちもあったけど、本当に社会的に価値のあることが今なら自分たちにもできるかもしれない、という感覚も大きかったですね。

川戸健司(以下、川戸):4月には会社という形でやっていこうと、ある程度イメージができていました。


100年以上持続する、未来に責任の持てる事業を

「未来に責任を持てる事業開発を自分たちの手で行う。」を、会社を設立後、どのような形で実践していったのでしょうか?

磯野:未来に責任を持てる事業開発とは、要するに持続可能な事業開発を行うということだと考えています。そのためには、発電所を設置する地域の方がたとしっかりコミュニケーションを行っていくことが欠かせないと考えています。自分たちの未来に対する考えや事業に対する姿勢を語るだけなく、地域の方がたの不安や不満も受け止めて、形にしていく。結果的には、その積み重ねが信頼につながっていくと思います。

川戸:社名を決める際も、一目で何をしている会社か分かっていただけるような名前を心掛けました。

長谷川:あとは、いかに長期的目線で事業を考えられるかという点にはとてもこだわっています。ビジネスとして短期的な利益を得ることは大切なのですが、100年以上持続する事業を、と考えると長期的目線は絶対に必要です。インフラ事業ならなおさらだと思っています。

磯野:だからお金の色にもこだわっています。やはり会社設立の原動力でもあった、「未来のために働く」ということを実践したいんです。そしてビジネスの世界でも、短期的利益と長期的目線とが両立するようなモデルが成り立つということを証明したい。


わたしたちにとっての”希望”

「自然電力」は、みなさんにとってどんな存在なんでしょう?

長谷川:設立当初は我が子のような感覚でした。でも今は我が子というよりも、自分にとっての「希望」ですね。

希望、ですか。

長谷川:世の中の多くの人のゴールは、幸せになることだと思うんです。幸せって何かなと考えたときに、僕にとっての幸せは「希望が持てている状態」です。自分たちの手で、自分たちの未来に責任を持てるという明るい希望が1つ。あとはさっき磯野が言っていたように、短期的利益と長期的目線とが両立する事業として成功し、目新しくない、みんなにとってなじみのあるビジネスモデルになれることを証明できる、そこに挑戦するための希望です。

川戸:僕も昔はやっぱり自分の子どもという感覚が強かったけれど、最近は自分が直接関わっていないところでも新しいことが次々と生まれ、それらのコラボレーションも始まっている。自分の手を離れたところで、いろいろな繋がりが生まれているのを見ていると、すごくワクワクするんです。だから、「希望」は近いですね。

ああ、ワクワク感、いいですね。最後に磯野さんは?

磯野:僕も2人の考えに似ています。質問からは少し逸れてしまうかもしれませんが、仕事を通じて志を共有できる仲間が世界中に増えていく感覚がとても楽しいんです。川戸の言う、ワクワク感ですね。

川戸:そうだね。

磯野:例えばいつか僕たちの手を離れることになってもなお、未来に希望を生み出せる、希望を見せることのできる会社であってほしい、と思いながら取り組んでいます。エネルギー以外でも、社会の課題を解決し続けられる会社であり続けたいですね。

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