「『妊娠・出産・子育ての不安』を固定概念に捉われずに解決したい。」
代表取締役の橋本直也が創業からずっと大事にしている思いです。
私は今でも小児医療の現場に立ちながら、オンライン医療相談サービスの「産婦人科オンライン」「小児科オンライン」などを運営する株式会社Kids Publicを創業し、多くの自治体や企業を通じて悩める保護者の方にサービスを提供しています。今回は、創業に至った想いと、求める人物像について紹介します。
<この事業のきっかけを教えてください>
私が小児科医として働いていたある日のこと。「子どもが泣き止まない」と救急車で来院した母子を診察しました。女の子の右足は骨折しており、母親は自ら「私が手を上げてしまいました」と打ち明けてくれました。
見るからに余裕なく、疲れ切った様子の母親。話を伺うと、母子家庭で子どもは発達に問題があるとのこと。多忙で外来にもなかなか通えず、そんな中で収まらない子どものいたずらに、ついかっとなってしまったとのことでした。
この母子の診察後、思ったのが「これは、お母さんが悪いのだろうか?社会がどうにかできなかったのか?」ということです。
もちろん骨折を治すのも大事です。しかし、母親が虐待するほど追い詰められないように守っていくのも、社会の大事な役割ではないでしょうか。しかし病院で待っているだけでは、これは実現できません。母親の手元には誰かにSOSを送ることもできるスマートフォンという文明の利器があるのに、追い詰められる母親は守ることができていないのが現状なのです。
だからこそ、「スマホを使えば、病院では出会えない不安・孤立にリーチできるのではないか」と思ったのです。
もう1つの課題もありました。実際に小児科の救急受診患者の9割は軽症で、受診しなくていいか、翌日でも問題のない患者と言われています。しかし「子どもの体調が悪い」その不安を解決する場所は、その当時救急外来しかありませんでした。病院以外に相談する相手がいないのです。病院の手前で不安・孤立にリーチすることは、子どもや親も救いますが、同時に多忙な小児科医も救うことになると思います。
その後、私はこのような課題を学問として学びたいと思い、「公衆衛生大学院」という医療と社会を専門にする大学院に進みました。学生生活の中ででwebメディアを起業した友人に出会い、実際に自分の執筆した記事がキュレーションサイトを通じて多くの人に読まれるという経験も持ちました。こうした、確かな反響を得るにつれて、インターネットの力を感じていきました。
「『妊娠・出産・子育ての孤立』は、インターネットで解決できる」この想いから、株式会社Kids Publicの起業へと向かっていきました。
<どんな経緯で、今の形に至ったのでしょうか?>
「妊娠・出産・子育ての孤立をインターネットで解決する」とテーマ設定をしたところで、解決の方法は無数にあります。
最初はSkypeでプロトタイプシステムを使って、テレビ電話での医療相談をやってみました。しかし全く相談がこなかった。Skypeはビジネスでは使われていても、「子育て中の保護者」のスマホには入っていなかったのです。「手軽に相談できれば、使われるはず」という安易な思い込みは、最初の段階で打ち砕かれました。
この反省から、保護者に使われているツールを調べ、LINEで使えるようにしたところ、相談が増えていきました。「ユーザーの視点」の大事さを痛感しましたね。
その後もユーザーヒアリングを繰り返しましたが、例えオンラインだとしても「医師に相談すること」のハードルの高さは健在でした。Kids Publicの事業に関わっている医師は「気軽に相談してほしい」と思っていますが、使う側は「発熱した時に相談する」ことはあるとしても、「育児相談していいとは思わなかった」と感じているのが実情です。作る側としては可能な限りハードルを下げているつもりですが、改めてユーザーに「どんなことで相談していいのか」を伝えることも重要だと感じ、サービス導入後の告知にも今は力を入れています。
これまで、テキスト相談・メディア事業など含め、様々なツールを作っていきました。上手く行かなかったことも多数ありましたが、それでも「妊娠・出産・子育ての孤立をインターネットで解決する」ということだけはずっと変わっていません。それがテレビ電話なのか、メディアなのかはあくまで手段の話で、向かっている目的はずっと変わっていません。
<代表として、大事にしていることは何でしょうか?>
試行錯誤を繰り返す中で、目的に賛同し、一緒に歩んでくれる仲間たちが徐々に増えていきました。最近では人数も増えたので、小さな規模だった頃のように、すぐに意思疎通が図れる環境ではなくなってきています。だからこそ代表として、この会社の「カルチャー」として以下の3つを改めて大事にしたいと思います。
・多様性を認める
・子育てしている人も働きやすい
・常にメンバー一人ひとりが「いいものを作ろう」と思うこと
この3つをまとめると、「こうでならないと」ではなく、「あんな人もこんな人もいていいよね」というカルチャーです。
でも心が離れず一体感を持てるように、きちんとコミュニケーションを取ることも大事です。出社は大体週1回くらいを目安にしていますが、これも「コミュニケーションが絶えないように」という考えからで、出社自体を強制するというより、顔を合わせる時間としてお互い大切にしよう、という思いです。それぞれの個性を認め合いつつ、ちゃんと一体感も持てるようにする。それが大事だと考えています。
このような考え方は、子育て世代の働きやすさにもつながると考えています。子育てをしていることも、多様性の一つ。そして子育てしている人が多く活躍していているからこそ、子育てしていない人にしわ寄せが行かないようにも気にしています。
この様な組織だからこそ、「よりいいものを作ろう、100点より120点を目指そう」という文化が成り立ちます。各自の多様性の上で、同じ「妊娠・出産・子育て世代の孤立を解決する」という目標には全力で取り組んでいくのが、Kids Publicという組織だと思っています。
今では事業だけではなく、関係する政策提言や、業界団体の立ち上げなども行わせていただいてます。産婦人科、小児科という分野は「妊娠・出産・子育て」という観点で見れば非常に重要ですが、医療全体から見ればごく一部の分野に過ぎません。様々な医療相談サービスなども出てくる中で、改めてそのクオリティ・質の担保については、一企業だけでなく、様々なプレイヤーとの取り組みが必要だからこそ、こういった活動も大事にしています。
<Kids Publicの目指すミライについて教えてください>
Kids Publicでは、成育過程という言葉を大事にしています。これは、妊娠、出産、子育てを経て、子ども自身が育ちまた次の世代に繋がっていく、その過程をいいます。この成育過程に対しては、点で捉えるのではなく、線で捉え、全体を見回す視点を忘れずにいることが重要です。
この全体を考える上で、まだ十分にアプローチできていないのが子どもたち自身です。不登校や引きこもり、子どもの自殺は過去最悪の水準になっています。10代の望まない妊娠やヤングケアラーの問題もあります。子どもたちこそSOSをあげることに慣れておらず、ここに、スマートフォンの接点は有効であろうと考えています。今後は子どもたち自身も含め、網羅的に成育過程を支援できる組織を目指しています。
そして、私たちの事業が社会に浸透することで、社会の目がしっかりと成育過程にある人たちへ向けられるきっかけになればと思っています。その支援の輪が広がり、自治体や企業が成育過程にある人たちを支えるエコシステムの確立、そしてひいては現世代が次世代を自律的に支える意識が社会規範として浸透する社会の実現に繋がればと考えています。
<最後に「興味を持ってくれた、新たにKids Publicに来ようとしてくれる方へのメッセージ」を教えてください>
終わった時に、『社会のインフラを引いた』といえる仲間を待っています。
私が理想と考える環境は、妊娠したら誰でもスマホで相談できるようになっており、どこからでも気軽に安心して頼ることができる。病院に行く前から、当たり前にスマホからでも相談ができる。そんな環境です。だからこそKids Publicのサービスを「プロダクト」ではなく「インフラ」と言っています。まるで電気やガスのように、当たり前と言えるくらいにそばにある。そんなインフラを構築して、「あれ、私たちでやったんだよ」と一緒に言える仲間に来てほしいです。
現在、ありがたいことに100以上の自治体にサービスが導入されていますが、日本の全自治体1700に導入されても耐えられるシステムにしなければなりません。しかし医療従事者のリソースには限界があるので、テクノロジーを活用して解決するしかないのです。このためには医療従事者だけではなく、エンジニアも、PRも、ビジネスサイドも、関わる全員が同じ目標に向かっていかなければ実現できません。
そんな「インフラづくり」に取り組みたいと思ってくれる仲間を、Kids Publicでは熱く求めています。