学習支援事業部 三木直也です。
胸に燻り続けた「運や環境で誰も不幸にさせない」という使命感
京都大学経済学部を卒業後、新卒で楽天に入社し、モバイル基地局設置の事業企画に奔走しました。その後、大手戦略コンサルティングファームへ転職し、M&A(企業合併・買収)のビジネスデューデリジェンス(企業合併・買収や投資の際、買収先企業の事業内容や将来の収益性、競争力を多角的に調査・分析すること)や事業戦略立案に明け暮れる日々を送っていました。
一見すると、順風満帆なエリートコースを歩んできたように見えるかもしれません。しかし、私の内側にはずっと、幼少期から抱え続けてきた「強烈な生きづらさ」の記憶が深く刻まれています。
小中学校時代の私は、家の鍵を5回も失くしてしまうような子どもでした。集中力がまったく続かず、中学生の時には学習塾を5〜6箇所も転々としては辞めていく始末。集団行動も非常に苦手で、生きづらさを抱えながら学生時代を過ごしました。
私が今こうして社会人として立っていられるのは、単に「周囲の環境や出会った人たちに恵まれる機会があったから」という運の要素に過ぎません。一歩間違えれば、勉強についていけずに不登校になり、引きこもり、社会から完全に孤立していたかもしれない。いまのキャリアも、いくつもの偶然と幸運が重なって形になった「奇跡の産物」に過ぎません。
だからこそ、ずっと心に引っかかっていました。運よく生き残れた自分が、このままビジネスの数字だけを追い続けていていいのだろうか。かつての自分と同じように、特性や環境に苦しみ、サポートが得られずに足踏みしている人を、今度は私が救う側に回るべきではないのか。その強い衝動が、私のキャリアを大きく動かす原動力となりました。
「今の自分なら」――10年来の誘いに、ついに応じた日
キズキの代表とは大学時代からの10年越しの付き合いがあり、以前から何度か「一緒にやらないか」とお声がけをいただいていました。しかし、当時の私はその誘いを手放しで受けることができませんでした。大学時代に0から塾を立ち上げた経験があったものの、当時の自分には、キズキという組織でバリューを発揮し、事業を力強く牽引するだけのスキルも自信も不足しているように感じたからです。
新卒で入社した楽天では、大きな組織の仕組みを学びつつ、目の前の仕事一つひとつに誠実に向き合う日々を過ごしていました。ビジネスの大局観を養うために転職した戦略コンサル時代は、どれほど戦略を描き、精緻なM&Aのプランを提案しても、実際の実行や現場の変革までは手を伸ばせないもどかしさを抱えていました。朝から深夜まで泥臭く働き、激務の中で体調を崩したことをきっかけに、自分の人生とキャリアを本気で見つめ直しました。
「計画を描くだけでなく、自らの手で事業を動かし、社会に確かなインパクトを与えたい」
複数社で取り組んできた事業企画やデータ分析、業務改善の経験を振り返り、整理したことで、ようやく決心がつきました。「今の自分なら、キズキの事業をさらに拡大し、支援を必要としている人たちへ届ける仕組みをつくれる」。自らの成長と覚悟を確信したタイミングで、私はキズキへの入社を決意しました。
「仕組み」で現場を支え、生徒の未来を開く事業企画職の挑戦
現在、私は学習支援事業部の事業企画職として、主に3つのミッションを担っています。1つ目は社内システムの最適化・再構築、2つ目は毎年140%成長を目指す新規事業の企画・推進、そして3つ目が既存の学習塾事業における「ルールとマニュアルの標準化」です。
職務権限の整理やミーティング設定の仕組み化など、一見すると地味な作業に思えるかもしれません。しかし、熱量を持った現場のスタッフが、事務業務に疲弊することなく生徒さんと向き合える環境をつくることこそが、支援の質を担保するための重要な基盤です。
直接生徒さんと接する機会は少ないポジションですが、自分の作った仕組みが現場を支え、巡り巡って生徒さんの成果につながった瞬間、何物にも代えがたいやりがいを感じます。
今でも忘れられない、暗闇で苦しむ生徒の人生が好転した瞬間
入社初期には現場を知るためによく教室に入ってご家庭との面談を行っておりました。
その中で、今でも鮮明に覚えている出来事があります。
ある時、自己肯定感が完全に下がってしまい、「自分はダメな人間だ」と思い詰めている生徒さんと出会いました。親御さんから「今回現役で大学に行けなければ、家を出て働きなさい」と言われ、その言葉が強い「呪い」となって彼を縛り付けていたのです。
親御さんにも悪気はなく、「勉強しない子に資金を出し続けられない」という焦りから出た言葉でした。しかし、それが生徒さんの背中を押すどころか、恐怖で動けなくさせていた。そこで私は、親御さんと約2時間にわたりじっくりと対話を重ねました。
「ご家庭では、勉強に前向きになれる『背中を押す言葉がけ』だけに徹してください。サボりそうになる心や、最後のひと踏ん張りを支える役割は、私たちがすべて引き受けます」
ご家庭とキズキで役割分担を明確にし、お互いの齟齬を解消したことで、家庭環境は劇的に変わりました。その後、生徒さんは見違えるように顔を上げ、最終的に合格を勝ち取ってくれたのです。
キズキに来てくれたおかげで、人生の暗闇にいた人が大学へ進学し、やがて就職し、社会へ独り立ちしていく。人の人生が好転する「転機」をサービスとして確実に提供できていると実感できること。それこそが、私がここで働く最大のモチベーションです。
「教育」を一生の軸に、国内外の生きづらさを解消する
私のこれからの挑戦は、キズキのサービスを日本全国、そして将来は海外へと広げていくことです。
「支援を必要としているのに、届いていない場所」が、世界にはまだまだ無数に存在します。かつて戦略コンサルで培った戦略的思考やデータ分析の力と、現場に密着して仕組みを構築する力を掛け合わせ、新規事業を含めた新たな支援のプラットフォームを次々と生み出していきたいと考えています。
私はこれまで、多くの人や恵まれた環境に支えられてここまで来ることができました。だからこそ、今後のキャリアにおいては「教育」を一生の軸として掲げ、過去に受けた恩を社会へ還元し続ける覚悟です。自分の手で事業を動かし、社会課題を解決する構造そのものを作り上げていくプロセスは、純粋にビジネスとしても面白く、情熱が湧き続けています。
自身の経験を糧に、「別の世界線の自分」を救いに行きませんか
キズキに入社して最も驚いたのは、働くメンバーの「互いを尊重する文化」です。社会課題の解決や理念に深く共感して集まった仲間ばかりなので、社内には互いをリスペクトし合う温かい空気があふれています。異業種からの転職であっても、温かく迎え入れてくれる土壌があります。
ただし、一つだけ伝えたいことがあります。
私たちはプロとして支援を提供する立場であり、社内は「当事者として配慮やケアを受ける場」ではありません。
会社や周囲に配慮してもらいながら働くことを前提とされると、入社後に理想と現実のギャップを感じてしまう可能性が高いです。
過去に自分自身が傷つき、苦しんだ体験があるからこそ、人に優しくなれる。その痛みを乗り越え、「過去の経験を糧にして、今度は自分が誰かを強く支えたい」と思える方にとって、キズキはこれ以上ない力を発揮できる場所です。
また、ビジネスの第一線で研鑽を重ねてきた人にとっても、自らの経験とスキルを遺憾なく発揮できる土壌がキズキにはあります。
「別の世界線の自分」のような誰かを、あなたの手で救いに行きませんか。志を同じくするあなたと一緒に働ける日を、心から楽しみにしています。