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デジタルテクノロジーによって人と社会は、豊かになるのか――。不透明な未来に必要なのは? 尾原和啓さんインタビュー~「自分デザインノート」~【外出し社内報 #4】

こんにちは。パーソルキャリア「外出し社内報」編集長・乾宏輝です。独自の視点で社会と自分を見つめてきた、”自分デザイン”のスペシャリストに徹底インタビューするこのシリーズ。3人目としてご登場いただくのは、赤いマフラーが素敵なIT評論家・尾原和啓さん。マッキンゼー、楽天、グーグルなど数々の企業で活躍してきた尾原さんが考える今後の社会の展望とは?はたらく私たちは、どう生きていくのか――。前編・後編でタップリお届けします。

デジタル化とグローバル化の影響をきちんと認識すべき

――尾原さんの考える“自分デザイン”のヒントに入る前に、まずは今の社会をどう見ているか、その前提からうかがいたいと思います。尾原さんがバリ島に移住されていることが、ヒントになるかなと思っていまして、まずはその理由から教えてください。

尾原:するどいですね(笑)。家族がバリ島なのはいろいろな背景はあるのですが、大きな理由は家族です。とくに12歳の娘。「日本にいるのが一番かわいそうな世代」なんです。

――「日本にいるのが一番かわいそうな世代」……と言いますと?

尾原:これまでの日本は「島国」と「日本語」という2つの壁に囲まれて、ある種、グローバリゼーションから逃れられていました。今グローバル企業は、世界全体でオペレーションを最適化するということを進めています。システムエンジニアリング、人事、総務、マーケティングなどオペレーションを担う部隊は地域ごとに拠点を置いています。

たとえば某アメリカ企業。コールセンターはフィリピンに、工場はバングラデシュ、マーケティングのクリエイティブ制作はブラジルで、人事の定型業務は中国で、データサイエンスはインドで……みたいな感じです。

このグローバルに最適化したオペレーションモデルを創る動きは2000年代から進んできましたが、日本の企業やビジネスパーソンは“日本語”という言語によって守られてきたんです。

しかし今後、定型業務を中心にAIやロボティクスに置き換える変革も進んでいて、たとえば日本語がわからなくてもAIをかませるだけで翻訳・コミュニケーションができてしまう時代がすぐ来ます。日本はこれから、20年遅れで国際分業の波に晒されるわけです。

ホワイトカラーの仕事も、本当に日本でやる必要があるのか問われます。「その仕事、フィリピンで5分の1のコストでできるよね」とか、改めて自身の付加価値を問われる時代になります。言語の壁もなくなるわけですから、グローバルな人材と競って、その波に勝てる人間にならないと、生き残っていけない。

その時に足かせになるのが、教育の格差です。「アメリカも日本も年々、教育コストが上がっていて、“富める者しか教育を受けられない”」と思われそうですが、実はもう変わってきているんですよ。

「Google」や「Facebook」は、大学を卒業しなくても入社できます。ITベンチャーを中心にそういう企業はどんどん増えている。「本質的な学びとは何か?」といったら、「MOOC(ムーク)」というオンラインの無料大学がある。スタンフォードやハーバードなど一流大学の授業が受けられます。

その流れに掉さすのが、「LinkedIn」とか「GitHub」など、「自分はこれまでにどんなことをコントリビュート(貢献)したか数値化できる」テクノロジーです。

僕は毎年、日本の大学生の「就職道場」のお手伝いをしていて、学生さんに「オンライン大学では、何が流行っているか知ってる?」を聞いても、まあ手を上げるのは200人に1人ですね。

一方で、ベトナムのハノイ工科大学でAIに関する講演をしたところ、「スタンフォードの〇〇教授のパクリじゃん。オンラインで見たよ」と言われる。そんな見ているのか聞くと「だってスタンフォードの質の高いコンテンツがタダで受けられるんだよ。やらない人のほうがおかしいでしょ」って学生が言うわけですよ。この差はなんなの。

――教育を取り巻く現況、子どもの成長過程を過ごす環境としても「日本にいるのがかわいそう」とお考えなんですね。それは語学の習熟度やレベルが大きいのでしょうか?

尾原:単に英語がわからないというだけの、表層的な理由ではないと考えています。

芥川賞候補にもなった社会学者の古市憲寿さんが2011年に『絶望な国の幸せな若者たち』というタイトルの著作を出していますが、日本という生ぬるい環境の中で成長する意欲が薄れ、チャンスに気づけないし、気づいたとしても手を伸ばさない。

2001年に教育学者の刈谷剛彦さんが「意欲格差社会」という概念を出し、話題になりました。親世代の所得や社会的な地位の差が、子どもの意欲や努力の差につながってしまうという議論です。

つまり構造的に格差は何世代にもわたって再生産されるということなんですが、同じことがグローバルでほかの国と日本の間に起きている気がします。高度成長期にある国の若者は意欲がめっちゃ高く、日本はもう上昇志向や成長に対する意欲がない。

――非常に難しい問題だと思います。実体はともかく、高度成長期に“一億総中流的な社会”をイメージとしては達成してしまった。一定の物質的豊かさを国民的に享受してまったその日本で、“成長”について意欲がわかないというのは、仕方がないことかもしれません。

尾原:しかし、グローバリゼーションが進む中で、豊かな暮らしを維持したいと思ったら、これまでのように”同じ大学の同期と出世を争う”みたいな世界観でなくて、グローバルな人材と競争をしていく必要がある。それは端的な事実で、なんとかしなければならない。

――この先、世界のグローバル人材と競争していくことは必至だとして、けっこうハードそうですが、それでも食らいついていくのか。それとも、格差を受け入れ、「貧しくてもシアワセな我が家」を築いていくのがいいのか。

尾原:それは選択の自由ですよ!このくらいの年収でこんなに豊かな生活を送れる国も珍しい。日本の消費統計を見てみると、1食当たりの外食費が、昔は4,000円くらいあったのが、今は2,700円くらいまで落ちているようです。でもご飯が貧しくなったとか1品減ったとか、そんな感覚ないでしょ。

食品に関しての技術が上がっているから。安く、いい暮らしをできる国という意味では、すごくいい国なんですよね。そこに安らいで生きていくのは選択肢としてある、と思っています。ただ、気をつけないといけないことが2つあります。

1つは日本の生活全般が、こんなに安くて高品質であるのは、安定通貨としての「円」という前提条件が成り立っているだけ、ということ。もし突然、円高が終わって円安に向かっていくと、当然、原材料費が高くなります。そのとき、果たして、そのまま安定して暮らせるのか。

もう1つ。AI、ロボットが稼いでくれるお金で、僕たちは暮らしていけるのではないか、という議論があります。

AIとロボットが付加価値を出してくれます。これは正しい。その分人間が必要とされる仕事は減少していく。でも最低限の生活を維持しないと社会の秩序が回らないから、最低限の生活を保障する現金を支給する制度、ベーシックインカムなどセーフティネットに頼る暮らしになっていくかもしれません。

問題は、所得の再配分をする主体が誰なのか、という問いです。僕は、日本という国家でなく、プラットフォーム企業の「Amazon」や「Google」ではないかと想定しています。「Google国」の住人としてベーシックインカムを受けられるのか、はたまたセレクトされるかは、わからない。そこにリスクを背負うと言うのであれば、それはそれでOKと思うんですよね。

――「再配分をつかさどるのは国民国家ではなくなる」と。インフラを含めた生活全般を「国」という単位に守られるという感覚は、もう捨てたほうがいいのでしょうか。

尾原:あくまで可能性の話だけどね。今でもリアリティとしては分かると思うんですよ。ある日いきなり検索とかGoogleのサービス全部が使えなくなったら結構ツラい(笑)。そのぐらいガスや水道のように”インフラ”として私たちの生活に入り込んでいます。

また財政が立ち行かなくなった国が突然、「ごめん、日本は国民を守れないんだ。GoogleとかFacebookがセーフティネットを用意する時代になったから、お前らはGoogle国民になってくれ」っていう社会があるかもしれない。

――尾原さんの中では、その未来は結構近いイメージですか?

尾原:うーん、国民国家がプラットフォーム企業に取って代わられるのは、正直いつになるか分からないな。

もう少し明確な未来イメージでいうと、10~20代の若い年代の人で言うなら、あと50~60年。50~60年なら、ロボットに投資するのはもったいないから、人に任せようという仕事は、まだ残る。結局ロボットも生産しないといけないわけで、それにはお金かかりますからね。

日本の労働人口全員が働かなくてもよくなるためのロボットをつくるには、ロボットがロボットをつくって、そのロボットをつくるロボットが、またロボットをつくります……みたいな、マジックのようなことが起きない限りは、人とロボットの労働力が入れ替わるのには、25年くらいはかかるとみています。

ロボットをつくるのは大変だし、ロボットだとコストを回収するのには20年はかかるから、人にやらせる仕事は残しておくか、となるわけです。「小さく生きていく」という方向性は、これだけいろんな不確定なファクターがあるんだから、いろいろ考えながらやった方がいいよ。ある程度覚悟をもって選択をした方がいいよという結論です。

――一方で、今年のダボス会議ではAIやテクノロジーの負の面が強調され、かなりネガティブな発言も多かったようです。中でもジョージ・ソロスは、ビッグデータや機械学習を権力が手にすることへの危機感をかなり強い調子で指摘しています。ナショナリズムの台頭やそのベースとなる格差(Parity)も問題として大きく取り上げられている。これまでのように「テクノロジーが発達すればバラ色の未来が待っている」という楽観論から、シフトし始めたことも触れておきたいです。AIやテクノロジーの進化がもたらすのはメリットだけではないかもしれません。

尾原:GAFA(Google,Apple, Facebook, Amazon)をはじめとしたプラットフォーム企業に対する風当たりが強くなっているのはその通りでしょう。市場の寡占化、法人税の支払いなど国や市民社会とぶつかる場面も増えています。

「GDPR(EU一般データ保護規則)」などが先例ですが、個人データの取り扱いについて個人がコントロールする権利を取り戻すタイプの法律は今後ますます増えていくと思います。

ただ、ソロスも指摘しているように、巨大なデータベースとAIの組み合わせというのは、一党独裁などより中央集権的な国家で機能しやすいというところが危険ですよね。「政権に物申す」ということ自体が完全に封殺されてしまう可能性がある。

この統治モデルはマネジメントコストを下げて、非常に効率的に国家を運営することができるので、他の国への応用可能性という意味で、今後民主国家にも広がっていく可能性はある。ジョージ・オーウェルの『1984』みたいな世界観ですね。

――デジタルテクノロジーによって人は豊かになるのか、そうでないのか。楽観論と悲観論が入り混じる中、これまでは楽観論に軸足がおかれていた印象でしたが、悲観論も強くなっている。ますます、未来は不透明ですね。

時代は問題解決能力より問題発見能力。ポータブルスキル、あなたは持っていますか?

――さて、このテクノロジー論をもっとしたいところではありますが、本論に戻ります。いろんなリスクを考えながら、生き残っていくだろう仕事を選びつつ、そのためのスキルを身につけていくという生き方があると思います。一方で、著書に記されているように、自分の好きに執着し、好きに集中して、それが当たればいいし、当たらなければその時だ、という生き方もあります。不確実な時代に、いきいきと働き、しかも食うに困らないスキルを身につけるにはどうすればいいとお考えですか?

尾原:大前提として、今までよりも、好きを大事にして生き残りやすい社会になっていることは確実なファクトです。なぜかというと、インターネットは、遠くにいる人たちをつないでくれる。

僕は「CAMPFIRE」というプラットフォームで、AIなどITビジネスについて小難しいことをひたすら2時間毎週喋るというサロン的なことをやっています(現在は尾原 和啓 ITビジネスの原理実践編)。会費が月に5400円、約250人から会費をいただいています。これで大体月に100万円くらいが入ってくるんです。すると、僕はそれだけで生きていけるんですね。

昔は同じようなことをしようと思ったら、まず書籍を出して顔を売らなければ人は集まってこない。書籍の場合はまず企画にGOが出るかわからないし、どれだけ本屋に置いてもらえるかも未知数。また自分の好きを欲しがっている読者に本がいきわたるかもよく分からない。

今はネットのおかげで、「自分はこんなことが好きだよ」と発信できる。濃密な好きとそれを受け取りたい消費者のマッチングがされやすい。自分の小さくても濃厚な「好き」が誰かを救ったり、誰かに意味を与えたりすることに気づかれやすくなっている。

――その前提には同意しますが、じゃあ「えいっ!」とYouTuberになったり、オンラインサロンを開くかというと、現実には多くの人はそこまで踏み込めない。うまくマネタイズできて継続できる人も少ないでしょう。残りの大多数人はいったいどうすればいいとお考えですか?

尾原:もちろん個々人の人生設計です。好きを尖らせた生き方をするのか、汎用的なスキルを身につけていこうとするのか、その2つをミックスするのかは、ご自身で判断するしかないですが、判断する際に役立ち、今のうちから磨いておきたいスキルはあります。

――それはどんなスキルで、どこに重点を置いて成長を遂げていったらいいのでしょうか?

尾原:「問題解決能力」とか「プロジェクトマネジメント能力」って、キャリアデベロップメント(キャリア開発)の中では「ポータブルスキル」という言い方をします。どの組織やどの職種になっても通用するスキルのことです。

私がいたマッキンゼーなどコンサルティング会社のメンバーは「ポータブルスキルの塊」で、問題解決能力とプロジェクトマネジメント力とコミュニケーション調整力を皆兼ね備えています。どこへ行っても働けるし、付加価値を出せるはずです。

――AIが発展した時代においても、この3点セットは変わらない、と。

尾原:僕はそう思っています。価値を出すラストワンマイル(最後の一歩)が人であり続ける限り、プロジェクトマネジメントとコミュニケーションは大事ですよね。

――価値を出すのは、やはり人ですね。「プロジェクトマネジメント」「コミュニケーション」という、明日からでも使えそうなキーワードについて具体的お話いただくのは、後編といたします!(つづく)

おばらかずひろ/執筆・IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院で人工知能を研究。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモ「iモード」事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、オプト、Google、楽天、Fringe81など(リクルートには3職目と8職目の2回)を経て現在14職目。著書に『どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ“これから"の仕事と転職のルール』『モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書』など多数。

撮影/加藤タケトシ

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