2018年5月23日に経済産業省・特許庁よりリリースされた「デザイン経営」宣言。
国を挙げて、デザインの視点・考え方を活用した経営手法「デザイン経営」を推進していくという強い意志の表れです。
世の中の動きとともに「デザイン経営」に取り組みはじめたのが、私たちオプト。社内のデザイナーが経営陣に働きかけ、企業の“旗印”ともいえる経営ビジョンを刷新。社員たちの向かうベクトルを示すと同時に、対外的なオプトの存在意義を新しいカタチで発信することになりました。
この一連のプロジェクトを主導したデザイナーというのが、2018年5月31日に新設されたデザイン・イノベーション・ファーム「Studio Opt」の竹田哲也さんです。期待のセクションの中心メンバーと言えば聞こえはいいですが、竹田さんもひとりの社員であることには変わりありません。彼が、経営の中枢に関わることになった経緯、そしてプロジェクトを主導してからの知られざるエピソードを語ります。
竹田さんの言葉の端々から、経営がデザインを重視することの価値が見えてくるはずです。
オプトにクリエイティブの考え方を還元したい
「実は、僕社員番号90番なんです」
2004年、ジャスダックに上場したばかりのオプトに入社し10年勤めた彼は一度オプトを離れています。
その後は、デザイン会社でUI/UXデザイナーとして経験を積み、着実に成長。しかし、家庭環境の変化などがきっかけとなり再びオプトの門戸を叩くことになりました。
「オプト社員と食事に行ったときに相談したんです。すると、『戻ってきたら?』と声をかけてもらえて……やっぱり嬉しかったですね」
温かく迎え入れられ、再びオプトの一員となった竹田さん。”出戻り”当時をこう振り返ります。
「以前在籍した頃と、良い意味でガラッと変化していましたね。誤解を恐れずに言うと、かつては”THE 営業会社”でしたが、今はエンジニア部隊も結成されて自社でサービスを開発できる体制がつくられていた。社員たちの人の良さや居心地の良さといった変わらない部分もありましたが、会社としてこれまでとは異なるステージに立っていることを実感しました」
オプトの変化は、竹田さん自身のモチベーションにもつながりました。彼は、Takram 田川欣也さんの言葉を借り、こう話します。
「田川さんはよく『イノベーションに必要なのは、ビジネスとテクノロジーとクリエイティブだ』という話をしているんですが、オプトにはすでにビジネスとテクノロジーが存在していたんです。足りないのは、クリエイティブだけ。じゃあ、自分が社外で培ってきたクリエイティブの知見やテクニックを還元すればいいんだ、と腹を括りました」
自らがイノベーションを推進する役割を担えるーー。
それは、竹田さんにとっても心踊るミッションでした。
チャンスの女神は、手を挙げた者に微笑む
クリエイティブの考え方をインストールするうえで、竹田さんが最初に着手したのは少し意外なことでした。
「まず取り掛かったのがデザイナーの採用です。仲間が欲しかったので(笑)。具体的には、Wantedlyに出して、デザイン界隈の知り合いにシェアをお願いして……ところが全然応募がなかった。PVもそこそこあったのに。うすうす気づいてはいましたが、オプトにデザインのイメージなんてなかったんですよ」
失敗に終わったデザイナー採用。しかし、この結果によって竹田さんは次の一手を決めることになります。
「採用活動を始めるにあたり会社のWebサイトに記されたビジョンやミッションを読んだんですが、端的にいうとよくわからなかった。過去に約10年在籍していた僕が見てもわからないのに、社外の人が見て理解できるわけがない。そして、もしかしたら『社内でも浸透していないのではないか?』という仮説にたどり着いたんです」
経営ビジョンに課題を見出した竹田さん。そして、自らが構築した仮説を思いもよらぬ形でアウトプットしました。
「思い切って、代表の金澤に経営ビジョンの刷新を提案したんです。偶然なことに金澤も前年度社員満足度調査の結果で『ビジョンへの共感』が最下位だったことを課題視していて、テコ入れしたいと思っていた。そんなときに僕の提案があったので『じゃあ一緒にやろう』と」
一見”無茶振り”のように思えますが、オプトではこれが当たり前。年次や経験問わず、手を挙げた意思ある者がチャンスを得られるーーオプト独自のカルチャーにより、竹田さんは経営ビジョンの刷新という一大プロジェクトにチャレンジすることになったのです。
デザインも経営も「共通言語」が重要
とはいえ、もともと竹田さんが目指していた「クリエイティブのインストール」と「経営ビジョン」は一見関連性がありません。一体どういう考えがあったのでしょうか。
「実は、前職でも経営ビジョンの刷新のようなプロジェクトを経験しているんです。そのなかで組織拡大・組織強化において、経営ビジョンみたいなものがものすごく大切だということに気づきました。たとえば採用においても、経営ビジョンに共感してエントリーしてくれる人が多かったんです。だから、伝わりやすい言葉を選ぶことも、心に響くメッセージを考えることも、いずれはデザイナー組織の拡大につながるし、結果として自分のやりたいことも叶えられると考えました」
魅力的な経営ビジョンは、会社組織の”旗印”にもなるだけではなく、そのまま志望動機にもなる。社内外を含めて向かうベクトルを明らかにする。それが経営ビジョンなのです。では、経営ビジョンを刷新するにあたり、竹田さんは何から始めたのでしょうか。
「何かを始めようにも、組織デザインに関わるプロジェクトを主導するのは初めてなので……。最初の3ヶ月間はとにかくインプットの期間でしたね」
竹田さんは、組織デザインやチームビルディングなどに関わるイベントに頻繁に足を運び、書籍やWebの記事などにはひたすらに目を通しました。そして、たまたま足を運んだビジネス系のイベントで、いままでインプットしてきたことがつながる感覚があったそう。まさに量が質に転化した瞬間だったのです。
「イノベーションに関するいろいろなキーワードを整理していくと階層ごとに分けられるというグラフィックレコーディングを見て、ハッとしましたね。ビジョン、ミッション、バリューはすべてつながっている。ビジョンは世の中への、ミッションは組織に対しての、バリューは個に対してのメッセージなんです」
3ヶ月間かけてインプットしたものは竹田さんによってスライドにまとめられました。
「僕がひとりで『ビジョンとは〜』みたいなことを語り始めても、誰かがついてくるイメージはありません。だからまずは経営陣との目線や認識を合わせるために、自分の学びをスライドにまとめました」
UI/UXデザインの場合は、プロトタイプをハブにデザイナーとエンジニアが議論を重ねていくケースが多くあります。だからこそ竹田さんは、UI/UXデザインの考え方を応用し、経営ビジョンにおいても共通言語をつくることに重きをおいたのでした。
全社員を巻き込んで、行動指針を刷新
そして、ついに竹田さんを中心に経営陣を巻き込んだビジョン刷新プロジェクトが始動します。さらに、ビジョン、ミッション、バリューのそれぞれを考案するために、社外のコピーライター・渡辺潤平氏をアサイン。コミュニケーションの機会を増やし、代表 金澤の仕事観や価値観、さらに言葉づかいまでをインプットしてもらいました。
「正直、ここはそれほど大変ではなかったです。渡辺さんからの2回目の案がほぼイメージに近かったので、すぐにビジョン、ミッションは固まりました」
一見スムーズに刷新は成功したか……に見えた。しかし……
「ビジョンもミッションも『リリースしたら終わり』じゃないですよね。浸透してこそ意味がある。浸透するためにはどうすればいいか。そこで考えたのが、全社員でのバリューづくりでした」
650人を超える全社員でバリューを考える。無茶なことのように見えますが、確かにビジョン、ミッション、バリューがひとつながりであること、アウトプットのためにはインプットが欠かせないことなどを考えれば、「バリューをつくる」という行為そのものがビジョンやミッションの浸透につながります。この大胆すぎる案を実現するために、竹田さんが考案したのは……?
「まず全社員参加の納会でビジョン、ミッションを発表する。そして、ビジョンを深く知ってもらうために金澤と全社員の座談会を開催する。座談会後にアンケートをとって『体現するためにはどう行動すればいいか』みたいな質問に答えてもらって、バリューのベースをつくろうと思いました。同時に、社員の中から50名『バリューリーダー』を選んで、彼らと共につくっていく。社員が体感しているリアルな現場の雰囲気を引き出すため座談会はバリューリーダーにリードしてもらい、参加する社員の職種や部署などをふまえて進行や資料は僕がカスタマイズしていきました……」
正直、相当手間がかかっている印象を受けます。それにも関わらず、なぜこの方法を選んだのでしょうか。
「やはり、浸透させることが目的ですからね。座談会なんて、たかだか1時間。そこでかなり深く理解できないと、バリューを考えつくはずがないので」
しかし、苦労はそれだけではありませんでした。
「アンケート結果を言語化するって言葉では簡単なんですが、全然収束しなくて。発表の日程も決まっていたので、めちゃめちゃ焦りました。結局職種によって価値観が違うんですよね。たとえば営業とエンジニアのアンケート結果の間を取ろうとするとボンヤリしてしまう。だから、それぞれの役員とバリューリーダーに考えてもらうことにしたんです。そして出てきた案を他の役員にプレゼンする。意味の近いものはまとめて、最後まで残ったのが8つだったというわけです」
まさに社員一丸となってつくりあげたバリューだったというわけです。成功の要因を竹田さんはこう振り返ります。
「トップが推進してくれたのは大きかった……金澤がこのプロジェクトにかける意気込みがすごかったので、プロジェクトに粗さがあったものの社員が付いてきてくれたのは、トップの意気込みのおかげだと思います。また、ビジョンやバリューって僕たちの働き方にも大きく影響します。自分たちの実感できるところを変えていけるというのはモチベーションが上がりましたね」
このプロジェクトを主導するにあたり、自ら手を挙げ、学び、デザインの考え方を応用し、プロジェクトを推進。結果、1年半でビジョンとバリューの刷新を実現していきました。
新しいビジョンは、まだまだ生まれたばかり。これから社員一人一人がビジョンを体現することで、オプトという会社をカタチづくっていくと私たちは考えています。現在の竹田さんはオプト出戻りのきっかけでもあったデザイン組織、デザインイノベーション・スタジオ『Studio Opt』の初期メンバーとして新たなチャレンジに挑んでいます。(取材・執筆 田中嘉人)
竹田 哲也(Tetsuya Takeda)
株式会社オプト UIUX Designer + Org Designer
2004年9月に株式会社オプトに入社。広告デザイン部門、情報システム部門、新規事業部門など多岐に渡る組織を経験。2014年に退職後、事業会社やGoodpatchを経て、2016年9月からオプトに再入社。会社の次のフェーズに進む為、ビジョンと行動指針の刷新プロジェクトを推進。社内外からデザインのプレゼンス向上の為、Studio Optを立ち上げプロジェクトにも参加。現在は、Studio Optにて自社メディアやプロダクトのUIUX、コーポレートデザイン、組織デザインに携わる。